料理評論家・山本益博&美穂子「夫婦で行く1泊2食の旅」
#63
第62回 東京の鮨屋とラーメン屋
文と写真・山本益博
東京から世界へ発信している料理は
「鮨」と「ラーメン」
1月に発出された緊急事態宣言が3月21日まで延びたため、東京から地方へ出ることがほとんど叶わず、それではと東京をあちこち旅することに決め、毎日、すしかラーメンを食べ歩きました。
東は江東区の葛西(ちばき屋)、西は立川(鏡花)、いままで降りたことのない駅としては東武東上線中板橋駅(愚直)、大江戸線西新宿五丁目駅(嶋)、大江戸線新御徒町駅(大喜)京浜急行線大森海岸駅(麦苗)など、東京人でありながら出かけたことのない町を、往きは目指すお店に一目散ですが、帰りは物珍し気にゆっくり歩を進めました。改めて、東京は広いです。
地方も、福島県いわき市の「鮨いとう」へ日帰りで出かけたり、愛媛の伯方島の寿司「あか吉」北九州市小倉の「天寿し」へ鮨を食べに出かけましたが、あいにくトンボ帰りばかりで、1泊2食とはならず、この連載では取り上げにくい旅となりました。
じつは、今年の末までに「東京百傑」と題して、東京の鮨50軒、ラーメン50軒のガイドブックを仲間二人と出版しようと考えております。なぜ、「鮨」と「ラーメン」かというと、東京から世界へ発信している料理は「鮨」と「ラーメン」だからなのです。
まず、鮨ですが、ここ数年で、値段が急騰して、とても高価な料理になってしまいました。そこで、
1. 昔ながらのすしを良心的な値段で食べさせてくれる店を探し出してご紹介できたらいいなあと考えています。
2. さらに、「おつまみ」中心より握り重視の江戸前の店、高価な食材を駆使するより、酢めし、わさび、のり、しょうが、お茶など、鮨屋の基本的なアイテムを大切にしているお店。
3. もう一つ、おまかせばかりか、好きなものを握ってもらう「お好み」でも食べられる店。
4.「江戸前鮨」で代表的なすし種は、まぐろ、こはだ、あなごですが、これらのすし種を大事に扱っている店などなど。
日本橋高島屋にほど近い「吉野鮨本店」では、カウンター席で「お好み」で握りを楽しめます。この店では、こはだ、かすご(小鯛)あじ、さば、いわしと言った「ひかりもの」がお薦めです。あなごも外せません。あなごをわざわざ炙って握ってくれますが、炙らずに握ってもらったほうが、焦げているところが苦くなったあなごより断然美味しいです。
ちゅうとろ、こはだ、あじ、それに春ならかすご(小鯛)、冬ならさば、そのあと、たいの昆布締め、あなご、かんぴょうの海苔巻き、たまごなどを楽しむのはいかがでしょうか?
ガリ(しょうが)もお茶も美味しい。
昼なら1人前1500円から「おきまり」のすしが食べられます。お店の開けはなでしたら、予約をせずに席に着けるのもありがたいですね。一昔前、鮨屋へ予約をしてでかけるなど、よほどのことがない限りありませんでした。
「吉野鮨本店」のあなご
「吉野鮨本店」のこはだ
「吉野鮨本店」のたまご
二軒目は築地の「鮨桂太」。まだ30代初めのご主人がひとりでカウンター席8人の客を相手に握ります。この店は「おまかせ」のみで、つまみが6品、握りが13貫で、19000円です。握りはまぐろから握り、赤身のづけもちゅうとろも素晴らしい味わい。そのほか、出色は湯がきたての車海老。大振りで甘みが十分、海老の醍醐味が楽しめます。さらに、あなごは炙らず、蒸し器で温めてから握ります。つまみもちょっとした工夫があり、と言って余計な仕事をしないところが好ましいです。握りでも後付け(握りのうえになにか載せる)や上から柑橘を絞ったりしません。魚の香り、味わいを大切にしているからなのですね。
いま、3万円以上取る鮨屋が蔓延しています。いくら魚が高騰しているからと言って、これは取りすぎですね。インバウンドの客たちが、値を釣り上げたという説がありますが、インバウンドの客が居なくなったところで、近いうちに逆襲されるのではないでしょうか?
「鮨桂太」の車海老
「鮨桂太」の赤身づけ
「鮨桂太」の青山親方
値段を考えずに鮨を食べるのであれば、「スシロー」がお薦めです。我が家では月に1度は食べに出かけます。「スシロー」では、まぐろが売り物ですが、それ以外でも、たいが美味しい。それに、ひかりものもいけます。酢めしも程よい味。家内が必ず注文するのは、ほたてとサーモン。回転寿司のレベルをはるかに超えた素晴らしいすしです。
さて、ラーメンですが、東京には優れたラーメンが50店以上あり、選び出すのが一苦労です。醤油味あり、塩味あり、豚骨ありと、いまや百花繚乱。
「醤油」ラーメンでは、仙川の「しば田」、食べ終えて「甘露」という文字が頭に浮かぶラーメンです。大森海岸の「麦苗」も職人の良心が伝わってくるラーメンです。
「しば田」の醤油ラーメン
「塩」ラーメンでしたら、地下鉄丸の内線茗荷谷駅近くの「生粋花のれん」、これまた職人の魂が込められたラーメンです。神田和泉町の「饗くろ㐂」も素晴らしい。B級と呼ばれて久しいラーメンのイメージをはるかに凌駕するラーメンです。
「生粋花のれん」の塩ラーメン
最後に、今人気の担々麺から一つ。虎ノ門ヒルズの「てんせんめん」。「点と線」なら松本清張ですが、「点・線・面」は抽象絵画の父、ワシリー・カンディンスキーです。「てんせんめん」の担々麺は、スープと具と麺が食べ進むうちに渾然一体となってゆきます。スープに隠し味的にヨーロッパのビネガーを使っているところがポイントでしょうか。担々麺好きにはたまらない味わいです。
「てんせんめん」の担々麺
次回は「宮古・島原」です。
■山本益博さんの公式HPが新しくなりました https://www.masuhiroyamamoto.com
*この連載は毎月25日に更新です。
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山本益博(やまもと ますひろ) 1948年、東京・浅草生まれ。早稲田大学第ニ文学部卒業。卒論が『さよなら名人藝―桂文楽の世界』として出版され、評論家としてスタート。幾度も渡仏し三つ星レストランを食べ歩き、「おいしい物を食べるより、物をおいしく食べる」をモットーに、料理中心の評論活動に入る。82年、東京の飲食店格付けガイド(『東京味のグランプリ』『グルマン』)を上梓し、料理界に大きな影響を与えた。長年にわたる功績が認められ、2001年、フランス政府より農事功労勲章シュヴァリエを受勲。2014年には農事功労章オフィシエを受勲。「至福のすし『すきやばし次郎の職人芸術』」「イチロー勝利への10ヶ条」「立川談志を聴け」など著作多数。 最新刊は「東京とんかつ会議」(ぴあ刊)。山本益博さんの公式HPが新しくなりました! https://www.masuhiroyamamoto.com |