日本のジビエ【GIBIER】
#01
日本一のおんせん県で味わうジビエ【大分県】
別府や由布院をはじめ有名無名の温泉を多数擁する大分県は、日本一の源泉数と湧出量を誇るおんせん県。
エネルギーが満ちた大地には豊かな森や里山が広がり、鹿や猪などの野生動物がたくさん生息する。
豊富な温泉の蒸気でつくる薬膳ジビエや南仏仕込みの本格フレンチ、猪のジンギスカンなどが楽しめる。
低温スチーム&ドライ 薬膳レストラン
蒸士茶楼 ―大分県・別府市―
豊富な温泉の蒸気でつくる
唯一無二の薬膳ジビエ料理
蒸士茶楼のスペシャリテ、猪のロース薬膳汽鍋蒸し。白キクラゲやナツメ、ワイサン、金針菊、ハスの実、冬虫夏草などが入る。スープを飲んだ瞬間、胃袋に旨みが浸透する。
別 府には泉質やタイプが異なるたくさんの温泉が集まる。なかでも鉄輪(かんなわ)地区は街のいたるところから蒸気が噴き出す特徴的な温泉街。古くから湯治場としても人気だ。
その温泉街に、蒸気を利用して薬膳料理をつくる店が2016年4月にオープンした。おしゃれな一軒家の「蒸む士し茶ちゃ楼ろう」である。シェフの前田進一郎さんは特に低温で蒸すことにこだわる。酵素を殺さず栄養分も逃がさない。食材の旨みを十分に引き出せるとのことで、無尽蔵に噴き出す蒸気がある鉄輪ならではの調理法だ。
塩化物泉のためほのかな塩味が特徴。ミネラル成分が料理にも浸透し身体の中からしっとり。ここでは大分で獲れた猪と鹿肉の薬膳料理がいただけるが、自然界で育ったジビエを温泉で調理するというのはまさにエコでヘルシー。野菜も地元農家がつくる無農薬を使い「医食同源」を実践する。
左)猪ロースのしゃぶしゃぶ蒸し。猪肉の旨みがストレートに味わえる。 中)骨付き鹿ロースの上海バルサミコ。中国黒酢を使う。 右)上の写真「汽鍋蒸し(8人前)」を器に盛り付け。なお、ランチは2500 円と3500 円、ディナーが4000 円と5000 円のコース料理が主体。ジビエを希望すれば入れてくれるので予約時に確認するといいだろう。
左)近所にある別府市営共同浴場「鉄輪むし湯」。 中)蒸気技術の専門家と共同開発した器具で、蒸気が全体に当たり効果倍増。蒸気量の調節で温度管理も可能だ。 右)シェフの前田さんは長年ホテルで料理人を務め、中華料理の世界大会でも受賞歴を有する。
地元食材を使った本格フレンチの店
M.MIURA ―大分県・杵築市―
南仏で修業したシェフがつくるジャパニーズ・ジビエ
鹿フィレ肉のポシェグリエ。ラップした肉を約60度の温水で20分ほどポシェ。その後網焼きで軽くグリル。松葉や紫バジルなどが盛られた皿に乗せて火をつけ軽く燻す。
国 東(くにさき)半島の付け根部分に位置する杵き築つき市に地元食材を使ったおいしいフレンチを出す評判の店がある。三浦政智さんが料理をつくるM・Miuraである。
三浦さんは現在43歳。19歳から修業し22歳から2年間、フランスで腕を磨く。南仏の人口60人ほどの小さな村の1ツ星(現在は3ツ星)など4軒で働いた。
日本とフランスとの伝統や文化の違いに驚いたが、なかでもジビエはインパクトがあった。彼の国では、鴨は目が腐るくらいがよいといい、またマルシェに行けば毛の付いた野兎などがぶら下がっていたのだ。
28歳から杵築に戻り店を開きジビエも出した。2008年に市内山香町に「山香アグリ」がオープンしてからは良質のジビエが安定的に入手できるようになった。今ではジビエの季節になると三浦さんの料理を心待ちにする客も多い。
パンは自家製。切り分けて皿に盛り、鹿のフォンとワインビネガーを煮詰めたソースや柿ジャムが添えられ、火をつけると松葉の香りが。
シェフの三浦さん。ランチは2500 円~8000 円、ディナーは3500 円~12000 円。
ジビエは8000 円から。プラス料金でも対応。予約時確認。
女将考案のジビエ料理「ヒタギスカン」を堪能
亀山亭ホテル ―大分県・日田市―
日田の猪を鍋とジンギスカンでダイナミックに!
