風まかせのカヌー旅
#07
ウォレアイ到着 花かんむりとヤシ酒で歓迎される。
パラオ→ングルー→ウォレアイ→イフルック→エラトー→ラモトレック→サタワル→サイパン→グアム
文と写真・林和代
朝5時過ぎ。
ようやく雨が止むと、あれほど荒れていた海も嘘のように静まり返った。
やがて東の空に光がさし始めた頃、高い所に登ったミヤーノが大声でなにか言うと、
ナビゲーター席にいたセサリオも立ち上がり、前方をじっと見つめた。
その方角を見やると、まだ暗い水平線に、ぼんやりと灰色のでこぼこが浮かび上がり、太陽が顔を出すにつれて、それは確かに見覚えのある姿となって現れた。
標高2、3メートル。平たくて細長い島が、途切れ途切れに連なる。これぞウォレアイだ。
灰色だった島は、みるみる昇る太陽に照らされて、きらきらと緑色に輝き出した。
誰もが島を指差して、そわそわとはしゃぎだす。
ングルーを出て19日目。パラオを出てからまる1ヶ月。
我々は、ようやくウォレアイにたどり着いたのである。
しばらくすると島からモーターボートがやって来た。
セサリオとは既知と思しき年長の男性は、ようこそウォレアイへ、と挨拶をしながらひょいとマイスに
乗り込むと、大きなガラスボトルを差し出した。なかには、白濁した液体がたっぷり。ヤシ酒だ!
これはヤシの樹液で作る離島の地酒で、離島男性たちの大好物である。
満面の笑みでヤシ酒おじさんとハグを交わしたセサリオが、カップに注がれたヤシ酒を一気に飲み干すと、
他のクルーにもボトルが回っていった。みんな、みるみる顔がゆるんでいく。
伝統的なカヌーが来たらまずヤシ酒で出迎える。これが離島流の歓迎なのだ。
さて、そろそろ上陸の準備をせねば。
私は、自分の寝床のハンモックをほどき、下にしまい込んでいたスーツケースを取り出した。
まずは、おみやげを見繕う。
島では伝統カヌーのクルーをこぞって歓迎してくれる。それに、宿などない離島では必ず誰かの家に泊めて頂く事になる。そんな時、ささやかなお礼として渡せるおみやげがあると便利なのだ。
続いて、離島女性の伝統的な腰巻き、ラバラバを数枚引っ張り出す。
これは巻きスカートの要領で着る、カラフルな手織りの一枚布で、島の女性は日常から儀式の時の正装まで、常に身につける言わば必須アイテム。
外国人である私とエリーも、これを身につけた方が礼儀正しく、かつ喜んで頂ける事も多いので着用するのだが、慣れないので、ステキに着こなすのはなかなか難しい。
この他、濡れてるけど一応着替えやシャンプーセットなどを上陸用バッグに詰め込んだ。
私とエリーがラバラバを四苦八苦して巻いている頃、ヤシ酒おじさんたちはモーターボートに戻ると、ボートとマイスをロープで繋ぎ、島へと曳航しはじめた。と同時にミヤーノは高い場所に昇り、アルビーノは船首に陣取ると、海の様子を凝視しながら先導するボートに右だ、左だと指令を出す。
船上はすでに浮かれた雰囲気だが、実は島のすぐ近く、サンゴ礁が広がる浅瀬を抜ける今こそ、座礁の確率が一番高い。だからミヤーノ達はヤシ酒を飲まず、緊張感を持って水先案内に取り組んでいた。
PHOTO : OSAMU KOUSUGE
そして目指す島がいよいよ近づくと、ふいにどこからか歌が聞こえて来た。
浜辺で現地の女性がひとり、大きな声で歌っていたのは……マウの歌だ!
このあたりには、ナビゲーターの航海の思い出を女性達が歌にする習慣がある。そして今聞こえてくるのは、セサリオの父上、マウがハワイからミクロネシアを周遊した大航海を歌ったもの。
きっとサタワル出身のおばさんが、私たちを歓迎するために歌ってくれているのだ。
よく通る逞しい歌声と、かつて何度も聴いた懐かしい歌に、私はなんだか泣きそうになった。
こうして我々はウォレアイ最大の島、ファララップ・ウォレアイの浜辺にたどり着いた。
離島名物、ドリンキング・サークル。どの島でも男たちはこうして輪になってヤシ酒を飲みかわす。
ちなみにこの時は我々が到着したのが早朝だったため朝から飲んでいるが、通常は午後3時ころからスタートする。
19日ぶりに踏みしめた地面は、ぐらぐらと揺れていた。船酔いならぬ陸酔いだ。まっすぐ歩けないしキモチワルイ。私は千鳥足でなんとかセサリオたちに着いて砂浜を歩く。
まず我々が案内されたのは、丸太や切り株、ヤシの木ベンチが丸く並ぶ浜辺の一角。そこではすでに
ウォレアイの男性陣が飲み始めていた。これぞヤシ酒の輪、離島名物のドリンキング・サークルだ。
その車座にお邪魔すると間もなく、私たちにはたくさんの花冠やレイがかけられた。
むせかえるほどの花の香り。んー、これが島の匂いね。
陸酔いしながらもナチュラルフレグランスを存分に満喫していると、今度は地元男性陣がナイフでヤシの実をカットして、一人に一つずつ渡してくれた。
ヤシ酒が飲めぬ下戸の私にとってこれはごちそう。重い実を両手で持ち上げぐいっと飲むと、うまい!
