風まかせのカヌー旅
04 ウォレアイへ(その2)危機一髪! 海に転落!!
パラオ→ングルー→ウォレアイ→イフルック→エラトー→ラモトレック→サタワル→サイパン→グアム
文と写真・林和代
嵐の朝。バンクから外をのぞくと、反対側のバンクから顔を出したアルビーノが私を見るなり素っ頓狂な声で言った。
「カッツー! マイラップ!」
そして、右手でVサインを作ると、大げさにタバコを吸う仕草を繰り返し、ひーほーと意味不明な雄叫びを上げて笑った。
マイラップとはサタワルのスターコンパスにある星の名前だが、この場合、別に意味はない。要はタバコを要求しているのだ。
あんたが取りに来なさいよ! と叫んだら、大雨の中、かっぱを着てわざわざやって来た。
そしてタバコが雨で濡れぬよう真剣に守り、無事に火をつけるとまたマイラップ! と叫んで去って行った。
寒い嵐の中、カップヌードルで身も心も温める
ングルーを出てから断続的に続いていたミニ嵐が本格的な嵐に変貌して早三日、帆は下りたままだ。
ジェットコースター並みの揺れにはすっかり慣れたが、この嵐は、私の縛りつけ方が甘かったパーカーをはじめ、プラスチックのスプーンや集めておいた段ボールなど、あらゆるもの吹き飛ばし、ビニール屋根や帆のあちこちを破壊した。
また、下から打ち付ける波は、隙間に埋め込まれていたスポンジをすべからく吹き飛ばし、あちこちで巨大噴水のごときスプラッシュがあがり放題。デッキの上はひっちゃかめっちゃかだった。
しかしその日の午後、ふいに雨が止んだ。わずかに晴れ間も見える。
今だ! 私たちは一斉にお片づけに突入した。
セサリオとミヤーノは帆を上げて損傷確認。ムライスとロッドニーは金槌を片手にスプラッシュ防止の木片を埋め込み、ノーマンとアルビーノは後部のビニール屋根の修理を開始した。私もエリーと台所を片付けていると、突然セサリオが緊迫した声で叫んだ。
「帆を下ろせ!」
ミヤーノはものすごい早さで帆を下ろすと、すぐさま後部へ走り出した。と同時にムライスが叫んだ。
「オーバーボード!」
……海に落ちた!?
慌てて後部へ駆け寄ると、7、8メートル先の波間に、ノーマンが見えた。その4、5メートル左にはアルビーノも!
アルビーノは大きな波の動きを計りながら泳ぎつつ、我々にノーマンはどこだ!? と叫んだ。
大きく盛り上がった波のたもとで見えたノーマンの顔は、半分沈みかかっていた。
目は開いていたがショック状態なのか、泳ぐ事すらせず、ただ浮力で浮かんでいるだけのように見える。
まずい、あのままじゃ溺れる!
あっちあっち! もっと右! 私たちは必死でアルビーノにノーマンの位置を示した。
ミヤーノは素早く船体にロープを縛りつけ、セサリオがその先端を投げ込むと、その命綱は見事にノーマンのすぐ手前に落ちた。
そしてセサリオは、大きな、しかし落ち着いた優しい声で叫んだ。
「ノーマン! お前の右手前方にロープがある、それをつかめ! すぐそばだ!」
しかしノーマンはぼんやりしたまま動かない。そしてまた大きな波が来ると、ノーマンの顔が我々の視界から消えた。
思わず息をのんだ。が、波が引いたその時、アルビーノがぐいぐい泳いで来て、沈みかけたノーマンをつかんだ。
細身のアルビーノは、何度も沈みそうになる巨漢ノーマンを必死に引っ張り上げつつ、時折自分も沈んだりしながらなんとか泳ぎ進み、ようやくロープにたどり着くとノーマンの脇の下にロープを回して縛りつけた。
船上の男性陣が慎重に二人を引き上げている間、私とエリーは温かい飲み物を入れるべくお湯を沸かしはじめた。
「危なかった。セサリオが落ちた瞬間を見ててすぐ帆を下ろしたから離れなくて済んだのよ。もしあと1分発見が遅かったら……」
「だよね。それにもし夜だったら一発アウトだよ。いくら近くても暗くてあの波じゃ絶対見えない。でもなんで落ちたのかな?」
そこへミヤーノが近づいて来たので尋ねてみると、彼は低い声で吐き捨てるように言った。
「ただのケアレスミスだ」
どうも二人は後部のビニール屋根を縛りつけているロープのゆるみを直そうと、一部をほどいたらしい。
しかし、ビニールシートは巨大であり、雨はやんだとは言え、風も波もまだ強かった。
強風を受けたシートが大きく舞い上がり、ノーマンがつかんでいたロープが手をすり抜けた瞬間、大きなうねりがグンと来て、ノーマンは海に投げ出された。それを見たアルビーノはとっさに助けに飛び込んだらしい。
「この風の中であの作業をするなら、絶対にハーネスをつけるべきだったんだ」
そ、そうだね。厳しい口調のミヤーノにびびりつつ、私とエリーは黙々とコーヒーを入れて、皆に配った。
アルビーノはひどく寒がってブルブル震えていたが、コーヒーをすすりながら救出劇の一部始終をこと細かに喋りまくった。
一方ノーマンは、照れたような笑みを浮かべると、もう大丈夫と言っていきなり舵を握った。
