旅とメイハネと音楽と
#49
イスラエル・ワイナリー・ツアー〈2〉
文と写真・サラーム海上
イスラエル北部、ゴラン高原にあるワイナリーへ
イスラエルのワイナリー・ツアー二日目は、ニムロードが運転する車に乗り、午前8時半にテルアビブを出発した。今日は北部ゴラン高原にあるワイナリー二軒を訪ねる。
ゴラン高原はイスラエル、レバノン、シリア、ヨルダンの国境が接する高原地帯。歴史的にシリア・クネイトラ県の一部とされてきたが、1967年の第三次中東戦争でイスラエルが占領。その後、1981年に併合された。しかし、シリアおよび国連は同地をシリア領とし、現在も1,000名を越える国連平和維持部隊が赴任し、活動を行っている。国際的に実にデリケートな地域である。そんなゴラン高原は玄武岩を主体とする土壌により、1980年代にワイン造りがスタートし、現在では独特のテロワールが生む個性ある味により世界のワイン愛好家たちに注目されている。
「アサフ・ワイナリー」敷地内の葡萄畑
イスラエル中央部から北部まで南北に貫く国道6号線に沿ってひたすら北上する。ナザレの町の手前で65号線に乗り換え、ゴラン高原を目指す。
「イスラエルでは偶数の国道は南北に走る。奇数は東西に走っているんだ。この国は東西の幅が狭いから、奇数の番号が付いた国道は少ない。それでも、ゴラン高原に近い東北部は奇数の国道が敷かれるほどには広くなってるということだ」とニムロード。
65号線は海抜マイナス230mの淡水湖ガリラヤ湖へと向かう。そして、湖の東側と北側にゴラン高原が広がっている。マイナス230mから平均標高600mのゴラン高原まで1000mも一気に登る。眼下に美しいガリラヤ湖が広がる見晴らし公園で記念撮影した後、お昼前にシリア国境まで2.5kmの場所にある「Chateau Golan(シャトー・ゴラン)」に到着した。
テルアビブから国道6号線に乗って、一路北へと
東に延びる国道65号線。右は悪名高き分離壁
標高350mの見晴らし公園から海抜マイナス230mのガリラヤ湖を遠望
黒い鋳鉄製の背の高い門からして威厳あふれる「シャトー・ゴラン」。門を一歩入ると、葡萄畑が道に沿って幾何学的に広がり、まるで中世の荘園のような瀟洒な雰囲気だ。それもそのはず、「シャトー・ゴラン」はイスラエルで最も高級なワインを作るワイナリーとされている。1999年に設立され、現在、年間11万本生産するブティック・ワイナリーだ。
中世の荘園のような「シャトー・ゴラン」
創業者イツハクさん自ら、ワイナリーを案内してくれた。まずワイン蔵の一階は巨大なステンレスタンクが並び、ちょうどタンクの中身をポンプで入れ替えする作業が行われていた。そして、ひんやりと涼しい地下室に下るとオークの樽が所狭しと積み上げられていた。
「ゴラン高原は高低差が最大2300mもあります。その中でも葡萄は海抜400mから1000mに育ちます。私達はテーブルワインは作っていません。手積みにこだわり、樽で熟成し、買われてからも自宅で何年もエイジングできるワインだけを作っています。基本的に国内で消費されますが、10%は輸出しています」
「シャトー・ゴラン」のステンレスタンク
ちょうど葡萄の収穫期。ステンレスタンクの中身をポンプで入れ替え作業中
天井が高くひんやりと涼しい地下貯蔵庫。オーク樽が並ぶ!
庭園の真ん中で葡萄の蔓が日除けとなった野外テーブルに腰掛け、土地で採れたというトマトやきゅうり、パプリカ、土地産のチーズを肴にワインをいただいた。
カラカラに乾燥した35度の気温、最初はよく冷えた薄いサーモンピンク色のGeshem Rose(ゲシェム・ロゼ)。イチゴとレモンの香り、しっかりしたミネラル分、これは美味い!
薄いサーモンピンク色のゲシェム・ロゼ。ゲシェムとは雨の意味。そんな名前を付けた理由を聞き忘れた!
