旅とメイハネと音楽と
#83
ワルシャワの人気ベーカリー『シャルロット』〈2〉
文と写真・サラーム海上
人気カフェで朝食&オーナーインタビュー
2019年9月4日午前9時、すでにワルシャワの人気カフェ&ベーカリー『Charlotte(シャルロット)』グループのパン工房の取材を終えた僕たちは、地下鉄に乗り、市内中心部の聖十字架通り駅まで戻り、グジボフスキ(きのこ)広場に面したシャルロット・グループのカフェ『Charlotte Menora(シャルロット・メノラー)』へと向かった。
店名にあるシャルロットとはフランス人の女性の名前、メノラーはユダヤ教の象徴である燭台を指す。フランスとユダヤが一緒になった奇妙な名前のカフェだ。ジンガー・フェスティバルのワークショップなどで、すでに何度か利用していたが、食事をするのはこの日が初めてだ。
全面ガラスとモノトーンのインテリアによるポストモダンな内装のお店に入ると、パンの良い香りが充満していた。一旦お店に入ると、目の前の広場に立ち並ぶ緑の木々がガラスの背景に浮かび上がり、まるで緑の多い公園の中にいるような気分になる。
グジボフスキ広場に面した『シャルロット・メノラー』
ガラス越しに近くの緑の木々が見えて、店内にいても緑の公園にいるような気分になる
広いオープンキッチンのカウンターには焼けたばかりの様々な種類のパンが黄金色に輝き、先ほど作る過程を見学したハッラーやベーグルをはじめ、パン・ド・カンパーニュのような形の「シャルロット」やフランス式のバゲットなども美しく陳列されている。こんなカフェで日常的に朝食を食べられたら最高だなあ。
シャルロット・メノラーのカウンターと奥のオープンキッチン
早朝に作り方を見学した大きなハッラーは、8ズロチ=222円(2020年3月上旬のレート、以下同)
ベーグルは一個3ズロチ=83円
パン・ド・カンパーニュ型のプティ・シャルロットは5ズロチ=139円
カウンター上のパンを撮影していると、右側のテーブルから白いレースのブラウスを着た小柄な女性が話しかけてきた。シャルロット・グループのオーナーのユスティナ・コスマラさんだった。
「おはようございます。私たちの新しいパン工房はいかがでしたか? こちらに来て、一緒に朝食をいただきながらお話をしましょう」
シャルロット・グループのオーナーのユスティナ・コスマラさん
ユスティナさんと同じテーブルに着くと、朝食メニューが次々と運ばれてきた。
1つ目は横に2つにスライスして焼いた小型のハッラーに「ユダヤのキャビア」と呼ばれるガチョウのレバーとゆで卵と玉ねぎのペーストを塗ったサンドイッチ。ユダヤのキャビアはイスラエルでは「カツゥース」または英名の「チョップト・レバー」と呼ばれ、東ヨーロッパ系の料理を出すレストランで目にする。僕の本『MEYHANE TABLE More!』にもガチョウの代わりに鶏のレバーを使ったレシピを掲載している。
ハッラーに「ユダヤのキャビア」を塗ったサンドイッチ。手前には刻んだビーツとヨーグルトを添えてある
2つ目はスモークしてビーツでマゼンタ色に染めた鱒とサワークリームのベーグルサンド、3つ目はパストゥラミときゅうりのピクルスのベーグルサンド。そして4つ目はジャガイモのパンケーキ「プラツキ・ジェムニアチャネ」。こちらには黄色いイクラとサワークリームが添えられていた。四品どれも美味そうだが、ポーランド料理らしく、どれもしっかり腹に溜まりそうだ。
スモークした鱒とサワークリームのベーグルサンド。単なるスモークサーモンのサンドイッチではなく一ひねりしてある!
もう1つのベーグルサンドにはたっぷりのパストゥラミときゅうりのピクルス、マスタード。こちらも美味い!
