旅とメイハネと音楽と
#99
イスタンブルの薪火レストラン『ミュルヴェル』〈後編〉
文と写真・サラーム海上
「灰のなかのタコ」とは、鮮やかなタコの炭火焼き!
2019年7月6日の晩、僕はイスタンブルの新市街カラキョイ埠頭にある、友人のユルマズ・オズトゥルクがシェフを務めるレストラン『Murver(ミュルヴェル)』を訪れていた。ここは調理をガスや電気ではなく、自然の炎だけを使って行う薪火調理のファインダイニング・レストランだ。詳しくは前回#98を読んでもらうとして、僕たちはすでに7種類からなる前菜を食べ終えていた。
コースの二番目はシーフード。ここでお店の看板料理「灰の中のタコ」、要はタコの炭火焼きだ。
前回#98の記事にもアラカルトのお皿のボリューミーなこの料理の写真を掲載したが、テイスティングメニュー向けにはタコの足一本で十分。付け合わせにズッキーニと紫玉ねぎの炭火焼きにスベリヒユ、味付けは日本のゆかりによく似たスパイスのスマックを加えたザクロ濃縮果汁のドレッシング。ユルマズが3月に来日した時から「ウチの店に来たら絶対に食べてくれよ!」と言っていた、彼の自信作だ。
タコは鮮やかな赤い色が残っていて、吸盤も足にしっかり付いている、要はあまり下ごしらえをしていないようなのに、ナイフがスルッと通るほど柔らかい! 何故なんだ? タコを柔らかくする方法はいくつか知っているが、蒸したり、煮たりすれば、くすんだ紫色になってしまうし、皮や吸盤も取れてしまう。生きているうちに棒で叩いておくのだろうか? まるで元から柔らかくて真っ赤なタコが存在していて、それを焼き色が付くまで炭火で炙っただけのような……。
そこにシャキシャキの野菜、ザクロの甘酸っぱさとの組み合わせも最高だ! 美味すぎる! 初めて訪れる人なら前菜数品とこれをメインに頼むだけで十分に満足だろう。
ミュルヴェル厨房奥のガラス窓に書かれた本日のおすすめメニュー。灰の中のタコもある!
灰の中のタコ、二人分のテイスティングメニューでは足一本。タコの色が鮮やかでしょう!
続いてもう一皿のシーフードはイカの炭火焼き、ローズマリーとコールラビ、ライムを添えて。火を通したコールラビのどこかコンニャクのような食感とイカのシャキシャキでヌルヌルな歯ごたえの妙ったら! そこに焦がしたライムをしぼっていただく。
野菜とイカの旨味が柑橘の一雫で際立つ。それでも、タコが頭足類の味の王様だとすると、イカは将軍止まりだ。タコを先に食べてしまってはイカは霞んでしまう。
イカの炭火焼き、ローズマリーとコールラビ、ライムを添えて。ライムまで焦がしてあるのがナイス!
シーフード二皿にはトルコ西部トラキア地方の国境の町クルクラーレリ産のチャムルジャ・ワイナリーのピノノワール。このワイナリーのワインはマクスットの店『Neolokal』(連載#97参照)でも出していた。落ち葉のような土の香りのミディアムボディ
夕陽が沈むと対岸の旧市街のシルエットが鮮やかに浮かび上がる
続いてテイスティングメニューの3コース目、肉料理だ。1.5cmほどの厚さにスライスした仔羊のレバーをケキッキ(タイムの亜種のハーブ)と玉ねぎ、赤唐辛子と蜂蜜でマリネしてから薪火オーブン焼き。仔羊のレバーはやはり羊の風味があり好き嫌いが分かれるが、甘辛い味付けがほろ苦さを補っている。一緒に焼かれた黄色パプリカやにんにく、トマトも美味い!
