ステファン・ダントンの茶国漫遊記
#31
日本茶でつむぐ地域の物語−城崎にて3
ステファン・ダントン
城崎温泉オリジナルのフレーバー茶をつくる。これまで手がけてきたオリジナルフレーバー茶づくりとはちがう、新たなチャレンジだった。
2008年サラゴサ万博のようなイベントや宝飾ブランドをはじめとする企業や飲食店に向けてつくってきたオリジナルフレーバー茶では、求められるイメージを香りやデコレーションで表現してきた。この場合、使用茶葉の産地へのこだわりは特に必要としなかった。
四万十「河原茶」をはじめとする、地元のお茶をベースにして、そこにその土地らしい香りの要素をブレンドすることで地方の独自性を出すことを目指したオリジナルフレーバー茶もいくつか手がけてきた。
城崎温泉では、さらに「その土地独自のお茶」としての意味を強化するため、「温泉蒸し茶」の開発を試みた。
茶農家と市役所への説得
2018年2月、再訪した豊岡市は一面の雪景色だった。5月に訪れたときとは一転、冬の城崎は曇り空。
豊岡の鞄メーカーに勤めながら、城崎温泉オリジナルのフレーバー茶で地域活性を目指す事業に取り組むIさんとともに向かったのは豊岡市役所。そこに集まってもらったのは、朝来茶の生産に取り組む3社の農家の方々。豊岡市と朝来市の行政担当者の方々。
「朝来茶に、土地の名産としての価値をつけるために、城崎温泉の湯を使って茶葉生産をする」
このことを理解してもらい、実際に事業に参画してもらえるようにアプローチすることが目的だった。
はじめて会う朝来の茶農家のみなさん。忙しい土木の仕事をしながら組合長をつとめる方、茶葉生産をご夫婦でコツコツと続けてきた方、茶生産のためにIターンしてきたという若者。それぞれが朝来茶に対する誇りともっと朝来茶を知ってもらいたいという思いを抱えていることが、その表情からだけでも感じられた。
「朝来茶を飲んだけど、シンプルにいいお茶だと思うよ。もっと全国に知られるようにしたいよね。私は、地元の温泉や湧き水を茶葉の蒸し工程に使って、これまでになかった『温泉蒸し茶』をつくろうと思う。すごい名産になると思わない?」
私の話に一番のってきたのは、一番若いKさん。
「温泉で蒸すっていうのはおもしろい。けど、 茶葉の香りが変わったりしない?」
「使うのは蒸気だから、温泉の成分の影響はほぼないよ。味も変わったりしない。静岡の日本茶研究者の先生に確認したから大丈夫」
「だとしたら、何の意味があるのかな?」
「地元のお茶を地元の水で蒸すのはあたりまえ。水道から出てくるのも地元の水だよね。でも、地元の温泉とか湧き水とかには歴史とか言われとかその土地の意味を示す物語があるよね。それを茶葉に乗せればより魅力的な名産品としてアピールできるはずだと思うんだよ」
「なるほど。じゃあ、具体的にはどうすればいいのかな?」
「茶葉を蒸す水を温泉や湧水に変更するために、ごく簡単な機械を設置することは必要だよ。それと、温泉や湧水を運搬する労力が必要だ」
思ったよりも理解してもらうまでに時間はかからなかったから、具体的な作業をすぐに始めることができた。
温泉蒸しの設備設置
まず、茶工場に取り付ける機械を次の新茶シーズンまでに準備すること。詳細な内容はいえないけれど、ごく簡単な設備だから大規模な工事は必要ない。それにしても、費用負担はある。行政の力を借りられないか、とも考えたが時期的にも助成金の申請は難しそうだった。
「うちの工場に取り付けましょう。費用は私が負担しますよ」
若手のKさんが手をあげてくれた。
Kさんという人は、朝来の茶農家出身ではない。幼いころから就農を目指し、農業大学に進学・卒業して、自ら朝来茶の生産グループに弟子入りして茶生産の技術を磨いてきたという異色の経歴の持ち主。朝来茶の将来を担おうという情熱にあふれているからこそ、温泉蒸しというチャレンジにも積極的に参加してくれたのだと思う。
茶葉を蒸す機械に水を入れるところ。
温泉蒸しに問題発生
農家も積極的に参画してくれる。設備設置にも問題がない。ところが、温泉蒸しに思わぬ問題が発生した。
そもそもこのプロジェクトは城崎温泉オリジナルフレーバー茶の制作を目的としている。地元の朝来茶を使い、それを地元の温泉で蒸すことが第1のキーポイント。だが、城崎温泉の湯を使用することについて、温泉を管理する団体の正式な許可がなかなかもらえない。新茶のシーズンは近づいている。
そこで、とりあえず豊岡市内の温泉水を使うことにした。さらに豊岡市内に湧き出る「二見の延命水」を使って延命長寿のイメージを付加することに決着した。
豊岡市内に湧き出る「二見の延命水」。
温泉(湧水)蒸し茶の完成
4月、温泉蒸しの機械がKさんの工場に取り付けられた。
そして5月。
「新茶の収穫を始めましたよ。早速温泉蒸しをした荒茶の第1便を届けます」
Kさんから届いた温泉蒸し茶。
本当の、どこにもない、その土地だけのオリジナル茶。温泉(湧水)蒸し茶が私の手元に。
当初の構想にイメージを追加して最終サンプルができあがったのは7月15日。ぶどう・バラ(桃から変更した)・そば玄米・こんぶ・みかんの5種類。タイトルだけだと随分単純に見えるかもしれないが、それぞれに緻密にマッチングを吟味したフレーバーとデコレーションで豊岡独特の物語を表現できたと思う。
1年以上をかけた城崎オリジナルフレーバー茶がもうすぐ商品化される。城崎でIさんの会社が手がける店舗を中心に販売される予定だ。
城崎フレーバー茶の「ぶどう」は、こうのとりをイメージ。
*この連載は毎月第1・第3月曜日(月2回)の更新連載となります。次回の更新は8月20日となります。お楽しみに!
写真/ステファン・ダントン 編集協力/田村広子、スタジオポルト
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ステファン・ダントン 1964年フランス・リヨン生まれ。リセ・テクニック・ホテリア・グルノーブル卒業。ソムリエ。1992年来日。日本茶に魅せられ、全国各地の茶産地を巡る。2005年日本茶専門店「おちゃらか」開業。目・鼻・口で愉しめるフレーバー茶を提案し、日本茶を世界のソフトドリンクにすべく奮闘中。2014年日本橋コレド室町店オープン。2015年シンガポールに「ocharaka international」設立。著書に『フレーバー茶で暮らしを変える』(文化出版局)。「おちゃらか」http://www.ocharaka.co.jp/ |