プラツキ・ジェムニアチャネ
「プラツキ・ジェムニアチャネにはたっぷりイクラとサワークリームをのせて」とユスティナさん
オレンジ色ではなく、イクラが黄色いのは淡水産の鱒の卵のため
「私は10年前に自分の店を持つという夢を見始め、その夢を元に9年前に最初のシャルロットを開きました。現在、シャルロットはワルシャワとクラクフ、そしてヴロツワフ(ポーランド南西部チェコの国境に近い町)にカフェとワイナリー、ベーカリーがあります。来年も新しいお店を準備しています。なので、パン工房はシャルロットの心臓部なんです。同時に、失われていたパン職人という職業を復興させるための学校でもあるんです。
ポーランドでは1980年代以降、食品メーカーによって安価に大量生産されたパンが主流となり、パン職人という伝統的な職業は失われてしまいました。9年前にシャルロットが開き、人気が出るに従い、ポーランド中で伝統的な方法で作ったパンを提供するお店が増えてきたんです」
――シャルロットという名前はフランス人の女性の名前ですよね。ポーランド人ではなく。
「ええ、私は以前フランスで働いていて、フランス料理に親しんでいました。ポーランドに戻り、自分でお店をやることになり、それならフレンチで行こうと思いました。ポーランド人はフランス料理は大好きですが、贅沢なイメージがあります。私はそれだけでなく、同時にカジュアルでデイリーな店にしたかったので、フランス女性の可愛らしい名前をお店に付けたんです。
共産主義時代のポーランドではレストランは富裕層のためのものでした。民主化した時には外食文化が全く存在しませんでした。普通の人は自宅で食べ、外食するのは特別な機会だけだったんです。1990年代以降にグローバルなチェーン店は入ってきましたが、私はそれらとは違う形で外食文化を広げたかったんです。もっとソーシャルな形で」
――ソーシャルな形というのは?
「例えば、ここには十数人が周りを囲んで座れるコモンテーブルがあります。ここに座ると、隣り合った人たちが食事を通じて会話を始めるんです。これはポーランドではとても新しいアイディアでした。それまで都会のレストランやカフェにおいて大きな広いテーブルは存在しなかったんです。今では2人がけや4人がけのテーブルが空いているのに、コモンテーブルが混んでいるなんてこともよくあります」
お店の右奥の広いスペースには、十数人が座れる大きなコモンテーブルが設置されている。このテーブルの存在がポーランドの朝食文化を変えたとも聞いた
「人気の朝食メニュー『シャルロット・ブレックファスト』はバスケットいっぱいのパンとホットドリンク、そして大きなガラス瓶に入った自家製のジャムやチョコスプレッドやマーマレードを2つ選べます。すると、隣り合った人たちが、『チョコスプレッドをちょっとくれないか?』、『バゲットを交換しませんか?』と会話を始めるんです。私はそんな風景を毎日見ています。見知らぬ男女が仲良くなる瞬間も見たことあるんです(笑)。でも毎晩、午後6時になるとこのテーブルをハイテーブルに換え、音楽も換えます。夜仕様のシャルロットに変わるんです」
人気の朝食メニュー「シャルロット・ブレックファスト」はホットドリンク1杯と食べ放題のパンや大瓶のジャムがついて18ズロチ=501円
――なるほど。一人では食べきれないほどのパンやジャムはそうやって見知らぬ人をつなぎ合わせるためなんですね。ではメノラーというユダヤ教を思わせる名前が付いているのはなぜですか?
「シャルロット・メノラーはワルシャワで三軒目のシャルロットです。一軒目はトレンディーなヒップスターになりました。若者たちがお店の外でパーティーを開くほど人気が出たんです。でも、私はシャルロットを第二のスターバックスにしたくはありませんでした。なので、シャルロット・メノラーはもっとパーソナルな会話が出来るお店にしたかったんです。
以前、この場所にはユダヤ料理のレストランがありました。その後、ポーリン・ユダヤ歴史博物館が建物を借り上げ、一部をユダヤ情報センターとして使い、私たちが残りのカフェの部分を又借りしたんです。そこでユダヤ料理を出すというコンセプトを思いつきました。次に私たちは現代のユダヤ料理の調査のためイスラエルに行きました。テルアビブのレストランを訪れると、私たちの持っていた伝統的な東ヨーロッパのユダヤ料理のイメージはちょっと古臭いことがわかりました(笑)。
現代のイスラエル料理は地中海料理の影響が強く、もっとヘルシーですから。さらにいくつもの美しい発見もありました。例えば私はハッラーはポーランドのパンだと思っていましたが、実はユダヤのパンでした。そうしてテルアビブで美味しい料理を食べ歩くうち、シャルロット=フレンチも、メノラー=ユダヤも、この店で全部一緒にしてしまおうと思い至ったんです。
ユダヤ料理を出すので、ユダヤの祭日にはお祝いを行っています。ハヌカー(ユダヤ教のクリスマスにあたる光の祭り)には揚げドーナツのポンチキや、そのユダヤ版のスフガニヤを作ります。毎年10月にはユダヤ料理のフェスティバルを開き、夕食会を行っています。こうしてシャルロット・メノラーは単なるレストランではなく、もっとソーシャルで、人々が出会う場所になったんです」
なるほど。テーブルいっぱいに並んだパンやパンケーキやサンドイッチはユスティナさんたちの夢が詰まったものなのだなあ。そう考えると残すわけにいかない! 食べきれなかったものは紙に包んでもらい、持ち帰ろう。そして日本へのお土産には自家製ラズベリー・ジャムの大瓶を買って帰るのだ。
ガラスの大瓶には蜂蜜、オレンジのジャム、ホワイトチョコレートスプレッドやラズベリーのジャムがたっぷり! 大好物のラズベリーを一瓶買って帰ったが、すぐに食べきってしまった。重くても次回は1ダース買う!