レバーと一緒に運ばれてきたのは分厚くスライスした牛タンのロースト。こちらにはリンゴのピクルスとトマト、さらにタヒーニのソースが添えられている。薪火にケキッキやセージやその他のハーブ類を一緒に燃やしているらしく、スモーク臭の中にほんのり鮮やかなハーブの香りが混ざるのも良い。
人口1500万人を超える大都会イスタンブルにいるとつい忘れてしまうが、トルコ人は中世まで中央アジアを馬で駆け巡っていた遊牧民の末裔だ。真冬でもメイハネやカフェの野外席に好んで座り、一年を通じて野外でBBQを好んで行うなど、なんとなくその片鱗を感じることはあるが、こうしてレストランでレバーとタンが同時に出てくると、やはり彼らには仕留めた獲物を余るところなく食べ尽くす遊牧民性が残っているように感じてしまう。
仔羊のレバーのオーブン焼き。ケキッキと焼き野菜がレバーの苦さを埋めてくれる
牛タンのロースト、リンゴのピクルスとトマト、タヒーニのソース
肉料理には国際的に評価が高いカレジックカラスというぶどう種を使ったデニズリ産の赤ワイン、プラトーを
肉料理も二種類いただき、お腹も十分に膨れた。これで料理は終わりだろうと思ったら、さらに次々と運ばれてきた! これぞトルコ流オ・モ・テ・ナ・シか?(死語)
次は牛のテール煮込みを薄い小麦粉の生地ユフカでくるみ、山羊のヨーグルトと赤唐辛子で味付けしたオリーブオイルをかけてある。6時間も煮込んであるという牛テールはトロトロで、上品なコンビーフのようだ。少々臭みのある山羊のヨーグルトがアクセントになる。
トロトロに煮込んだ牛のテール煮込みをユフカでくるんで
さらに続いてタンドールクズ。クズとは仔羊を指し、タンドールとはインド料理でも知られる縦型のオーブンを指す。しかし、インド料理とは異なり、トルコ料理ではスパイスなどは用いずに、良い肉を良い岩塩だけで調理する。
実はこの料理、僕は2018年にはカッパドキアの野外でいただき、それを真似て、筑波山腹にある友人が経営するシェアスペース・ムクムクでも再現したことがある。比較的低温の熾火で半日以上もかけて肉を焼くことで皮はパリパリになり、皮の脂が肉をジューシーな状態にとどめてくれる。味付けは岩塩だけとシンプルなのに、肉の旨味が凝縮されている。多分、厨房奥の貯蔵室で見た、一頭まるごと吊るされていた熟成された仔羊なのだろう。そして薪火にはセージの香りもそこはかとなく。これぞまさにトルコの肉料理の頂点だ。
そしてトルコの肉料理の頂点、タンドールクズ! パリパリの皮も美味すぎる!
2018年6月にカッパドキアの野外フェスCappadoxで参加したオープンファイアクッキング。主役は仔羊まるごとの熾火焼き
その5ヶ月後、筑波山麓のシェアスペース・ムクムクで再現した仔羊まるごとの熾火焼き。激美味~!
すでにお腹ははちきれそうだが、さらに一品、とどめにウズラのローストが運ばれてきた。ソースは杏とスマック。これも熾火の長時間調理のおかげで骨までムシャムシャと食べられた。
ウズラのロースト、杏とスマックの甘酸っぱいソースをつけていただく!
さあ、さすがにもう何も入らない! しかし、トルコ人はデザートなしには食事を終えられないのだ。運ばれてきたデザートは二皿。一皿目はミルクジャムを浸透させたケーキにケキッキのアイスクリーム。
そしてもう一皿はライスプディングのシュトラッチをアイスクリームにして、さらに表面を焦がしてある。シュトラッチはトルコのデザートの定番で、どんなメイハネにもロカンタにも置いてあるけれど、それをアイスクリームに仕立てて、さらに表面を熱々に焦がすとは、なかなかのアイディア。幸い両方とも一口サイズだったので、スルっと食べ終えた! さてミュルヴェルのテイスティングメニューをなんとか制覇した!