日 田(ひた)は大分西部に位置し、隣は福岡県や熊本県。江戸時代に大分は数藩が統治したが、日田は九州全体を統括する幕府の「西国筋郡代」が置かれ、天領として栄えた。市中心部を三み隈くま川が流れ、江戸時代から続く鵜飼が風物詩になっている。
その三隈川に臨む場所に建つのが、創業140年以上の歴史を誇る亀き山ざん亭ホテルだ。皇太子殿下も宿泊された名門旅館である。
名物は川魚料理で、鮎、鰻、鯉料理が膳に並ぶ。特に鮎料理と鯉こくが自慢。川魚好きにはたまらない宿である。もう一つの名物が猪だ。猪鍋と、最近、新たに加わった猪のジンギスカン「ヒタギスカン」がいただける。
日田は周囲を山々に囲まれた盆地で、山は深い木々に覆われ林業も盛ん。猪の棲みかでもあり、豊富なエサを食べて肥えた猪は、市内処理所で的確に処理され臭みもなく猪肉本来の旨みが味わえる。
元料亭だった亀山亭は料理がおいしい宿として評判。ジビエ料理は猪鍋と、女将が考案した「ヒタギスカン」。ニンニクが効いたタレでいただくジンギスカンは日田の山林で育った野趣あふれる猪との相性抜群。その他、川魚のお造りや蒸しもの、名産のシイタケ料理や鮎の塩辛うるかなどが膳を飾る。1泊2食付きで一人15000 円~。
左)女将の諌山知代美さん。後ろに浮かぶのは鵜飼見物する屋形船。 右)宿から三隈川や山々が望める。最上階の露天風呂は絶景。
女猟師が獲り女性が加工
―大分県・豊後大野市―
県南部の豊後大野市は山々に囲まれた中山間地。猪をはじめたくさんの野生動物が生息する。狩猟現場では女性が活躍し、加工や商品開発も女性が手掛けている。
豊後大野市も猪や鹿の食害に悩まされている。少しでも被害を食い止めたいと二人の姉妹が立ち上がった。田北(たきた)たず子さんと東藤(とうどう)さき代さんの姉妹だ。長年勤めてきた地元病院の退職を機に、わな猟の免許を取得。駆除をするだけでなく加工所も開設した。
二人の呼びかけで「大分レディースハンタークラブ」も発足。九州初の女性だけでの組織には20代から60代の27人が参加した。
田北さん(左)と妹の東藤さん。二人で年間数十頭捕獲。その他は猟師から購入する。罠猟は女性にもできるので仲間を増やしたいそう。環境もいいので移住するのもいいかも。
加工所周辺が猟場。道路にも猪が現れ、猪の棲みかに人が暮らしているようなものとのこと。猪との知恵比べだが傾斜地に仕掛けると悟られにくい。箱罠よりくくり罠のほうが多いそう。
右はジビエ通に人気の穴熊を二人で手際よく解体。左はつい先ほど猟師が仕留めた猪。加工所で年間に処理されるのは、猪が250頭、鹿が20頭、穴熊が10頭ほど。
豊後大野市で活躍する
女性猟師と女性経営者
「女猟師の加工所」で処理された肉を加工する女性は二人。一人が岩切知美さんだ(写真:右)。レトルト食品をつくる成美(なるみ)の社長で3年ほど前に田北さんたちから相談を受けた。
以前、イベントに出した猪飯が好評だった。田北さんたちの肉の質もいいことから商品化を決意。10種類考案し三つを商品化した。さらに現在、地元高校生と共同で「食べるジビエだし・猪武士&鹿武士」も開発。食べてもだしにしても旨い、ジビエ版鰹節である。