みながもう少し休めと言っても全く耳を貸さない。
海の男として平静を装いたいのは分かる。でも、その極端な態度が私たちをちょっと不安にさせた。
嵐でゆるんだロープを調整する時も、海に入って作業をする係はアルビーノ。
その翌日も暴風が吹き荒れ、マストの高いところで帆のロープが絡まってしまった。
アルビーノがハーネスを装着してマストに登ったが、暴風でカヌーもマストもぐらんぐらん揺れた。それでもなんとかロープを解いたがその直後、突風に煽られた彼は、マストからびゅーんと離れたかと思うと、振り子のごとくかなりの勢いでマストにぶち当たった。
そしてその夜、彼は私に腫れあがった肩を差し出し、マッサージを要求してきた。
私はもちろんド素人だが、このクルーたちにはマッサージおばさんとして認識されていた。
肩こり程度なら構わないが、怪我人のマッサージなど恐ろしくてしたくない。
しかし、サタワルではこんな時、ココナツオイルを塗って患部を押しながら滑らせるマッサージをする事も私は知っていた。
私はサタワルで以前見た施術を思い浮かべつつ、アルビーノの肩にオイルを塗り、おそるおそるマッサージしてみた。
ううっとアルビーノが声を上げる。
「エメタック(痛い)? 」
「エグス(ちょっとね)、でもエガッチ(良い感じ)」
30分ほどマッサージをした私は、ユエ(おしまい)といって、彼の腕をポンポンとたたいた。すると
「サンキューカッツ! じゃあマイラップ!」
青空だが、かなりの暴風で恐ろしい音がしていた
その晩。風が少し弱まったので帆を上げていたところ、セサリオがタックを命じた。
タックとは帆の向きを変えて方向転換する事。
普段、三角帆の二点は、マストと最前部の中央に繋がっていて、もう一点は船体の左右どちらかに結びつけてある。
タックするには、サイドの部分をほどき、船体の外にある一枚板=キャットウォークの上をぐるっと周り、反対側へセイルの先端を運んで結びつけなければならない。
これは危険な作業なので、アルビーノとミヤーノしかやらない。特にアルビーノは身軽なので、一番多くやる羽目になる。
この晩も、寝ていたアルビーノが無理矢理起こされた。普段縛っているカールがちな髪が広がってカツラみたいになっていた。
眠い目をこすりながら右側のバンクをひょいと飛び越えてキャットウォークに渡ったアルビーノは、帆の端から伸びるロープを解いて握ると、セサリオの合図を待ってキャットウォークを走り出した。
しかし、帆は風を受けて盛大に膨らみ、最前部にたどり着いたアルビーノは、ロープをつかんだままふわーっと飛んだ。
万一ロープが手から離れれば夜の海に落下。そうなれば、ほぼ助からない。
しかし彼は、ちゃんと進行方向に飛び上がったようで、着地する時はすでに前部女子トイレ網の真ん中あたりまで来ていた。
ただ、網に足がはまったようで一度こけ、立ち上がる時にまたこけて暴れたが、ようやく足をひっこ抜くと再びぴょーんと飛びながら前部を横切り、見事左側のキャットウォークに着地、そのまますたすた走ってデッキで待機するムライスにロープを渡した。
何度見ても、嵐の夜のタックはヒヤヒヤする。
無事生還したアルビーノに、一応大丈夫? と声をかけると彼はいきなりTシャツを脱ぎ、
「今のでまた肩が痛くなった、マッサージして」
そして彼はマッサージを受けながら、いつものように愚痴り始めた。
「何でいつも俺ばっかり飛ぶ役をやらされるんだよ」
「それはアルビーノが一番上手だからでしょ。それに今日はノーマンも助けたし、ヒーローじゃん!」
私がそう言うと瞬時ににんまり。カツラっぽいくるくるヘアーをかきあげながら
「まあね、マストやパンノキに登れるのも、ここじゃ俺だけだしな」
こうしていとも簡単に調子に乗ったアルビーノは、鼻歌を歌い始めた。
それは私も知っている、スターコンパスが出てくるサタワルの歌なので、私も一緒に歌い出す。
すると、ディランやセサリオ、ミヤーノたちサタワル勢もフル参加。
「マイラップ、パイヨール、エニエル、サラプエン……ウェネウェネウェネウェネウェッ、フッフー!」
寒くて暗くて苦しくて、ちょっぴりこわい嵐の夜が、歌声とともにふんわり和らいでいった。
*本連載は月2回(第1週&第3週火曜日)配信予定です。次回もお楽しみに!
*第12回『Festival of pacific arts』公式HPはこちら→https://festpac.visitguam.com/
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林和代(はやし かずよ) 1963年、東京生まれ。ライター。アジアと太平洋の南の島を主なテリトリーとして執筆。この10年は、ミクロネシアの伝統航海カヌーを追いかけている。著書に『1日1000円で遊べる南の島』(双葉社)。 |