東南アジア全鉄道走破の旅
#79
カンボジア・プノンペンの空港鉄道〈3〉
文・写真 下川裕治
プノンペン駅から空港へ向かう鉄道は……
カンボジアではプノンペン近郊の村に2泊した。夜のエアアジアでバンコクに戻ることよりになっていた。プノンペン市街から空港に行く方法はいくつかあった。最近は市内を走る路線バスも空港の前で停車した。運賃は、値上がりしていなければ1500リエルだったと思う。約40円ほどだ。空港への足としてはいちばん安い。これまでも何回か使っていた。
バイクタクシー、トゥクトゥク、タクシーという方法もある。プノンペンの空港は市街からそれほど遠くない。どの方法でも簡単に向かうことができた。
しかし鉄道が気になった。運賃は2.5ドルだから、バスより高いのだが、やはり気になった。いったいどう空港に向かうのか。
まさか……とは思うのだが。
空港からプノンペン駅に向かうときは、路面区間はバックで進み、本線に入ってからは機関車が前方で牽引する形で進んだ。しかし空港の駅に入線してきたときは、機関車が先頭で進んできた。ということはふたつの方法が考えられた。
ひとつは本線を30分ほど走る区間は機関車が先頭で走り、空港に向かう支線に入るときに、機関車をいったん切り離し、前につけ換える方法だった。通常はそうする。しかし本線と支線の分岐点にもう別の線路がないとつけ換えば大変になる。そんな線路があったのか……記憶はなかった。
しかしもし、つけ換えをしないとすると、本線を走る区間もバックで進むことになってしまう。支線区間は長くない。道路の中央に線路をつくってしまった区間である。まあ、そこは短いからバックで行ってしまえ……と考えることは、カンボジアならあるかもしれない。しかし本線区間は長い。30分も走る。そこをバックで……。
さすがのカンボジア国鉄も、そこまでしないような気がした。
しかしここはカンボジアだった。
プノンペン駅に再び向かった。切符を買い、ホームに出た。空港行きの列車が停まっていた。進行方向に向かって先頭に客車があり、機関車は後ろに連結されていた。まさか……という思いが、しだいにたしかなものになっていってしまう。
プノンペン駅はターミナルだから、線路は何本もある。機関車を先頭につけ換えることはできたはずだ。しかし、国鉄職員はそれをしなかった。空港から入線したままでホームに停まっていた。
またしても僕以外の客は、欧米人がひとりだった。10分ほど待っただろうか。
機関車は煙を出しはじめ。列車は発車した。
………。
バックだった。
このまま約30分、進むつもりらしい。
列車はそれがあたり前のようにバックでプノンペン駅を発車した
車掌と保線員が、客車の先頭、連結器の部分に座った。車掌がトランシーバーをもっている。連結器部分の扉は開いているから、線路がよく見える。
客車の後ろ、つまり列車の先頭に立って進行方向を眺めることにした。
発車して間もなく、ひとつ目の踏切が見えてきた。遮断機がおろされていた。脇に職員が立っている。車や人がぎっしりと列車の通過を待っている。後ろが見えているのだろうか。車掌とトランシーバーで頻繁にやりとりしている様子もない。
バックで進むからそれほどスピードは出ない。人々はそれがわかっているのか、踏切のない場所でも平気で線路を渡る。線路を歩いている人もいる。
列車は頻繁に警笛を鳴らしながらバックしていく。その後も、何回か踏切が現れた。遮断機もなく、職員がいない踏切もある。ぎりぎりまで車が線路を越える。車と列車の間には、「あうん」の呼吸があるのか、列車はスピードを落とすでもなく、警笛を鳴らすだけで進んでいく。
ひょっとしたら……。車内の前方についているモニターを思い出した。それを見てみた。画面は4つに分かれている。特別なものではない。ホテルやショッピングセンターなどについている監視用モニターだ。そのひとつに列車の後方、いやこの列車の場合は前方を映している画面があった。運転手はこれを見ながら、バックで進んでいるのかもしれなかった。
この列車の運行をはじめるとき、機関車のつけ換えをどうするかという話になった気がする。そのとき、客車の後ろにカメラをつけたら……というアイデアがでた。それはいい、と簡単に決まってしまった気もする。
いや日本の機関車もそうなっているのだろうか。電車の運転席を見る限り、それらしきモニターはない気がする。
この推測があっているかどうか……。列車は相変わらず警笛を鳴らし続けながら、本線をバックで進んでいった。それから30分。なにごともなかったかのように分岐点に着き、機関車が先頭で牽引するという本来の列車になって空港に向かったのだった。
バックで進むカンボジア鉄道の旅。やはりやってはいけないことだと思う
プノンペン国際空港。空港からプノンペン駅まで列車があると、知人に伝えていいか迷っている
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著者:下川裕治(しもかわ ゆうじ) 1954年、長野県松本市生まれ。ノンフィクション、旅行作家。慶応大学卒業後、新聞社勤務を経て『12万円で世界を歩く』でデビュー。著書に『鈍行列車のアジア旅』『不思議列車がアジアを走る』『一両列車のゆるり旅』『東南アジア全鉄道制覇の旅 タイ・ミャンマー迷走編』『東南アジア全鉄道制覇の旅 インドネシア・マレーシア・ベトナム・カンボジア編』『週末ちょっとディープなタイ旅』『週末ちょっとディープなベトナム旅』『鉄路2万7千キロ 世界の「超」長距離列車を乗りつぶす』など、アジアと旅に関する紀行ノンフィクション多数。『南の島の甲子園 八重山商工の夏』で2006年度ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。WEB連載は、「たそがれ色のオデッセイ」(毎週日曜日に書いてるブログ)、「クリックディープ旅」、「どこへと訊かれて」(人々が通りすぎる世界の空港や駅物)「タビノート」(LCCを軸にした世界の飛行機搭乗記)。 |