韓国の旅と酒場とグルメ横丁
#54
名古屋の韓国「酒」講座で話しきれなかったこと〈2〉
名古屋の栄中日文化センターで行った韓国「酒」講座(2時間×3回)は、中京圏だけでなく、関東、関西、九州など遠方から15名様以上にご参加いただき、にぎやかに終了した。
今回も前回に続き、時間の都合で講座で話しきれなかった内容の一部をダイジェストでお届けする。
栄中日文化センターの講座「韓国、酒とつまみと酒場の話」で講師を務めた筆者。スクリーンに映っているのは忠清南道の唐津にある新平醸造場から提供された白蓮マッコリ
講座で受講者に試飲してもらった酒の数々。左から右に、全羅エール(ビール)、ハルラサン焼酎、聞喜マッコリ、ウコンマッコリ、黄耆(ファンギ)マッコリ、白蓮マッコリ、バナナマッコリ、チジャンス・ホバクマッコリ、長 紅参マッコリ
まだ記事にしていなかった秘密の酒場
長らくマッコリとマッコリ酒場にこだわってきたため、全羅北道の全州(チョンジュ)には年に数回出かけている。この街にはマッコリ酒場が集まっているエリアがいくつかあるからだ。
私はそのなかのひとつ西信洞(ソシンドン)にある『マッコリ1番地』をひいきにしているのだが、最近、三川洞(サムチョンドン)で新たにいい店を発見した。店の名前は『ムルレバンア』、水車のことだ。
マッコリ酒場が集まっている三川洞の坂をのぼり、突き当りを右に行くとすぐ見つかる『ムルレバンア』。完山区三川洞1街642-6(三川洞郵逓局向かい)
隣り合わせた2軒の店舗の壁をぶち抜いて営業していることからも、人気のほどがうかがわれる。全州のマッコリ酒場は、マッコリが3本分注がれたやかん(25000~35000ウォン)を頼むと、テーブルを埋め尽くすほどのつまみが供されるのが魅力だ。日本の知人はそれを見て「大衆的な韓定食ですね」と言ったが、当らずとも遠からず。
『ムルレバンア』では、有機農法でつくられた国産米を使用した『ソドン生マッコリ』を出している。メシマコブというキノコを発酵させたエキス入り
そのため、どこかの店がつまみを一品多くしたり、ごちそう感のあるものを出したりすると、周りの店も競ってつまみの質量を向上させなければならない。店のオーナーや厨房担当者の苦労は想像するに余りある。
『ムルレバンア』のつまみ群。これでもう全部並んだだろうと思っていたら……
全州は内陸にある都市だが、全羅北道は西側を黄海に接しているため海の幸にも恵まれている。それは『ムルレバンア』のつまみの写真を見てもらえれば明らかだ。飛子、エイの刺身の豚肉とキムチ添え、フグの皮、多彩な貝、焼き魚、魚介ダシのワカメスープなど、その数ざっと30!
さらに、焼き魚やミヨックッ(わかめスープ)が出てきた
驚くのはまだ早い。マッコリ3本分を乾し、やかんをもうひとつ頼めば、さらにカンジャンケジャンなどのつまみが追加される。一緒に刻み海苔やネギがたっぷりかかったごはんも出てくるので、ビニール手袋をはめてカニみそと混ぜれば、最高のビビンパができあがる。
『ムルレバンア』にはマッコリだけでなく、ビールや焼酎も置かれている
日本の大衆酒場、韓国人にはどう見える?