地の物野菜とチーズによるおつまみ
続いてシトラス系の強いソーヴィニョン・ブラン、ダークチェリーの香りとローブのシラーをいただいた。
シトラス系の強いソーヴィニョン・ブランも樽発酵
シラー
フレンチオーク樽とアメリカンオーク樽で別々に熟成したものをブレンドしたカベルネ・ソーヴィニョンはブラックカラントからチョコレート、タンニンまであらゆる複雑な香り、味が混じり合っていた。驚くことに、ここまでの4品は全てワイン・アプリvivinoで「世界のトップ5%のワイン」に選ばれている。
そして、vivinoで「世界のトップ1%のワイン」に選ばれているのが、「シャトー・ゴラン」の建つ地名から名付けられたEliad(エリアド)。メルロー、シラー、カベルネ・ソーヴィニョンのブレンドで、イスラエルではお祝い事や記念行事の際に抜栓される特別なワインとされる。チェリー、バニラ、オーク、森の土……複雑すぎてクラクラする。
シャトー・ゴランの赤ワイン勢揃い。エリアドやカベルネ・ソーヴィニョンは本当に複雑な味わい
「私はこの地域で生まれた農家です。ワインを始めて20年近く経ちますが、今も何がベストなのかを求めて、日々学習しています。今ではイスラエルに着いてその足でこの辺鄙な場所にあるワイナリーに来てくれる友人たちが世界中にいるんですよ」
「シャトー・ゴラン」の創業者イツハクさん。いかつい身体と刺すような視線が印象的な農家の親父さんだ
「シャトー・ゴラン」から次のワイナリーへの短い道筋で国連平和維持部隊の四輪駆動車と二回すれ違った。ワイナリーにいる限り忘れてしまいそうだが、ここは半世紀にわたり一触即発な地域である。
二軒目は「シャトー・ゴラン」から北に7kmほど、やはりシリアとの国境から2kmほどのワイナリー「Asaf(アサフ)」。
1997年に創業し、年間生産本数5万本の本当に小さなブティック・ワイナリーだ。敷地内にはワイナリーと葡萄畑のほか、小さなレストランと宿泊出来るキャビン、そしてライブステージがあり、僕が訪れた数日前には日本でも人気のベーシスト、アヴィシャイ・コーエンがリリースしたばかりの新作アルバム『1970』のプレミア公演を行っていた! 滞在しながらワインと料理、そして音楽まで楽しめるとは素晴らしい!
「アサフ・ワイナリー」の貯蔵庫
敷地内には葡萄畑、キャビン、レストラン、そして音楽の野外ステージが!
「アサフ・ワイナリー」のレストランと売店部分
ステンレスタンクはこれまでに訪れたワイナリーの中でも最も小さなもの
葡萄の実が発酵し始めている
出迎えてくれたのは二代目のオレン。タンクトップと短パンのラフな姿で、30代前半の若者だ。
「ウチは全て家族経営です。葡萄畑も一箇所だけで始めました。そして2012年にツーリズムとワインを両立させるため、この場所を造りました。その後、この敷地内にも葡萄畑を作りました」
二日間案内役のニムロード(右)とアサフの二代目オレン(左)
テイスティング用の背の高い椅子に腰掛けると、隣の厨房から三品の料理が運ばれてきた。まず焼きなすのペーストの牛挽き肉炒めのせ、塩レモンのペースト。二品目はスモーク・ターキーのブルスケッタ、アイオリソース。そして、イワシのピクルスだ。普通の中東料理ではなく、現代の料理にアレンジされている。シェフはオレンの妹さん。彼女はニューヨークでフランス料理を学んできたそうだ。
白いラベルに黒い文字とペン画、そこにほんの少し水彩色が寄せられた清楚なエチケットのアサフ・ワイン、一本目は白い花の香りのソーヴィニョン・ブラン、そしてグレープフルーツの香りのピノ・グリ。冷たいメゼやサラダの種類が多いイスラエルでは白やロゼが飲みたくなる。
ソーヴィニョン・ブラン。アサフのエチケットは黒文字&ペン画に水彩色が差し色のシンプルなもの
ピノ・グリ
オレンの妹さんが作る中東フュージョン料理のメゼ
シトラス系の酸味と独特のミネラルが多くのイスラエルの白ワインの特徴だが、三本目の白シュナン・ブランはもっと奥行きのある味わいだ。甘いトロピカルフルーツのような香りにどこか牡蠣のような磯臭さも感じられる。
「シュナン・ブランは南アフリカ産が有名ですが、アサフのシュナン・ブランは6ヶ月フレンチオークの樽で熟成させています。だからココナッツや貝のような味がするでしょう」
シュナン・ブラン
「続いては赤に移りましょう。Rujum 91(ルジュム 91)というミディアムボディです。エチケットに描かれた小石を積み上げたのがルジュムで、この地域に暮らすベドウィンの道しるべなんです。そして91とは目の前の国道91号線の番号です。この地域のカベルネ・ソーヴィニョンだけを使った、ゴラン高原のテロワールを表現したクラシックでベーシックなワインなんです」
ゴラン高原のテロワールを表現した赤、ルジュム 91
さらに珍しいピノタージュ種の葡萄をブレンドした4シーズン・ピノタージュ、そして、美しいルビー色のカベルネ・ソーヴィニョンと看板の赤ワインが登場した。こちらはそれぞれvivinoで「世界のトップ5%のワイン」、「世界のトップ10%のワイン」に選ばれている。こんなに美味しいワインをささっとテイスティングするだけじゃ本当にもったいない。本来なら時間をかけてディナーとともに味わいたい。
アサフ・ワイナリーの銘品勢揃い
テルアビブやエルサレムなど、イスラエルの中心地から車で3時間離れた高原で、ワインとオシャレな中東フュージョン料理をいただきながら、キャビンに宿泊し、ワイナリーの生活を垣間見ることが出来、更にうまくタイミングが合えば、一流のアーティストによる演奏を野外で楽しめる。『アサフ・ワイナリーで過ごす夏休み』なんて旅行ツアーを組んだら当たりそうじゃないか?
