日本一おいしい!沖縄の肉食グルメ旅
#43
栄町の天ぷら屋~『関西風あぎむん・天ぷら いっちゃん』
文・仲村清司 写真・深谷慎平
純本土風の揚げ物と天ぷらを供する名店
純白の粉ではたかれて薄い衣を纏った天ぷらのタネが油の大海を泳ぐように揚がっていく。
「気持ちよさそうですね。いい湯加減なんでしょうね」
カメラマンの深谷氏が琥珀色の澄み切った油の鍋をのぞき込みながらいった。
いい湯加減といっても180〜190度に達している油である。火傷どころではすまない温度だが、しかし表現としては彼の指摘は実に的を射ていると思った。
店主の稲垣雅哉氏が投じる素材は跳ねず、暴れず、けっして騒がず。なにやら恍惚の域に入ったかのような面持ちで「湯浴み」を満喫している感じなのだ。
ふいに近松門左衛門の『女殺油地獄』という言葉が浮かんだが、このお店の主役の素材たちはさながら『油浄土』に行かれたごとくである。
右からヒラサヤインゲン、オオタニワタリ、宮古ゼンマイ
さて、我ら三バカ男と深谷カメラマンが一堂に会したこのお店、その名を『関西風あぎむん・天ぷら いっちゃん』という。
あぎむんとは沖縄の言葉で揚げ物の意。つまり関西風の揚げ物と天ぷらを出してくれるお店となる。
2017年、要するに昨年の12月に栄町の交番通りにオープンしたお店だが、開店するなり噂が噂を呼び、2か月目(1月下旬の取材時点)ですでに名店の風格を漂わせるお店にのぼりつめた。
このシリーズでも繰り返してきたが、栄町はいまや「沖縄一の食の王国」と表現しても過言でないほど無い料理は無い。それほど質の高いあらゆるジャンルのお店が市場や場外に軒を連ねている。
が、しかし。ひとつだけ存在しないものがあった。それが純本土風の天ぷら屋だ。
理由は明白。沖縄には地生えの天ぷら文化が存在している。そう、ぼってりとした衣に覆われたあの天ぷらである。
あまりに衣が厚いので中身が見えず、食べてからのお楽しみみたいな天ぷらだが、実際、沖縄では料理というよりおやつのような感覚で食べられていることが多い。
いうなれば、カリッとしていなくていい! サクサクに仕上げてもらっては困る! あくまでモチモチしていて、衣は分厚いほどよしとされているのである。
なんとなれば、それが沖縄の人たちにとっての「天ぷら」であり、ソウルフードだからだ。
つまりはそういう風土の中に疾風迅雷の如く栄町に乗り込んできたのが『関西風あぎむん・天ぷら いっちゃん』なのであった。
『関西風あぎむん・天ぷら いっちゃん』
すでに確立している地場独特の天ぷら風土に関西風の天ぷら屋は受け容れられるのか。でも、結果は冒頭で述べたようにいまや名店である。
沖縄の人々はあっさりと「旨い! 旨すぎる!」と叫び、三バカの藤井誠二氏にいたっては連日連夜通い込み、ハシゴ酒のシメのときにも「ちょっとつまんでいこうよ」と足が向く始末。三バカの賢者・普久原朝充氏もふだんはみずから進んで飲まないのに会社の同僚を強制連行し、天ぷらで人生を謳歌するという信じられない食通建築家を歩むようになった。
確かに店主の稲垣氏の経歴を知れば、彼の虜になるのも理解できるのだ。
1978年、東大阪市生まれ。19歳のときに京都の老舗料理店で8年間修行し、その後東京の超有名ホテルで10年間にわたって天ぷら料理を研鑽し、さらに京都に戻って腕を磨きに磨き込んだ。
こうしてグルメタウン・栄町の質と格を大きくアップさせる店として登場したのであった。
店主の稲垣雅哉氏
さて、揚げたての食材たちをいただく。咀嚼したとたん野菜や山菜の香味がふっと匂い立ち、思わず口の中で春が立つ瞬間を実感した。
「炒め物や煮物より、素材の持つ風味が際だっていますね」
稲垣さんに尋ねると、「ありがとうございます」と、まるで禅僧のように頭を垂れ、静かに語り始めた。
「素材の香りを残すことがいわゆる関西風、京都風の天ぷらなんです」
──なるほど。そういえば京風の天ぷらは山菜や野菜などの香味の強い食材が多いですね。だから素材の持ち味を残すことが大切なんですね。
「そうですね。野菜の繊維質を損なわないようふんわり仕上げるのも特徴です。油は米油と菜種油を合わせて揚げています」
続いて揚げていただいたセーイカは身に隠し包丁が入っている。
「表と裏で身の固さが違うんです。包丁を入れると食感がやわらかくなります。温かい刺身のような感覚で味わっていただければ」
そのセーイカはいったん寝かせ、その時間によって揚げ方を変えているという。
旨い! うーむ、丹念に下ごしらえした仕事ぶりが直に舌に伝わってくる。
セーイカの天ぷらを頂く
アカマチ(県産の魚)、ヤングコーン、紅芋を注文。このお店は店主のおまかせやコースが主体ではなく、客が選り好みしながらネタを選ぶ。これがまた嬉しい。
先に食べたオオタニワタリや紅芋のように県産食材も多く、豚角煮や島らっきょうも品書きに並んでいる。
稲垣さんも沖縄の食材との出会いが面白いという。沖縄の食材はゴーヤーに代表されるようにクセの強いものが多い。こやつをどう料理してやるかウキウキすることもあるのだそうだ。
県産魚のアカマチの天ぷら
アカマチが揚がってきた。これも実に手が込んでいる。生臭みの素になる水分を抜くために塩を当てて、身を落ち着かせるために1日から2日寝かせているのだ。
こいつはビールではもったいないということで、福島県会津若松市の酒、『末廣』のしぼりたて純米吟醸原酒生を一献。
熱々のアカマチにキーンと冷えた末廣が五臓六腑に染み渡る。とたんに次の天ぷらに箸をのばしたくなる。この酒、どうやら油をすっきり流してくれるらしい。
日本酒も旨し
こちらも県産食材の紅芋の天ぷら
茄子に舞茸の天ぷらを追加。一品料理としてマグロの漬けとアカマチの刺身も特注!
