旅とメイハネと音楽と

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#103

フィンランド・タンペレ「WOMEX」取材記〈4〉

文と写真・サラーム海上

 2019年10月23日から27日までの5日間、僕はフィンランドの「世界のサウナ首都」の街タンペレで開催されたワールドミュージックの国際見本市「WOMEX」に参加した。毎晩深夜過ぎまで市内数カ所の会場を周り、合計三十数組のアーティストの生演奏を聴き、6組のアーティストにインタビューを行い、世界中の音楽業界の友人知人たちと交流を図った。

 今回はそこで出会った注目のアーティストたちと、市内の人気レストラン『C』でいただいたフィニッシュ・フュージョン料理のコースディナーについて記そう。

 

WOMEXの昼の会場、地元フィンランドやバルト三国のスタンド
悪友イスタンブルのアフメトジャン(左)とテルアビブのダン(左から二番目)も商談を始めた

■北ヨーロッパの音楽に触れ、女性アーチストの躍進を感じた「WOMEX2019」

 

 この年のWOMEXで音楽的に目立った動きは2つ。1つはご当地フィンランド、およびスカンジナビア諸国とバルト3国のアーティストたちだった。フィンランドの新鋭たちについては前回に記したが、スウェーデンやノルウェー、デンマーク、そしてリトアニア、ラトビア、エストニア、さらにロシアやポーランドまで、音楽的には何らかの繋がりがあり、それぞれの国で民謡エレクトロニカ、民謡ヒップホップ、民謡ジャズ、民謡合唱など、様々な新しいアーティストたちが現れていた。日本にも彼らの作品の一部は届いていたが、寒空のタンペレで生演奏を聴いて、初めて腑に落ちることが多かった。おかげで僕がナビゲーターを務めるNHK-FMの番組『音楽遊覧飛行エキゾチッククルーズ』でもフィンランドや北ヨーロッパのアーティストを紹介する機会が激増した。

 

ノルウェーの少数民族サーミのElle Mariaは伝統的な詠唱ヨイクをエレクトロポップ化
エストニアの口琴奏者Cätlin Mägiは、口琴演奏をルーパーを用いてループさせた上にヨイクを被せる一人オーケストラ
エストニアの深い森に残された歌を透明な音色の琴カンネルを鳴らしながら歌うMari Kalkun

 もう一つは世界的な女性アーティストたちの大躍進である。「WOMEX 2019」にライヴ出演した全61組の音楽アーティスト中、なんと25組、4割が女性だった。ワールドミュージックと言うと、渋い顔のオヤジや爺さんたちによる一子相伝的な伝統音楽やシリアスな宗教音楽、もしくはマッチョなラテンやアフリカンのアニキたちによる過剰なほどのダンサブルなイメージ、そしてリスナーも男性中心というイメージがどうしてもつきまとうが、少なくともWOMEXにおいてはジェンダーの問題は解決されつつあるのだ。

アルジェリアの砂漠地域に暮らす様々な民族の女性が歌う伝承歌を再現するプロジェクトLemma
深夜過ぎのクラブステージに登場したブエノスアイレスのDat Garcia。ボンデージファッションでエレクトロクンビアを歌う

 25組の様々な国籍、年齢、音楽ジャンルの女性アーティストたちの中で、ライヴが最も盛り上がった一人が、ブラジルのアマゾン出身の81歳のお婆ちゃん歌手、Dona Onete(ドナ・オネッチ)。僕は2018年夏にマレーシアのRainforest World Music Festivalでも観て、この連載でも紹介している。高齢で足を悪くしている彼女は車椅子に座ったまま満面の笑みを浮かべ、ステージで歌う。一年前よりも身体が少し縮んでしまったよう見えたが、カリンボーという、サンバをもっと速いテンポにしたような歌を歌い出すと超パワフル。世界中から集まったウルサ型の業界オヤジたち(なんせ僕の同業者たちですから!)がステージ前でニコニコしながら踊らされていた。

一年ぶりに観たDona Onete、ますます身体が小さくなったように見えたが、カリンボーを歌い出すとますますパワフル!