シャルロット・メノラーの右奥はユダヤ情報センターとなっていて、ジンガー・フェスティバルの際には様々なワークショップが開催された
ポーランド料理、ジャガイモのパンケーキ
さて今回のレシピはジャガイモのパンケーキ「プラツキ・ジェムニアチャネ」だ。ポーランドではとても一般的な料理らしく、様々なレシピがあるが、基本的にはジャガイモをすりおろし、小麦粉と卵を混ぜ、塩胡椒で味付けして、フライパンで焼くだけ。シャルロットでは小麦粉の生地が多めで、かき揚げのような状態だったが、僕はもっと薄いクレープ状に仕上げた。上にのせる具材も、イクラの代わりに、スモークサーモンとサワークリーム、すりおろしたビーツの酢漬けで飾った。もっと手に入りやすいものなら、明太子もよく合う。
■プラツキ・ジェムニアチャネ
【材料:作りやすい分量】
ジャガイモ:250g
玉ねぎ:1/2個(100g)(お好みで増減)
青ネギ:2~3本(お好みで増減)
卵:1個
小麦粉:1/2カップ
塩:少々
胡椒:少々
オリーブオイル:大さじ1~3(お好みでラードでも)
スモークサーモン:適宜
サワークリーム:適宜
ミニトマト:適宜
スペアミントやディルやイタリアンパセリなど:適宜
ビーツのすり下ろし:適宜(省略可)
【作り方】
1.じゃがいもは皮をむき、チーズおろしですりおろす。フードプロセッサーを使っても良い。玉ねぎも同様にすりおろす。
2.ボウルにじゃがいも、玉ねぎ、みじん切りにした青ネギ、卵、小麦粉を入れ、塩胡椒で調味する。
3.フライパンにオリーブオイルをひき、火にかける。フライパンが温まったら、お玉やスプーンを使って2の生地を流し入れ、片面に焼色が付くまで火を通してから裏返す。中まで火が通り、両面に焼色が付いたら、取り出し、お皿に並べる。
4.表面にサワークリームをぬり、スモークサーモンをのせ、ミニトマトの輪切りやビーツのすり下ろし、スペアミントなどのフレッシュハーブで飾り付ける。
プラツキ・ジェムニアチャネ。スモークサーモン添え
*ポーランド編、次回も続きます!
*著者の最新情報やイベント情報はこちら→「サラームの家」http://www.chez-salam.com/
*本連載は月2回配信(第1週&第3週火曜)予定です。〈title portrait by SHOICHIRO MORI™〉
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サラーム海上(サラーム うながみ) 1967年生まれ、群馬県高崎市出身。音楽評論家、DJ、講師、料理研究家。明治大学政経学部卒業。中東やインドを定期的に旅し、現地の音楽シーンや周辺カルチャーのフィールドワークをし続けている。著書に『おいしい中東 オリエントグルメ旅』『イスタンブルで朝食を オリエントグルメ旅』『MEYHANE TABLE 家メイハネで中東料理パーティー』『プラネット・インディア インド・エキゾ音楽紀行』『エキゾ音楽超特急 完全版』『21世紀中東音楽ジャーナル』他。最新刊『MEYHANE TABLE More! 人がつながる中東料理』好評発売中。『Zine『SouQ』発行。WEBサイト「サラームの家」www.chez-salam.com |