もう一人が伊東由美さん(写真:左)。豊後大野市朝地町で惣菜などをつくる農産物加工所“そら”の代表である。伊東さんがつくる「紅茶いのしし」は地元産の紅茶で猪肉を煮て、醤油や酢、みりんなどのタレに漬けたもの。どちらも大分ジビエが手軽に楽しめる逸品である。
成美のジビエ商品は「鹿肉と生姜の赤ワイン煮」(右)と「猪肉のサムライ煮」(左)[各150g、925 円】と、「豊後シシめしの素」[2 合用、800 円】の三品。いずれも食品添加物は無使用。温めるだけで味わえる。
バラ肉やロース、モモなどを使った「紅茶いのしし」。コラーゲンたっぷりの皮も付いているので美容と健康にいい。伊東さんはこの商品化に1 年かかったそう。ジビエは自然のもので、そのときの肉によって時間を見ながら紅茶で煮込む。紅茶も豊後大野産。「紅茶いのしし」は近所の「道の駅あさじ」などで販売。スライスパックで100g、500 円。
日本最大のクヌギ林に棲む猪や鹿
―大分県・日田市、由布市、杵築市―
世界農業遺産にも認定された国東半島宇佐地域を含む大分県は日本最大のクヌギ林を有する。
大分のジビエは豊かな自然環境に育まれ、確かな加工技術によって消費者に届けられる。
鹿や猪だけでなく多様な
動物が生息する豊かな里山
大分県はクヌギの蓄積量(樹木の体積)が日本最大。全国の2割強を占める。なかでも国東半島はクヌギ林が多く、その実は猪や鹿などのエサにもなっている。
スペインのイベリコ豚の例にあるよう、ドングリは猪を旨くする。国東半島付け根部分、杵築市山
香(やまが)町にある「山香アグリ」ではそのおいしい猪や鹿を捕獲から処理加工まで一貫して行っている。
年間400頭ほどが獲れ、その3分の2が猪だそう。その他、野兎や穴熊、雉なども。猟師でもあ
る代表の鶴成宏さんが熟練技でジビエをおいしい食材に変える。
山香アグリ代表の鶴成宏さんは猟師歴52 年。鉄砲も撃つが販売するのは罠猟のもの。箱罠が多く、猪、鹿ともに40 ~ 70kgが獲れる。猪が好むエサは米ぬか。100kg 超も年に2、3頭は。猟場は近いが夏は冷凍車で行く。
捕獲、処理だけでなく加工品もつくり、ホームページからも購入可。
周囲の里山ではクヌギを原木にしたシイタケづくりも盛んだ。
県下に26 ある獣肉処理施設
熟練の技で解体・加工される
大分県内には26 の獣肉処理施設があり、その一つに日田市獣肉処理施設が日田市でも南部、周囲が山に囲まれた阿蘇山に近い上津江町に建つ。猪がほとんどで年間100頭ほどが処理される。
平均は40キロとのことだが120キロの大物もあったそう。4日間ほど熟成させ、組合長の川津保夫さんが手際よく処理し出荷する。処理頭数も少ないことからすぐに売れていくが、近くの「道の駅せせらぎ郷かみつえ」では冷凍精肉が購入できる。
そのような処理された猪や鹿肉を使ってソーセージをつくるのが湯布院の燻家(いぶすけ)である。本社は創業60年の精肉店。食肉のノウハウがありソーセージなどが旨いと評判。おしゃれなウッドハウスの店にはレストランも併設されている。
ベテランが処理した肉は見た目も味も違う
川津さんは猟歴40年以上。今まで1000頭を超える猪や鹿を処理したそう。放血がうまく、肉は鮮やか。奥さんと一緒に素早く切り分ける。注文があればミンチにも対応。肉に散弾が残っていることも想定し高価な金属探知機を購入、高性能の冷凍機も備える。