先日、私の事務所の日本人男性スタッフがソウルから東京に来た女性3人組(40~50代)の観光ガイドを務めた。男性スタッフは酒飲みだが、女性3人はほとんど飲まない。しかし、彼は「たとえお酒を飲まなくても、日本の大衆酒場の雰囲気を味わってほしい」と知恵を絞った。
「130年以上の歴史がある大衆食堂に行ってみませんか?」
3人は一も二もなく「行きたいっ!」と目を輝かせたという。
彼が行ったのは浅草駅の近くにある『神谷バー』。東京を代表する大衆酒場のひとつなのだが、洋食系の食事メニューも豊富なので食堂と言っても噓にはならない。
1880年(明治13年)創業の『神谷バー』。1階では主に中高年が生ビールと電気ブランを楽しんでいる
韓国人は歴史のある店に弱い。
政情不安な時期が長く続いたことや、商いを軽んじる儒教思想の影響で、老舗が非常に少ないのだ。こればかりは比較してもしかたがないのだが、100年の歴史をもつ店が珍しくない日本のことを思うと、我が国の飲食店の看板に「40年の伝統」などと書いてあるのを見るとかなり居心地が悪い。
ソウルから来た3人の女性は浅草見物を楽しんだ翌日、“小江戸”と呼ばれる埼玉県川越市を観光した。彼女たちはそこでも江戸時代から続く和菓子店で買物を楽しみ、職場へのおみやげもほとんどそこで買ったそうだ。
かくいう私も老舗に弱い韓国人の一人だが、日本の大衆酒場に魅かれる理由は他にもある。そのひとつは、店のたたずまい。韓国の飲食店の外観がどちらかというと色に色を重ねる“目立ったもの勝ち”感が強いのに対し、日本の飲食店は人気のある店ほど見た目は控えめなように見える。
外国人が日本を想起しやすい赤いちょうちん。のれんには「酒」の一文字。素敵だ。最近は韓国人も余計なものをそぎ落としたところに魅力を感じるようになってきた。名古屋の人気酒場『末廣屋』
名古屋通いは今年で3年目になるが、すっかり気に入ってしまった大須観音の近くの『末廣屋』や伏見の『大甚』はその典型だ。
『末廣屋』ではまず寒ブリと熱燗を頼んだ。日本酒と刺身というシンプルな組合せだが、ぜいたく感がある
もうひとつの魅力はつまみの提供のしかただ。韓国リピーターのみなさんはよくご存知だろうが、韓国ではみんなでつつくタイプのつまみが多く、一品ごとの量が多い。もちろん、パンチャンと呼ばれるつきだしが多数添えられるという日本にない魅力はあるが、自分が食べたいものを適量いただけるのは私のような年齢の女性には特にありがたい。
名古屋の伏見駅前にある『大甚』は昔の日本の定食屋ふうに、つまみを大きなテーブルに並べてあり、客が自分で好きなのものを選んで持っていく
さらに、たいていの居酒屋にはカウンターがあり、気軽に一人酒が楽しめるのも魅力だ。韓国では一昨年からようやく「ホンスル」(一人酒)という言葉が生まれ、以前ほど変な目で見られなくなったが、一人飲みを想定した構造の店がまだまだ少ない。
今回は私も名古屋から帰国する前の晩、伏見の入江町通り沿いにある10人で満席になりそうな小さな居酒屋に一人で入ってみた。客が誰もいなかったのでカウンターに座り、焼酎のお湯割りと焼き鳥を注文。30代くらいの大柄なマスターが話し相手になってくれた。
しばらくすると、客が二人、三人と入ってきて、私は一人飲みする珍しい外国人女性として、みんなのかっこうのおもちゃになった。とても楽しい思い出ができ、身も心もぽかぽかになってホテルの部屋に帰った。
(続く)
*4月21日(土)、東京で筆者がトークイベントを行います。第1部は12時15分~13時55分/『マッコルリの旅』『釜山の人情食堂』など代表作の取材秘話。第2部は14時40分~16時20分/映画で語る韓国の酒場情緒。1部・2部は各券3,000円。通し券は5,700円。会場は有楽町線飯田橋駅C1出口前。入場券は下記のチケットぴあで発売中。
*本連載の一部に新取材&書き下ろしを加えた単行本、『韓国ほろ酔い横丁 こだわりグルメ旅』が、双葉社より好評発売中です。ぜひお買い求め下さい!
定価:本体1200円+税
*本連載は月2回配信(第2週&第4週金曜日)の予定です。次回もお楽しみに!
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紀行作家。1967年、韓国江原道の山奥生まれ、ソウル育ち。世宗大学院・観光経営学修士課程修了後、日本に留学。現在はソウルの下町在住。韓国テウォン大学・講師。著書に『うまい、安い、あったかい 韓国の人情食堂』『港町、ほろ酔い散歩 釜山の人情食堂』『馬を食べる日本人 犬を食べる韓国人』『韓国酒場紀行』『マッコルリの旅』『韓国の美味しい町』『韓国の「昭和」を歩く』『韓国・下町人情紀行』『本当はどうなの? 今の韓国』、編著に『北朝鮮の楽しい歩き方』など。NHKBSプレミアム『世界入りにくい居酒屋』釜山編コーディネート担当。株式会社キーワード所属www.k-word.co.jp/ 著者の近況はこちら→https://twitter.com/Manchuria7 |
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