「アサフとは、創業者である僕の父の名前なんです。僕たちが名付けました。僕はカリフォルニアでワイン作りを学び、妹はニューヨークで料理を学び、ここに帰ってきました。僕の家族も、弟の家族もここに住んでるし、『アサフ・ワイナリー』は僕たち家族のプロジェクトなんです。といっても僕や父の家族のためだけではなく、次の世代のためにやっているんですよ」
とオレン。20年後には彼の息子たちが「オレン」という名前のワインを造っているかもしれないね。
創業者でこのワイナリーの名前の元となったオレンの父親、アサフさんの肖像画が飾られていた
こんな笑顔のオレンが作るワインが不味いワケない!
さて、連日の飲み過ぎに加えて、2日間で四軒のワイナリーを周り、僕はさすがに酔っ払ってしまった。テイスティングはどんなに美味しくても吐き出さないとダメ。飲み込んだら続かないっす! 反省しました!
夕暮れの道をニムロードの車で戻ると、ガリラヤ湖の湖面がオレンジに輝いていた。
飲みすぎて帰路に着くと夕暮れのガリラヤ湖が輝いていた
夏野菜ズッキーニのモロッコ風ペーストを作ろう
今回は今が旬、夏野菜のズッキーニを使ったモロッコ風のペーストを作ろう。モロッコ系住民が多いイスラエルでも、冷菜としてしばしば見かける。クミンパウダーとトマト、にんにくでモロッコらしいエキゾティックな味わいに仕上がる。冷蔵庫でよく冷やしてからいただこう。
■ズッキーニのモロッコ風ペースト
【材料:4人分】
ズッキーニ:中2本(へたを取り、厚さ1cmの輪切り)
EXVオリーブオイル:1/3カップ
完熟トマト:1個(皮を湯剥きしてざく切り)
にんにく:2かけ:みじん切り
クミンパウダー:小さじ1
パプリカパウダー:小さじ1/2
塩:小さじ1/2
胡椒:少々
香菜のみじん切り:大さじ1
EXVオリーブオイル:大さじ1~2
【作り方】
1.フライパンでオリーブオイルを熱し、ズッキーニを加え、油が周り、両面が焼き色が付くまで焼く。
2.完熟トマトを加え、トマトが崩れ、ズッキーニが柔らかくなるまで10分ほど炒める。
3.ポテトマッシャーでズッキーニを潰し、にんにく、クミンパウダー、パプリカパウダー、塩、胡椒で調味する。
4.平たいお皿に平たく盛り付け、フォークで表面にくぼみを作り、室温まで冷ましてから、香菜とEXVオリーブオイルで飾り付ける。冷蔵庫で冷やすとなお美味しい。
ズッキーニのモロッコ風ペースト
*次回はユダヤ教の新年祭ローシュ・ハシャーナーの晩餐です。お楽しみに!
*著者の最新情報やイベント情報はこちら→「サラームの家」http://www.chez-salam.com/
*本連載は月2回配信(第1週&第3週火曜)予定です。次回もお楽しみに! 〈title portrait by SHOICHIRO MORI™〉
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サラーム海上(サラーム うながみ) 1967年生まれ、群馬県高崎市出身。音楽評論家、DJ、講師、料理研究家。明治大学政経学部卒業。中東やインドを定期的に旅し、現地の音楽シーンや周辺カルチャーのフィールドワークをし続けている。著書に『おいしい中東 オリエントグルメ旅』『イスタンブルで朝食を オリエントグルメ旅』『MEYHANE TABLE 家メイハネで中東料理パーティー』『プラネット・インディア インド・エキゾ音楽紀行』『エキゾ音楽超特急 完全版』『21世紀中東音楽ジャーナル』他。Zine『SouQ』発行。WEBサイト「サラームの家」www.chez-salam.com |