 オーストラリアの先住民アポリジニーの血を引く女性歌手Jessy Lloyde(ジェシー・ロイド)によるMission Song Projectは、彼の国でつい半世紀前まで続いていた人種差別の負の歴史を歌った歌を掘り返すプロジェクト。かつて白豪主義を標榜していたオーストラリアでは、先住民と白人のハーフの子供は「サブカースト」と呼ばれ、先住民からも白人からもつまはじきにされ、両親からも強制的に離され、専用の入植地で暮らすことを余儀なくされたという。そんな彼らの末裔であるジェシーは彼らが作り歌い、その後白豪主義の終焉とともに忘れられてしまった歌を一人探し歩き、ギターで弾き語る。アメリカのカントリー&ウェスタンによく似た彼女たちの歌は悲惨な生活をテーマにしているのに不思議なほど明るかった。

オーストラリアの先住民アポリジニーの血を引く女性歌手Jessy Lloyde(中央)が率いるMission Song Project

 赤白黒の民族衣装を着た様々な年齢の女性たちからなるラトビアのSaucejas(サウツェウ)は農村で四季折々に歌われながらも、既に廃れてしまっていた民謡を現代に蘇らせた女声ポリフォニー(多声音楽)合唱団。素朴な地声のハーモニーは、西洋音楽的には不思議な不協和音の連続で、重なった声が生み出す複雑な倍音は聞き手の頭蓋骨にビリビリと共鳴し、土地の霊を目の前に見ているような気分になるほどだった。ラトビアの農村民謡恐るべし!

ラトビアのポリフォニー合唱団Saucejas。10人の声が織りなす倍音が頭蓋骨をビリビリと刺激する!

 モロッコの黒人系部族の宗教音楽グナワにおいて初となる女性だけの楽団、Asma Hamzaoui & Bnat Timbouktou(アスマ・ハムザウィ&ティンブクトゥーの娘たち。ティンブクトゥーとはグナワ族の聖地とされるマリ北部にある砂漠の町)にはインタビューを行った。アスマは代々続くグナワのマーレム(師範)の娘で、近年はモロッコのエッサウィラで開催され、数十万人の観客が集まる国際的な音楽祭グナワ・フェスティバルにも出演している。

「7歳の頃、初めてゲンブリ(グナワの弦楽器)を手にして、弾いてみたところ、大人の男性が出すのと同じ音が鳴らせたんです。そこで父は私が女にも関わらず演奏を教えてくれました。モロッコでは長い間、女性がゲンブリを弾くことは禁止されていました。私はそのタブーを破りました。女性でもゲンブリを弾き、グナワを演奏出来ることを証明したかったんです。父はやれるところまでやってみろと言い、私は長い時間をかけてグナワを学びました。今でも私には批判が集まりますが、そうした批判に対して、私たちは演奏と成功で仕返してやります! 後ろを振り返らずに進むだけです」

 彼女たちは夜のメイン会場ではなく、午後の早い時間に出演したにも関わらず、会場は初の女性マーレムへの期待のためか満員となっていた。そして、アスマが弾く男勝りのファンキーなゲンブリ演奏と3人のティンブクトゥーの娘たちによる華やかなコーラスで、男性マーレムが演奏する通常のグナワ以上に盛り上がった。アルバムをリリースした直後の彼女たちはヨーロッパ・ツアーの真っ最中で、僕はこの翌週、ノルウェーのオスロで開催されたワールドミュージックの音楽祭「オスロワールド」でも彼女たちの演奏を聞くことが出来た。

モロッコ初の女性グナワ師範、Asma Hamzaoui
インタビュー中のAsma Hamzaoui(右から二番目) & Bnat
Asma Hamzaoui & Bnat Tombouktouのパワフルなステージ! コロナが収束したら、世界中から引き手数多となるはず

 

■フィニッシュ・フュージョン料理店『C』

 

 さて音楽に続いて、お待ちかねのフィニッシュ・フュージョン料理店『C』に行ってみよう! ここは「純粋なフィンランドの食材を使った料理」をコンセプトに2008年にオープン。塩とコショウとコーヒーを除いて、お店で使う99%の食材がフィンランドの豊かな北の自然の中で育まれたものを用いている。野菜は自然農法、草原からはハーブや木の根、森林からはベリーやきのこ、トナカイや狩猟肉、また近くの湖や海からはその日釣った魚も頻繁にメニューに登場するという今どきのSDGs仕様なお店だ。フィンランド観光局の広報ウェブサイトvisitfinland.comでも、この店のオーナーシェフのイルッカ・イソタロが「フィンランドのワイルドフードの専門家」として紹介されている。

