ブルー・ジャーニー

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#108

アルゼンチン〜チリ はるかなる国々〈27〉

文と写真・時見宗和 

Text & Photo by Munekazu TOKIMI

「世界地図の空白は塗りつぶされたけれど」

 ──リュックサックを救命ボートに被せてある防水シートの下に押しこみ、便所の個室に潜んだ。トイレは故障し、便器は汚れていた。だがそんなことで騒いでいる暇はなく、ドアに鍵をかけた。息さえできなかった。誰かがドアを叩くと、使用中と声をあげた。(3月9日グラナード記)

 

 ブエノスアイレスを出発してから58日目、ゲバラとグラナードは、旅を共にしてきたイギリス製のノートン500CC、ポデローサⅡ号と別れ、サンティアゴ・デ・チレを出発。バルパライソの港で、役人の警備をかいくぐり、貨物船にもぐりこんだ。

 

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 ただ働きを条件に密航に成功、2日後、アントファガスタで下船すると、赤みがかった広がりがどこまでもつづいていた。ダーウィンが『完璧な砂漠』と呼んだチリ北部の乾燥地帯には、100年間まったく雨が降らない場所さえあった。

 ポデローサⅡ号から下りてから、旅の景色が変わった。なにより人びとの貧しさがより近く感じられるようになった。

 さびれた村で出会った夫婦とたき火を囲んでいたときのことだった。

「しごとを探しているの?」

 ゲバラが答えた。

「いえ、ちがいます」

「ちがう?」

 夫は共産党員だという噂を立てられ、3カ月間の投獄から解放されたばかりだった。仲間の多くは殺されたり、おもりをつけて海に沈められたりしていた。共産党員のレッテルを貼られると、まともな仕事につくことはほぼ不可能だった。銅山で働くよりほかになかった。

「じゃあ、なぜ旅を?」

「旅をするためです」

 夫人は夫と顔を見合わせ、ゲバラに言った。

「祈っているわ、旅の無事を」

 砂漠の夜は凍えるほど寒かった。グラナードは震えながら体を寄せ合っているふたりに毛布を渡し、あたりをひとめぐりしてこようとゲバラをうながした。毛布のお礼を言われるのが照れくさかったからだった。

 

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 3月18日、アメリカ合衆国が「所有する」銅山のひとつ、チェキカマタに到着。ブエノスアイレスから5122キロ。

『賃金は低いけれど、会社直営の店が安く商品を売っているから生活の心配はないよ』

 集まってきた約3000人の労働者は、まもなくそれが嘘だと思い知った。安い商品の数は数が限られ、品切ればかりだった。べつの(やはり会社とグルになっている)店からとんでもなく高い値段で買わなければならなかった。ほかの仕事をしようと思っても、行くあてはなく、いつかは暮らしが良くなるだろうと思っているうちに、粉塵、硫黄、ヒ素の不純混合物で体をこわし、あるいは栄養不足になり、幸運な人間は年老いて用済みとなった。

 労働者は、工場の全体像はもちろん、すぐ隣の職場でなにをしているのかも知らなかった。だめになった歯車や、言うことをきかない歯車はすぐ取り替えられるよう、会社が分業を徹底していたからだった。

 組合が重要な会議を行おうとすると、会社は大勢の労働者を売春宿に連れ出した。出席者の数が議決の定数に届かないようにするためだった。

 会社に雇われている用心棒がグラナードに言った。

「100ペソを要求するなんて身のほど知らずにもほどがある」

 100ペソはUSドルで1ドルだった。

 グラナードは思った。『こいつを硫酸の桶に投げこみたい』

 

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 ヒッチハイクで乗りこんだ車の運転手がすっかり酔っぱらっていて、時折、両手をハンドルから離し、歌いつづけた。今夜はここに泊まろうと駅舎に入ると、すでに住みついていた若者たちが石油ランプとギターを持って集まってきた。トラック運転手のサッカーチームに助っ人として参加し、泊まる場所とアサードにありついた。牧草を積んだトラックのパンクの修理を手伝ったら、お礼に乗せてくれた。旅路にはいつも音楽と話があった。助けてくれた人びとは、すべて先住民か貧しい先住民とスペイン人の混血だった。

 

 ──寝袋にくるまり、甘い香りの牧草に半ば埋もれて、朝日が砂の丘に昇るのを眺めながら、これこそ俺がずっとあこがれていた旅だと心で呟いた。自分の目でわが故郷アメリカを見て、深く知ることだけを目的とした旅をしたかったのだ。

 フーセル(※ゲバラの愛称)が横に寝そべり、小声でネルーダの詩を口ずさんでいた。彼はネルーダの『この世の第3の住処』『20の愛の詩と1つの絶望の歌』のすべての詩を暗唱できるだろう。俺もネルーダ好きだから、知っている4行をいっしょに口ずさんだ。(3月21日 グラナード記)

 

 3月23日、38日間3200キロに及んだチリの旅が終わり、ふたりはペルーに入った。

 

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 3月31日、クスコ。ブエノスアイレスを出発してから59日、6932キロ。

「どれがインカの壁?」

 先住民の子どもがゲバラに言った。

「これだよ。あっちがスペインのインチキ壁」

『カミソリの歯も通さない』と言われるほど石と石が密着しているインカの壁に対して、インチキ壁は隙間だらけだった。

 スペイン人の征服者はインカ帝国の象徴、大神殿を破壊し、その基礎の上に聖ドミンゴ教会を建設。1950年にこの地を襲った大地震で教会の塔はほぼ全倒壊したが、インカ帝国が組み上げた土台は無傷だった。

