韓国の旅と酒場とグルメ横丁

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#124

『マイ・ディア・ミスター』の風景 タルトンネ編(1)

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 栄中日文化センターでのオンライン講座「新しいソウルの歩き方」おさらい編の2回目は、ドラマ『マイ・ディア・ミスター 私のおじさん』で、ヒロイン(IU)がハルモニと暮らす家があったタルトンネについて。

  ■映画やドラマの舞台になったタルトンネ=月の町  

 朝鮮戦争(625)のとき、半島南部に避難してきた人たちが山の斜面にバラック小屋を建てて住んだところ。朝鮮戦争の休戦後、仕事を求めてソウルに来たが、平地には住まいを確保できず、市街から離れた山の斜面に家を建てて住んだところ。

 月(タル)に近い町(トンネ)、タルトンネとはそんなところだ。人一人通るのがやっとの路地。家賃や地価は安いが、交通の便は悪く、インフラの整備は著しく遅れていた。

 この十年くらいで韓国各地のタルトンネが観光地として整備された。家や塀にカラフルなイラストが描かれたり、おしゃれなカフェができたりした。なかでも内外の観光客がもっとも多く訪れたのは釜山の甘川2洞だろう。

  観光地として脚光を浴びる前の甘川2洞のタルトンネ。ブレイク後は甘川文化マウルと呼ばれるようになった  

 タルトンネの日本語訳として、「貧民街」という身も蓋もないものがあるが、朝鮮戦争直後の韓国は世界最貧国のひとつだったので無理もない。我が国はある時期まで確かに貧民の多い国だった。タルトンネはそれを物語る歴史の証人なのである。

 それでは今回から2回に渡り、これまでたびたび映画やドラマの舞台となってきたタルトンネのさまざまな表情を確認してみよう。

  甘川文化マウルばかりがクローズアップされたが、面積の半分近くが山である釜山には、いたるところにタルトンネがある。これは凡一駅の北西の位置に広がるホレンイマウル(アンチャンマウル)   ■映画『誤発弾』(1961年)  

 主人公チョルホ(キム・ジンギュ)一家が住んでいたのが、以前このコラム(第94回)でも取り上げたソウル南山の南西側斜面にある解放村のタルトンネだ。『誤発弾』は朝鮮戦争が休戦になってから十年も経っていない頃に撮影されたので、急ごしらえの住まいの板張りが生々しい。主人公が眉間にシワを寄せて坂道を登る辛さもリアルに伝わってくる。

 このチョルホ一家こそ、625のとき北側から南側に避難してきた人たちである。チョルホこそまともな仕事に就いているが、母は心を病み、身重の妻は栄養失調、妹は米兵相手に春をひさぎ、弟は酒浸り……。不幸の缶詰のような一家だが、これが当時のタルトンネの現実の一断面だったのだろう。

  南山の南西斜面にある解放村のタルトンネを登る筆者。『誤発弾』は韓国映像資料院の公式YouTubeで視聴できる。主人公を演じたキム・ジンギュは、『パラサイト 半地下の家族』に多大な影響を与えたといわれる映画『下女』(1960年、キム・ギヨン監督)でも主役を演じている   解放村の五又路で談笑する、バス待ちのハルモニたち   ■映画『チルスとマンス』(1988年)  

 主人公の看板描きマンス(アン・ソンギ)が住んでいた家は、ソウルの漢江に面した地下鉄3号線玉水駅から北方向の斜面に広がっていたタルトンネにあったと思われる。十年以上前に撤去され、今は高級アパート群になっている。

 反体制運動家だった父のために不遇だったマンスの住むところとして、タルトンネは悲しいほど似つかわしかった。また、玉水駅の近くにセットが作られたと想像される、マンス行きつけのポジャンマチャ(屋台)は、これぞ韓国の大衆酒場といった趣で見応えがある。

  ■ドラマ『ソウルの月』(1994年)  

 50%近い視聴率を記録した人気ドラマ『ソウルの月』は、まさにタルトンネが舞台。主要人物が住む家はセットだったが、彼らが出勤する場面に当時のタルトンネの町並みがよく映っていた。

