越えて国境、迷ってアジア

越えて国境、迷ってアジア

#112

千葉の田んぼに浮かぶスリランカ寺院

文と写真・室橋裕和

 連載再開! とはいえコロナ禍が収まる気配もなく、僕もいまだ国内に幽閉される日々を送っている。悔しいので「日本の中で異国を感じられる場所」に出かけてはウサを晴らしているのだが、今回は千葉県北部に行ってみた。

 

■農村の真ん中に立つ純白のストゥーパ

 

 千葉県香取市、佐原。JRの駅を出て北に歩くと、やがて利根川が見えてくる。広大な河川敷にかかる橋を渡れば、右手から支流の横利根川がさらに北へと伸びている。霞ヶ浦までつながっているのだ。
 この横利根川にはいくつもの漁船が浮かび、土手では釣り人たちが並ぶ。周囲には川や湖に潤された田畑が広がる。水郷なのである。
 そんな景色の中に、唐突に純白のストゥーパ(仏塔)が現れたので驚いた。一瞬、東南アジアのどこかにワープしたような錯覚にとらわれる。しかしその背後に見えるケーズデンキの看板に、ここは北関東の田舎であるのだと思い直す。あれがスリランカ寺院、「蘭華寺」だ。

 

田んぼと農村が広がる千葉北部に、スリランカ寺院の仏塔が現れる

 

■テーラワーダ仏教を広めるために建立された寺院

 

「ここにお寺を建てたのは1989年のことです」
 柔和な日本語でそう教えてくれたのは、蘭華寺の僧侶ヤタワラ・パンニャラーマさん(62)だ。本堂にはスリランカから運んできたという黄金の仏像が鎮座し、壁や天井には仏陀の生涯を物語にした仏画が描かれている。スリランカだけでなくタイやミャンマーなどで見た、テーラワーダ仏教のスタイルだ。日本で言う上座部仏教である。東南アジアに旅してきたような気持ちになってくる。
 もともと蘭華寺は、1984年に東京・江戸川区に建立されたのだという。マハーボーディ(大菩提会)という、スリランカとインドに拠点を持つ仏教協会があるのだが、そこから高僧が日本へと派遣されてきたそうだ。日本にスリランカ寺院をつくり、テーラワーダ仏教を広めるためだった。
 この寺院はやがて小岩に移転するのだが、そこにパンニャラーマさんが来日して合流するのは1986年だ。
「私は13歳のときに出家したのですが、日本には小さい頃から興味を持っていました。当時の私にとって日本と言えばスリランカと同じように仏教の国というイメージ。教科書にもそう書かれていてね。インドに行くチャンスもあったのですが、日本のほうを選びました」
 パンニャラーマさんが来日した時代はバブル真っ只中ではあったが、まだまだ着物をまとう人もいて、ほかの国にはない文化があると感じたそうだ。
 とはいえその頃、日本に住むスリランカ人はわずかばかり。
「中古車関連のビジネスで来る人はいたけれど、長期で住んでいる人は少なかったですね。だからお寺に来るのは学者などテーラワーダ仏教に興味があったり、スリランカに旅行したことのある日本人が中心です。日本人に支えられてここまで来たんです」
 そして1989年、千葉のこの地へと移転。都内は家賃が高く広い場所を確保できなかったこと、佐原なら成田からも近く、国外と行き来しやすいことから選んだ。そんなことを話していると、窓の外を飛行機が通りすぎていく。コロナで減便になっているが、それでも飛行機をよく見る。確かに成田空港がすぐそばなのだ。
 越してきた頃は近くを走る51号線も1車線だけで、いま立ち並んでいるスーパーマーケットもドンキホーテも何もなかったそうだ。
「でもね、ここから見える田んぼの風景は同じなんですよ、昔のまま。それに田んぼの中にお寺があるこの景色は、スリランカと一緒。故郷のキャンディにも似ている。ヤシの木がないけれどね」

 


本堂には立派な仏像と仏画が。仏像は土台の黒壇とともにスリランカから運ばれたもの

 


お話を聞かせていただいたヤタワラ・パンニャラーマさん。セイロンティーごちそうさまでした

 

■増加するスリランカ人の拠り所として

 

 千葉県にスリランカ人が増えてきたのはここ10年ほどのことだ。千葉県の統計によれば、2014年から2018年の間に県内在住のスリランカ人は1693人から4481人にまで増えた。背景には中古車ビジネスの拡大、技能実習生の増加、さらには日本語学校もずいぶんと多くなったことなどがあるが、蘭華寺の存在はあまり関係がないようだ。
「成田や八街(やちまた)、富里あたりがとくに多いですね。食材店やレストランもあります」
 蘭華寺の近くにもスリランカ料理のレストランがあり、地元の日本人にも人気になっている。千葉はいまや日本にいながらスリランカを体感できる場所になっているのだ。
 そんな千葉各地や近郊で暮らす若い世代のスリランカ人たちが、週末になると蘭華寺に顔を出す。コロナ禍のため大きな集まりはできないけれど、例えば誕生日や就職が決まったとき、帰国の前、子供が生まれるときや学校に入る前など、人生の節目節目にお寺を訪れ、食事などを寄進するそうだ。そしてパンニャラーマさんたち6人いるという僧侶から、説法を授かる。生きるためのアドバイスだ。そしてひとときを境内で過ごして、また日本の生活に帰っていく。
「親には言えないことを相談しに来る人もいてね。それにコロナでいまはスリランカとの行き来もできないでしょう。だから家族や親戚の死に目に会えない、葬儀に出られないこともある。そんな人が祈りに来たりもします」
 また最近では、一時的な出稼ぎではなく日本に定住することに決めて、家を買うスリランカ人も増えているのだという。
「スリランカでは新居に住む前に、お坊さんを呼んでお経を唱える習慣があるんです。それを日本でも行いたいからと、あちこちに呼ばれることが増えてきました。日本の地鎮祭みたいなものですね」
 在日スリランカ人の増加とともに。蘭華寺の役割も変わりつつあるようだ。

 


とても日本とは思えない光景。千葉県の田舎にスリランカがあるのだ

 


ストゥーパは在日スリランカ人の寄進によって2年ほど前に建立されたそうだ

 

■誰もが穏やかでいられるために

 

 蘭華寺もコロナ禍の影響を受けている。瞑想会などのイベントごとは中止のままだ。通ってくるスリランカ人からも、働ける時間が減らされて給料が少なくなったとか、仲間同士で食料を持ち寄って助け合っているという話も聞く。日本もスリランカも、世界中が、もう少し辛抱しなくてはならないようだ。
 30年以上に渡ってパンニャラーマさんに、お寺とはどんな場所なのかを聞いてみると、
「人が穏やかでいられる場所、自分の気持ちを伝えられる人がいる場所」
 なのだと教えてくれた。こんな話もマスクなしでできる時代に、早く戻ってほしいものだ。

 

*国境の場所は、こちらの地図をご参照ください。→「越えて国境、迷ってアジア」

 

*本連載は月2回(第2週&第4週水曜日)配信予定です。次回もお楽しみに!

 

 

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室橋裕和(むろはし ひろかず)

1974年生まれ。週刊誌記者を経てタイに移住。現地発日本語情報誌『Gダイアリー』『アジアの雑誌』デスクを務め、10年に渡りタイ及び周辺国を取材する。帰国後はアジア専門のライター、編集者として活動。「アジアに生きる日本人」「日本に生きるアジア人」をテーマとしている。おもな著書は『日本の異国』(晶文社)、『海外暮らし最強ナビ・アジア編』(辰巳出版)、『おとなの青春旅行』(講談社現代新書)。

 

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