 日本からWOMEXを訪れている友人と夕方7時に『C』で待ち合わせた。お店に入ると、白いテーブルクロスと白い壁、如何にも北欧らしい実用的でシンプルな内装だ。

 ディナーのメニューは前菜、メイン、デザートとアミューズからなる70ユーロのコース、またはアラカルト。ワインリストに軽く目を通すとドイツやオーストリアなど北国のもの、要は僕が全く知らない銘柄ばかり。そこで、料理はコースにさらに前菜を一品プラスして頼み、ワインは料理に合わせて一杯ずつペアリングしてもらうことにした。

 するとすぐに3つの大きさや材質や色彩、高さまで異なるお皿からなるアミューズが運ばれてきた。真ん中の円筒形の木製の鉢には大麦が敷かれ、中に黒い杏茸と卵白を使ったメレンゲが立てられている。右の平皿にはオニオンオイルをかけたポルチーニ茸のペースト。そして左の皿には一口サイズの豚の生ハムのタルティーヌだ。杏茸もポルチーニも森のキノコならではの旨味が強烈だ。

 2つ目のアミューズは黒い瀬戸焼きのような小鉢にほんの少しの羊のブロード(ダシ汁)、そこにテーブルスプーン一杯ほどの仔羊のレバーのムースが浮かんでいる。ムースの上には紫玉ねぎのピクルスと白くて可憐な玉ねぎの花蕾のピクルス。一すくいでいただくと、羊の親子丼ならぬ、羊の親子ダシが濃厚で美味い! これまでの料理はあくまでアミューズ、突き出しでここから先にコース料理がスタートする。

3皿からなるアミューズ、中央は杏茸のメレンゲ。右はポルチーニ茸のペースト。左は豚の生ハムのタルティーヌ
続いてのアミューズは仔羊のレバーのムース。まるで和食器でしょう!

 

 前菜一皿目は「レコラ産のワカサギとじゃがいも」。この後の料理にも登場するが、レコラとはタンペレの東に位置する森と湖の町カンガサラにある自然農法の農園「レコラ・バイオダイナミック農園」を指す。『C』は夏の間、この農園にポップアップ・レストランを出店していると聞いた。万古焼のような平皿の右側にはまるごとのワカサギを酢で締めたマリネ、サワークリームにのせ、コケモモと赤唐辛子のピクルスとジャガイモのチップスが散らされている。そして左側には熟成ジャガイモの丸いパンケーキに刻みネギ。生魚のマリネは宿の朝食ブッフェにも登場する地元料理。ただ、フィンランドではレモンが採れないので、『C』ではコケモモのピクルスをレモン代わりにしていた。

 もう一品の前菜は「レコラ産の仔羊のタルタル、キャルキティラ産のセイヨウスモモ」。茹でたサヤインゲンと見たことのないハーブの葉が添えられている。セイヨウスモモの塩漬けは日本の梅干しとほとんど同じ味。要は「仔羊の梅なめろう」と言えば味の想像が付きやすいのでは?

 

前菜一皿目「レコラ産のワカサギとじゃがいも」
エクストラで頼んだもう一品の前菜、「レコラ産の仔羊のタルタル、キャルキティラ産のセイヨウスモモ」。梅干し味の肉のなめろうか?
仔羊のタルタルにペアリングされたのは、フランスの「ビオワインの父」マルセル・ラピエールの息子が作り上げた新たなボジョレー赤「レザン・ゴロワー」

 

 そしてメインディッシュは「ヴェシラハティ産の鹿、レコラ産の根野菜と杏茸」。ヴェシラハティとはタンペレから湖沿いに南に下った湖と森林の地域。そこで採れた鹿の肉を野菜とともに一晩蒸し煮にし、軽く乳酸発酵させたレコラ農園産のセルリアックと人参のグリル焼きを添えてある。ワイン色のソースは肉とともに蒸し煮にしたビーツから、黄土色のクリームは杏茸から。ハーブ代わりに鮮烈な芳香を放つトウヒが散らしてある。トロトロに煮えた鹿肉にはビーツの土臭く甘いソースがよく合い、さらに土臭く苦いセルリアックと人参のグリルには、松茸のように濃厚な旨味を持つ杏茸のクリームが合う。

 フィンランド料理に詳しくないので、この料理がどれだけ伝統的か、それとも伝統から逸脱しているのかわからないが、少なくとも、地元の食材だけを使いながら、味や食感、色彩までを対比させたこの料理は、とてもグローバルで現代的に思えた。

 

メインの肉料理、「ヴェシラハティ産の鹿、レコラ産の根野菜と杏茸」
鹿肉にペアリングされたのはオーストリアの赤「ブラウフレンキッシュ・カルクシュテイン」。これも赤いベリー系で如何にも北国の味!