 地方から上京してきたが、チンピラ稼業に片足を突っ込んでいるホンシク(ハン・ソッキュ)と、ホンシクを頼って上京してきた純情青年チュンソプ(チェ・ミンシク)は、古びた母屋の離れの一室に同居していた。大家夫婦は国民の母と呼ばれる俳優の一人ナ・ムニと、80~90年代の無骨男子代表イ・テグン。ホンシクの隣の部屋には、ダンスが得意なホスト(ハ・ジョンウの実父キム・ヨンゴン)が住んでいた。

  ■映画『母なる証明』(2009年)  

 ポン・ジュノ監督、ウォンビン主演の映画『母なる証明』で、女子高生殺害事件が起きたタルトンネは、釜山のアントンネ壁画マウルで撮影された。制服姿の遺体が2階のベランダからお辞儀するように上半身をさらしている姿はショッキングだったが、実際の壁画村は横長の塀に書かれた牧歌的なイラストに心癒される散歩コースだ。

  釜山の地下鉄2号線国際金融センター・釜山銀行駅(旧・門田駅)の北東方向にあるアントンネ壁画マウル   ■ドラマ『マイ・ディア・ミスター 私のおじさん』(2018年)  

 ヒロイン・ジアン(IU)の家とその周辺は、ソウルの駱山や仁川で撮影された。最寄駅からの距離感や、家と家に挟まれた路地の狭さなど、タルトンネのもの悲しい風情をよく伝えていた。

 その反面、主人公ドンフン(イ・ソンギョン)がジアンの家の前で大声で友人の名前を呼ぶと、少し距離のある家の窓から友人が顔を出すなど、タルトンネらしい情のある人間関係もよく描かれていた。

  (つづく)   *オンライン講座のお知らせ(1) 4月25日(土)、5月23日(土)、6月27日(土)の16時~17時は、オンライン講座「67年生まれ、チョン・ウンスク」です。講師が約50年の個人史を振り返りながら、韓国人と韓国社会の変化を庶民の目線で語ります。名古屋栄の教室でスクリーン受講することもできます。詳細は栄中日文化センターホームページをご覧下さい。 https://www.chunichi-culture.com/programs/program_166125.html   *オンライン講座のお知らせ(2) 4月30日(金)の20時~21時は、オンライン講座「忘れられない10人の素敵なアジュマたち」です。地元ソウルや旅先で出会った母性的でエネルギッシュなアジュマやハルメとの交流エピソードを披露し、彼女たちの「情」の源泉を探ります。詳細は朝日カルチャースクール新宿教室ホームページをご覧ください。 http://www.asahiculture.jp/course/shinjuku/20ec29f4-327a-c2cf-1c9c-5ff3f3a6570c   ●文庫『美味しい韓国 ほろ酔い紀行』好評発売中‼ 本連載を収録した新刊『美味しい韓国 ほろ酔い紀行』が、双葉文庫より発売中です。韓国各地の街の食文化や人の魅力にふれながら、旅とグルメの魅力を紹介していきます。飲食店ガイド&巻末付録『私が選んだ韓国大衆文化遺産100』も掲載。ぜひご覧ください。   カバー03 双葉文庫 定価:本体700円+税   *筆者の近況はtwitter(https://twitter.com/Manchuria7)でご覧いただけます。   *本連載は月2回配信(第2週&第4週金曜日)の予定です。次回もお楽しみに!    

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紀行作家。1967年、韓国江原道の山奥生まれ、ソウル育ち。世宗大学院・観光経営学修士課程修了後、日本に留学。現在はソウルの下町在住。韓国テウォン大学・講師。著書に『うまい、安い、あったかい 韓国の人情食堂』『港町、ほろ酔い散歩 釜山の人情食堂』『馬を食べる日本人 犬を食べる韓国人』『韓国酒場紀行』『マッコルリの旅』『韓国の美味しい町』『韓国の「昭和」を歩く』『韓国・下町人情紀行』『本当はどうなの? 今の韓国』、編著に『北朝鮮の楽しい歩き方』など。NHKBSプレミアム『世界入りにくい居酒屋』釜山編コーディネート担当。株式会社キーワード所属www.k-word.co.jp/ 著者の近況はこちら→https://twitter.com/Manchuria7

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