三バカの友人たちも続々結集し、なにやら天ぷら大会のような気分である。
一品料理も旨い。この日の魚はアカマチの刺身とマグロの漬け
藤井氏、普久原氏も合流
その天ぷらの揚がる音を聞きながら、これはスコールがざーっと道を横切るときの音に似ていると思った。
稲垣さんによれば、油の中で素材がパチパチ跳ねるような音はよくないとのこと。
「油とタネの水分がけんかしている状態ですから。天ぷらは揚げる手法をとりながら、衣の中でネタを蒸す料理なのです。だから、うまく揚がる天ぷらはそんなに音はしないですよ」
なるほど耳心地のよい天ぷらか。稲垣さんも音に気を遣い、五感をフル動員しながら油と向き会っている。ということは我々も五感を駆使して食べねばならぬ。
ことほどさように天ぷらは奥が深いのである。が、食欲にまみれた三バカや友人たちは天丼や天茶を注文。この宴、まだまだ終わりそうにない。
「食べても食べてもあとを引き、昼に身動きがならぬほど食べても、夕方になるとちゃんと腹が空いている」
池波正太郎が天ぷら職人の名人・近藤文夫氏を評したときの言葉である。
そんな天ぷらをいつか食べたいと切望していたが、はからずも栄町で出会ってしまった。
ついでながら、稲垣氏は沖縄のみならず栄町のことも全く知らずにきた人である。過労で心筋症を患い、仕事をやめようかと考えていたところに、東京在住のこの物件のオーナーから声がかかった。むろん、稲垣さんは栄町が沖縄屈指のグルメタウンになっている事情については何も知らない。
町の力というべきか、栄町は優れた食の職人をまた一人引き入れたというわけだ。そして栄町に巣くう我ら三バカもこの町から、いよいよ目が離せなくなってしまったことになる。
というわけで、どうやら次回も栄町からの報告になるとのこと。しばし、おつきあいを。
友人達も続々と合流。今宵も宴は続く
●『関西風あぎむん・天ぷら いっちゃん』
住所:902-0067 那覇市安里388-10 ラ・ポールビル2階
https://www.facebook.com/tempura.icchan/
*本連載の#01~#32配信記事を収録した単行本、『肉の王国 沖縄で愉しむ肉グルメ』が全国書店で好評発売中です。ぜひ、お読みください!!
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*本連載は、仲村清司、藤井誠二、普久原朝充の3人が交代で執筆します。次回もお楽しみに!
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仲村清司(なかむら きよし) 1958年、大阪市生まれのウチナーンチュ二世。作家、沖縄大学客員教授。1996年、那覇市に移住。著書に『本音で語る沖縄史』『消えゆく沖縄 移住生活20年の光と影』『本音の沖縄問題』『ほんとうは怖い沖縄』『島猫と歩く那覇スージぐゎー』ほか。共著に『沖縄 オトナの社会見学 R18』(藤井、普久原との共著)のほか、『これが沖縄の生きる道』『沖縄のハ・テ・ナ!?』など多数。現在「沖縄の昭和食」について調査中。 |
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藤井誠二(ふじい せいじ) 1965年、愛知県生まれ。ノンフィクションライター。現在、沖縄と東京の往復生活を送っている。著書に『人を殺してみたかった』『体罰はなぜなくならないのか』『アフター・ザ・クライム』ほか、共著書多数。『漫画アクション』連載のホルモン食べ歩きコラムは『三ツ星人生ホルモン』『一生に一度は喰いたいホルモン』の2冊に上梓。最新作『沖縄アンダーグラウンド──消えた売春街の戦後史と内実』刊行予定。 |
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普久原朝充(ふくはら ときみつ) 1979年、沖縄県那覇市生まれ。建築士。アトリエNOA、クロトンなどの県内の設計事務所を転々としつつ、設計・監理などの実務に従事する。街歩き、読書、写真などの趣味の延長で、戦後の沖縄の都市の変遷などを調べている。本書の取材を通じて、沖縄の伝統的な豚食文化に疑問を持ち、あらためて沖縄の食文化を学び直している。 |