 さて、デザートは二品。まずは「薔薇の花の泡で包んだラズベリーのシャーベット」。薔薇の香りの白い泡をスプーンで割ると、鮮やかなマゼンタ色のラズベリーが! これは爽やか!

 そしてもう一皿のデザートは、正確な名称をメモるのを忘れてしまったが、「ルバーブと苺、キャラメリゼしたスグリの実を添えたフローズンヨーグルト」。いちじくで香りを付けたオリーブオイルがかけられている。これもプレーンなフローズンヨーグルトに、スグリやいちじく、オリーブオイル(これだけは地元産でないはず。オリーブは北国では育たない!)が様々な異なったアロマを残していく、とても爽やかな極北の森の味だ。

デザートは「薔薇の花の泡で包んだラズベリーのシャーベット」
デザート用にはこれぞ葡萄の旨味! ドイツ、ラインヘッセンの貴腐ワイン「FOGT フクセルレーベ・アウスレーゼ」
もう一品のデザートは「ルバーブと苺、キャラメリゼしたスグリの実を添えたフローズンヨーグルト」

 

 食材について色々と質問したせいか、一仕事終えたシェフのイルッカさんが僕たちの所に挨拶に来てくれた。「日本人ですか? WOMEXに来たのですか? この店では地産地消にこだわり、半径50km以内の食材だけを使っています。そして、日本料理からの強い影響も感じてもらえると思います。地元食材で作った梅干しや麹まで使ってますから」

 なるほど! フィンランドの伝統料理だけでなく、日本料理や世界の料理への愛情まで、地元の食材だけを使って表現するとは難易度高い事をやってるなあ! イルッカさんが作る『C』のコース料理は、北国の豊かな自然がもたらした食材だけを使った見事な旅路だった。

「フィンランドのワイルドフードの専門家」に認定されているオーナーシェフのイルッカ・イソタロ氏。いやはや北国の厳しくも豊かな自然を満喫しました! またいつか!

 

■菊芋とアーモンドのディップ

  さて今回は今が旬とばかりに八百屋で並んでいるけれど、意外と敬遠されがちな菊芋を取り上げよう。軽く茹でてシャキシャキ感を残した菊芋と、香りが出るまで乾煎りしたアーモンドをフードプロセッサーにかけて、食感が残る程度まで回し、レモン、にんにく、オリーブオイルで調味するだけ。新鮮な菊芋なら皮ごと食べても美味しい! ●菊芋とアーモンドのディップ 【材料:作りやすい分量】 菊芋:250g アーモンド:100g レモン汁:大さじ1 おろしにんにく:1かけ分 塩:小さじ1/2 胡椒:少々 EXVオリーブオイル:大さじ4 香菜のみじん切り:2枝分 【作り方】 1.鍋にたっぷりの湯を沸かし、塩一掴み(分量外)を加え、沸騰したら菊芋を入れ、約10分茹でる。 2.アーモンドはフライパンで焦がさないように乾煎りする。香りが出てきたら火からおろし、飾り用の20gを別に取り分けておく。 3.菊芋をザルにあげ、扱いやすい温度まで冷ましてから、皮をむく。 4.フードプロセッサーに2のアーモンドを入れ、パルスで数回回し、軽く砕いてから、3の菊芋、レモン汁、おろしにんにく、EXVオリーブオイル大さじ2を加え、おから状になるまで回し、塩と胡椒で調味する。 5.お皿にカルデラ火山状に盛り付け、飾り用のアーモンド、香菜を飾り付け、残りのEXVオリーブオイルを回しかける。

菊芋とアーモンドのペースト

(フィンランド編、次回に続きます。お楽しみに!)    

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サラーム海上(サラーム うながみ)

1967年生まれ、群馬県高崎市出身。音楽評論家、DJ、講師、料理研究家。明治大学政経学部卒業。中東やインドを定期的に旅し、現地の音楽シーンや周辺カルチャーのフィールドワークをし続けている。著書に『おいしい中東 オリエントグルメ旅』『イスタンブルで朝食を オリエントグルメ旅』『MEYHANE TABLE 家メイハネで中東料理パーティー』『プラネット・インディア インド・エキゾ音楽紀行』『エキゾ音楽超特急 完全版』『21世紀中東音楽ジャーナル』他。最新刊『MEYHANE TABLE More! 人がつながる中東料理』好評発売中。『Zine『SouQ』発行。WEBサイト「サラームの家」www.chez-salam.com

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