台湾の人情食堂

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#130

台湾の忘れられない旅  栗松温泉〈前編〉

文・光瀬憲子

■谷底にある天国

 

 旅行作家とはいえ、食べ歩きが半ば専門の私にとって、体力的にもっともきつかったのが台東県の山奥にある栗松温泉の旅だ。山奥の秘湯にどうしても行ってみたかったのだが、下調べをしてみると、その秘湯にたどり着くためには過酷な山道を踏破しなければならないらしい。

 素人が1人で行くのは危ないため、土地勘のある先住民の登山家に案内をお願いすることにした。案内役の先住民男性が経営する「下馬望山楼民宿」を訪れると、そこには若い台湾人男女9人のグループも宿泊しており、翌日一緒に栗松温泉を目指すことになった。

 

ブヌン族が経営する「下馬望山楼民宿」は、台湾鉄路の関山駅から車で40分ほど。宿のご主人が送迎してくれる

 

 民宿を経営するのはブヌン族の男性ブックンさん。潔い短髪には白いものが混じっているが、肌艶がよく筋肉隆々で若々しい。彫りが深くて男前。若い頃かなりモテたんじゃないかなあ。

 そういえば、先住民にはあまり太った人がいない。男性も女性も筋肉質で、日に焼けて健康的だ。空気のせい? 水のせい? 食べ物のせい? 自分を含め、都会から訪れる色白の旅行者がひ弱に見えてしまう。

 

旅行者を先導するブヌン族のブックンさん。ベテランの登山家で、宿の経営者でもある

 

 翌日は早朝から温泉を目指すので、到着日は早々に就寝。早起きすると、宿の食堂にはお粥とそれに合いそうな野菜中心のおかずがずらりと並んでいた。台湾人は朝食にお粥を好む。豆乳や麺などの粉ものも多いが、やっぱりお粥が王道だ。動き出したばかりの胃腸にやさしく消化がよい。望山楼の朝食は野菜中心だけれど、タンパク質が摂れるおかずもあってありがたい。

 

栗松温泉を目指す日の朝食。消化の良いお粥に、しっかり動けるよう野菜とタンパク質も

 

■エメラルドのオアシス

 

 まだひんやりと空気が冷たい朝露の中、温泉に向けて歩き始める。砂利道はすぐに山道に変わり、傾斜が急になってくる。

 

取材に訪れたのは11月末。朝は寒く、空気が澄んでいて山々が美しい

 

 温泉は谷底にあるので、行きは下り坂だ。ところどころ、ロープをつたいながら岩壁のような場所を下りていく。温泉にたどりつけたとしても、その帰りにはこの山を登るのかと思うと気が滅入る。台北から来た若者たちも次第に無言になっていく。

 

ロープをつたって険しい岩壁を下りる。ロープを握る腕に全体重がかかるのでつらい。天候次第では中止になることもある

 

 これはきつい。日本でのジョギングと階段の上り下りで鍛えていたつもりだったが、膝がガクガクし始める。先住民のブックンさんは軽々と下山し、先の方で私たち旅行者を待っていてくれる。

 

山を下りれば楽勝、とはいかなかった。巨岩からロープづたいに後ろ向きに冷たい川に入る筆者

 

 険しい山道を下りていくことおよそ1時間。谷底に流れる冷たい川を渡ると、そこにエメラルドグリーンの岩壁が現れた。岩に含まれる鉱物があらわになり温泉水に濡れてキラキラと輝く様子は、山が作り出した宝石のようだ。崖の上から流れ落ちてくる「滝型温泉」というもので、源泉はとても熱い。これが川の水と混ざってちょうどいい温度になる。

 

岩肌から流れ落ちる温泉水が川と交わり、ちょうどよい温度に。山歩きのあとの体に温泉が染みる

 

 情緒たっぷりの野湯である。すっかりリラックスしてしまったが、いったん弛緩した体で再び山道を登らなければなない……。温泉→ビールという幸せの図式とはほど遠い。

 

■缶詰+麺の野生派ランチ

 

 山道を登る前に河原でランチタイム。ブックンさんが野性味たっぷりのランチを用意してくれていた。木の実を使って岩の上で火を起こし、大きなアルミのタライで麺を煮る。材料はサバ缶や魯肉飯の缶詰とキャベツと麺だけだ。

 

火起こしはお手の物。最小限の道具を背負って山に入り、岩や枯れ枝を利用して缶詰鍋を作る、地球に優しい先住民のやり方だ

 

 缶詰と麺をドサッとお湯のなかに入れて煮込むこの料理、実はその後、自分でもときどき作るようになった。缶詰にはもともと味のついた汁が入っているので、調味料はほとんど必要ない。野菜と麺が柔らかくなれば食べられるずぼらメシだ。

 

 

いろいろな缶詰で試したくなるずぼらメシ。日本の自宅でもときどき作っているが、時短になりゴミも少ない

 

 運動して、お風呂に入って、ご飯も食べた。ここで昼寝でもしたいところだが……。帰りの登山が行きよりもはるかに過酷だったのは言うまでもない。

 

(つづく)

 

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著者:光瀬憲子

1972年、神奈川県横浜市生まれ。英中日翻訳家、通訳者、台湾取材コーディネーター。米国ウェスタン・ワシントン大学卒業後、台北の英字新聞社チャイナニュース勤務。台湾人と結婚し、台北で7年、上海で2年暮らす。2004年に離婚、帰国。2007年に台湾を再訪し、以後、通訳や取材コーディネートの仕事で、台湾と日本を往復している。著書に『台湾一周 ! 安旨食堂の旅』『台湾縦断!人情食堂と美景の旅』『美味しい台湾 食べ歩きの達人』『台湾で暮らしてわかった律儀で勤勉な「本当の日本」』『スピリチュアル紀行 台湾』他。朝日新聞社のwebサイト「日本購物攻略」で訪日台湾人向けのコラム「日本酱玩」連載中。株式会社キーワード所属 www.k-word.co.jp/  近況は→https://twitter.com/keyword101

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