口の端からこぼれる汁をぬぐいつつ、私は大量のジュースを一気に飲み干した。
他のクルーたちはこれまでのハードな航海話を肴に、ヤシ酒を満喫している。
と、お隣のウォレアイ男性から皿が回って来た。
「おつまみのグウス(タコ)だよ」
タコをココナツオイルで炒めた物らしい。一つつまんでみると、これまたなかなかおいしい。
こうして我々は穏やかに島流の歓迎を受けていたが、実はこの輪で語らうひとときこそ、キャプテンが酋長にこの島にしばし滞在させて頂く許可を得ている大事なご挨拶の時間なのだ。
といっても、具体的に滞在許可をお願いしている訳ではない。
酋長が、まあ座りなさい、飲みなさい、で、航海はどうだった? なんて話しかけ、キャプテンがお礼を言ってヤシ酒を頂きつつ話をする、と言う行為そのものが、伝統的な滞在許可なんだと思われる。
ふいにセサリオが私を呼んだので近づいてみると、彼はこっそりささやいた。
「カッツ、酋長に渡すタバコ、持ってるか?」
航海中はもうないと主張していたが、実はこの場面に備えて私はちょっとだけ隠して持っていた。
私がウエストポーチから取り出した4箱のカーニバル・メンソールというタバコは、セサリオから酋長に渡ると、酋長が開封して中身をあちこちにぽーんと投げ、ウォレアイ男性陣の手に収まった。
セサリオがおみやげとして用意して来たウイスキーはまだ酋長の足下にある。
きっと今夜あたり、みなで飲むに違いない。
おつまみのタコとヤシ酒を手にご満悦のエリー。ヤシ酒のカップはペットボトル。物が少ない離島ならではの光景だ。
酋長への挨拶会が終了すると、ここで私とエリーは他のクルーとしばし別れる事になる。
離島では概ね、男女が別れて過ごす事が多いのだ。
ただ、我々が誰のもとで過ごすのかはまだ謎のまま。しかし経験上、ここで私たちを面倒見る係が現れるものなので気にしないで待っていると、案の定、セサリオによって一人の女性が紹介された。
彼女の名はローズ。昨年、サタワルからウォレアイに嫁入りした女性で、英語も話せる。
私が、サタワル流に眉毛をクイッとあげつつ初めましてと自己紹介をすると、彼女も両眉をクイッとあげ、にっこり微笑んでハグをすると、こう言った。
「あなたとは以前、会った事あるわ」
「ほんとに? サタワルで?」
「そう、話した事はないけどね。マウが生きてた頃よ。あなた、タロイモ畑で働いてたでしょ?」
しばし当時の話をした後、彼女は私たちのラバラバをすてきねと褒め、続いてこう尋ねた。
「オポ モゴ(食べる)? オボ トゥトゥ(水浴びする)?」
まずい。私が少しだけサタワル語が分かる事も知っていたのだ。
私はすかさず英語で、ちょっと休憩すると答えた。
うっかりサタワル語を使うとあとが大変。なにせ私は本当に片言しか分からないから。
しかし彼女は、庭先のベンチを指してマッティウ イガ(ここに座って)とサタワル語で言い、 ウェティアイ(ちょっと待ってて)、と言い残して姿を消した。
ウォレアイとサタワルでは、東京と大阪ぐらい言葉が違う。こちらにきてまだ一年の彼女は、きっとサタワル語が使いたいのだろう。
彼女は一見すると、ちと愛想がないように見えるけれど、笑うとチャーミングで実は親切、というサタワルによくいる女性のタイプだと思われる。この人なら安心して甘えても大丈夫そうだ。
私とエリーの世話係ローズの正装姿。離島での女性の正装は、下はラバラバ、上半身は裸で、ターメリックの粉を顔や体にたっぷり塗り、花冠やレイで飾るというもの。胸を出す方が礼儀正しく、Tシャツなどを着るのは「ラフ」と見なされる。
しばらく休憩していると、やがてローズが戻って来た。やまほどのパンの実チップスを抱えて。
お隣の青空厨房では今、女たちが集まって私たちを歓迎するための料理をしているらしい。
そんな働く彼女たちのおやつとして作られたチップスをおすそ分けしてくれたのだ。
ちなみにパンの実とは、パンの木になる緑色の実で、メロンほどの大きさ。果肉は薄いイエローで、甘みの少ないサツマイモといったところ。それを薄くスライスして油で揚げたのがこのチップスだ。
ひと口食べると、私とエリーは目を見開いて一瞬見つめ合い、同時に言った。
ワーオ!
こうして我々は、揚げたてのチップスを大皿2枚分、ぺろりと平らげたのであった。
左がパンの実。タロイモに次ぐ島の主食。ココナツミルク煮を筆頭に、ありとあらゆる調理法がある。右はパンの実チップス。
*本連載は月2回(第1週&第3週火曜日)配信予定です。次回もお楽しみに!
*第12回『Festival of pacific arts』公式HPはこちら→https://festpac.visitguam.com/
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林和代(はやし かずよ) 1963年、東京生まれ。ライター。アジアと太平洋の南の島を主なテリトリーとして執筆。この10年は、ミクロネシアの伝統航海カヌーを追いかけている。著書に『1日1000円で遊べる南の島』(双葉社)。 |