デザートを仕上げるパティシエール
ケーキ生地にミルクジャムとケキッキのアイスクリーム
シュトラッチの焦がしアイスクリーム
全てを自然の炎で調理する薪火料理は近年、アルゼンチン起源の野外BBQのアサードや、スペイン・バスクの山間にある薪火料理専門の高級レストラン『アサドール・エチェバリ』などによって、「原始料理」(原始時代の調理法で作った料理)として世界的に注目されている。今も炭火焼きのケバブ屋が街中に残るトルコ料理とは当然相性が良いが、ミュルヴェルでは野菜のメゼからデザートに至るまで薪火で調理しているのは圧巻だ。目の前に広がる金角湾の見晴らしも素晴らしいし、今後イスタンブルを訪れる度に足を運ぶ店に決定だ。日本の友人たちと大人数で訪れられたら楽しいだろうなあ。
食事を終えて、テーブル席から、DJブース横のバーカウンターに移動すると、一仕事終えたユルマズが近づいてきた。「料理は満足してくれた? 僕も手が空いたから、この後はラクをストレートで飲もう! シェレフェ(乾杯)」。マジですか? こうしてカラキョイの夜はふけていく……。
薪火調理の象徴である巨大オーブン。冬場はこの炎を眺めて過ごすのも楽しそう
ユルマズ(右)、ごちそうさまでした!
帰路は23時35分カラキョイ埠頭発カドゥキョイ行きフェリーに乗って
白チーズのメゼ、クレタ島のペースト
今回のレシピは白チーズを使ったメイハネの定番メゼ「ギリット・エズメスィ」。この名前は「クレタ島のペースト」という意味。しかし、クレタ島に行ったことがないので、なぜこの名前が付いたのは不明。これでクレタ島を訪れる口実が出来た(笑)。
■ギリット・エズメスィ(クレタ島のペースト)
【材料:2人分】
白チーズ:100g
にんにく:1/2かけ
青ネギ:3~4本
ディル:10g(1/2パック)
くるみ:40g
プルビベール:少々(韓国の粗挽き赤唐辛子粉で代用可)
ピスタチオパウダー:少々(なければ省略可)
【作り方】
1.すり鉢、またはフードプロセッサーにくるみ半量を入れ、軽く食感が残るほどにすりつぶす。にんにくはすりおろし、青ネギとディルはみじん切り。
2.白チーズをボウルに入れ、フォークでほぐした後、1のくるみ、にんにく、青ネギ、ディルを混ぜ合わせる。
3.皿に盛り、残りのくるみを砕いて散らし、プルビベールとピスタチオパウダーで飾る。パンですくっていただく。
ギリット・エズメスィ
(次回から、フィンランド編です。お楽しみに!)
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*著者の最新情報やイベント情報はこちら→「サラームの家」http://www.chez-salam.com/
*本連載は月2回配信(第1週&第3週火曜)予定です。〈title portrait by SHOICHIRO MORI™〉
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サラーム海上(サラーム うながみ) 1967年生まれ、群馬県高崎市出身。音楽評論家、DJ、講師、料理研究家。明治大学政経学部卒業。中東やインドを定期的に旅し、現地の音楽シーンや周辺カルチャーのフィールドワークをし続けている。著書に『おいしい中東 オリエントグルメ旅』『イスタンブルで朝食を オリエントグルメ旅』『MEYHANE TABLE 家メイハネで中東料理パーティー』『プラネット・インディア インド・エキゾ音楽紀行』『エキゾ音楽超特急 完全版』『21世紀中東音楽ジャーナル』他。最新刊『MEYHANE TABLE More! 人がつながる中東料理』好評発売中。『Zine『SouQ』発行。WEBサイト「サラームの家」www.chez-salam.com |