 

 ──文字の読めない征服者の愚かさによって粉々に破壊された要塞から、冒涜され破壊された神殿から、略奪された宮殿から、悲しげな思い出を浮かび上がらせているクスコ。インカ人は天文学、数学、脳外科手術に長けていました。歴史がちがっていたら、いまはどんな姿になっていたでしょう。お母さん、この遺跡を築き上げた文明は、なぜスペイン人に滅ぼされたのでしょうか。(4月1日 ゲバラ記)

 

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「わたしには住む家がないのです」。道を歩いていた先住民を車に乗せると、その男は控えめなスペイン語でこう語った。「10年ほど前、結婚して、標高600メートルのジャングルに小さな家を建てました。雑木林を切り倒し、切り株を燃やし、3年かけて作物が収穫できるようになると、地主が警察をつかってわたしを追い出しました。わたしは荷物をまとめ、妻と生まれたふたりの子どもをつれてもっと高い山腹に移動しました。ジャングルを切りひらき、畑を耕し、収穫を期待できるようになると、また警察がやってきました」

 

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 4月3日、ふたりはマチュピチュに向かう列車に乗りこんだ。

 進むにつれ、植物は熱帯の草木になり、青々としてくる山腹にはエニシダが茂り、麓には実をつけたカプリエが密生していた。どの駅でも、食べ物を差し出すインディオの女たちがいっせいに寄ってきた。湯気を上げる芯付きのトウモロコシ、香りのいいヤギのチーズ、辛いソースのかかったキャッサバなど、どれもエキゾチックな匂いがした。並行して流れる川の流れは確実に流れが速くなり、先住民がグレイト・ロア(大いなる唸り)と呼ぶ大きな音をたてていた。

 終点に着き、泊まる場所を探していると、狭い空き地でラグビーボールが弾んでいた(空き地はパンパと名づけられていた)。

「仲間に入れてもらえない?」

 

 ──ぼくは何回かのタックルで目立つチャンスがあって、アルベルトといっしょにブエノスアイレスのチームで1軍の選手をしていたことがあるということをあくまで控えめに説明した。(4月3日 ゲバラ記)

 

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 ──そのときわたしは 失われた密林の凄まじい茂みの中を

 大地の梯子を伝って昇ったのだ。

 マチュピチュよ お前の処まで

 石の階(きざはし)からなる高き都市よ

 大地が眠りの衣の裡に

 ついに隠しきれなかった者の住処よ

 お前の裡で 二本の平行線のごとく

 稲妻と人間の揺籃が

 刺ある壁に揺れていた。(『マチュピチュの頂』パブロ・ネルーダ)

 

 ゲバラとグラナードは、ふたたびこの地に戻って来られるよう、名前を書いた紙を瓶に入れて頂に残した。

 

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 ジョセフ・コンラッドは、自らの体験をもとに著した『闇の奥』で主人公のマーロウにこう述懐させている。

「ところで俺は、子どものころ、地図がとても好きだった。南アメリカ、アフリカ、オーストラリア。何時間眺めても飽きなかった。華々しい探検を空想したものだ。あの当時は、地球にはまだ空白の部分がたくさんあったが、とくに面白そうなところを見つけると(どこもかしこも面白そうに見えたのだが)そこを指でなぞって、こうつぶやいたものだ。『大きくなったら、ここへ行くぞ』」

 

 この4年6カ月、書物の森を大いにさまよった。どこから来たのかわからなくなったり、思いがけない場所に出たり、見覚えがあると思ったら前に来た場所だったり、あればいいなと思っていたものが本当にあったり、なかったり。

 コンラッドがコンゴを訪れてから130年、世界地図の空白は塗りつぶされたけれど、行間には果てしのない広がりがある。コロナウィルスの影響で出かけることできなくなってから、その思いはいっそう強くなり、自由になった。

 エクアドル、コロンビア、ベネズエラ、カラカス、ゲバラとグラナードの「行き当たりばったり」の旅はさらに3カ月余りつづくが、ふたりとはここで別れ、宮澤賢治とサグラダ・ファミリアに行こうと思う。

 

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(了)

 

 

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時見宗和(ときみ むねかず)

作家。1955年、神奈川県生まれ。スキー専門誌『月刊スキージャーナル』の編集長を経て独立。主なテーマは人、スポーツ、日常の横木をほんの少し超える旅。著書に『渡部三郎——見はてぬ夢』『神のシュプール』『ただ、自分のために——荻原健司孤高の軌跡』『オールアウト 1996年度早稲田大学ラグビー蹴球部中竹組』『[増補改訂版]オールアウト 1996年度早稲田大学ラグビー 蹴球部中竹組』『オールアウト 楕円の奇蹟、情熱の軌跡 』『魂の在処(共著・中山雅史)』『ジュビロ磐田、挑戦の血統(サックスブルー)』、共著に『日本ラグビー凱歌の先へ(編著・日本ラグビー狂会)』他。執筆活動のかたわら、高校ラグビーの指導に携わる。

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日本ラグビー 凱歌の先へ
編著・日本ラグビー狂会

     

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