旅とメイハネと音楽と

旅とメイハネと音楽と

#110

イスラエル・エルサレム取材記〈2〉

文と写真・サラーム海上

 

■中東フュージョンレストラン『マフネイェフダ』訪問

 

 2019年11月20日水曜、エルサレム。この晩からイスラエルの音楽見本市「International Showcase Music Festival」(以下「ISMF」)が始まる。四日間で約30組のアーティストの演奏を観るため、料理の取材は出来なくなってしまう。そこで、お昼のうちに以前からどうしても行きたかったレストラン『Machneyuda(マフネイェフダ)』を訪れることにした。

 前回(連載#109)の記事で取り上げたエルサレム最大の市場の名前が付いたこのお店は、ロンドンにある中東フュージョン料理店『Palomar(パロマール)』(連載#13)の兄弟店。
 パロマールでは蛸とホモスを組み合わせたオクト・ホモスや、挽き肉を団子にせずに焼いたケバブ・デコンストラクテッド(脱構築ケバブ)、ビーツのカルパッチョなど、オリジナルなアイディアが散りばめられた中東創作料理をいただき、僕は目にも舌にもおおいに刺激を受けた。後にお店のレシピ本を手に入れたところ、数々のオリジナル料理のレシピが出し惜しみせず公開されていたのに驚いた。

 もう一つ驚いたことに、オーナーのラヨ・パスキン氏は2000年代にLayo & Bushwacka!というDJデュオで活躍していた人気ハウスDJのラヨだったことが判明した。イギリスのハウスミュージックが大好きだった僕はもちろん彼らのCDを幾つか持っていた。彼はDJを辞めた後、ロンドンやパリ、エルサレムにレストランを開き、今では国際的な外食企業の代表となっていたのだ。
 DJが始めたレストランと聞くと、肝心の味のほうが心配な方もいるだろうが、ご安心なされ! パロマールはイギリスのグルメ系ウェブサイト数箇所で「ロンドンNo.1」に選ばれ、マフネイェフダのほうも数々のグルメ系ウェブサイトで「イスラエルを代表する店」に選ばれている。

 

ロンドンの中東料理レストラン「パロマール」にて。左上から時計回りに脱構築ケバブ、ファットゥーシュ(クルトン入サラダ)、ムール貝とにんじん、ビーツのカルパッチョ、オクト・ホモス

 

自宅CD庫からLayo & Bushwacka!の2002年のアルバムをなんとか一枚だけ発見! そして愛読しているロンドンのPalomarのレシピブック

 

 午前中のうちに、二泊した友人フランソワーズ&アモス夫妻の家から、エルサレム新市街のホテルに移動した。そして、お昼の12時15分にマフネイェフダ市場からつながる坂道の途中にあるレストラン、マフネイェフダに到着した。開店前にも関わらず、お店の前のベンチにはすでに予約客が十名ほど腰掛けていた。12時半の開店とともに大音量でハウスミュージックが流れ始め、予約客が次々とテーブルに通された。

 

マフネイェフダ市場からの坂道。右奥に目指すレストラン・マフネイェフダが!

 

お昼時のマフネイェフダ店内。にぎやかな雰囲気が伝わってくる!

 

 お店はオープンキッチンとバーカウンター、テーブル席がある一階と、一階を三方から取り囲む細長いバルコニーの二階からなり、通りに面した扉や窓は床から天井までガラス張りで、外から明るい太陽光が入ってくる。一階には小さめのテーブルが5つ、隣の人と膝を突き合わせるくらいの距離に配置され、椅子が取り囲んでいる。更にオープンキッチンの前はカウンターテーブルになっていて5人が横並びに座るスツール席があり、その隣にはドリンクバーとカウンターテーブル、そこを取り囲んで9人が横並びのスツール席がある。僕はこのスツール席に通された。二階は細長いバルコニーに沿って大人数用のテーブルが置かれ、誕生日パーティーの団体客が入っていった。
 床はコンクリート打ちっぱなし、ダンスミュージックがガンガン流れていて、若いスタッフたちはやたらと大声で迎えてくれる。エルサレムを代表する高級レストランなのに、このカジュアルでラフな雰囲気は、公務員や官僚や政治家でもTシャツに短パン姿のイスラエルらしい。

 A4サイズの紙一枚のメニューには、サラダや軽い前菜が5種、しっかりした前菜が6種、メイン料理が11種類、デザートが4種類掲載されていたが、僕は295シェケル(約9200円)のシェフのおまかせフルコース、「テイスティングメニュー」を頼んだ。料理に合わせたペアリングワインも楽しみたかったが、夕方からの音楽取材のためにぐっとこらえ、炭酸水を頼んだ。

 

開店直後のキッチン、忙しそう!

 

A4サイズの紙一枚の今日のメニュー。単位はイスラエルシェケル(1NIL=34円)

 

 一番最初の料理はクッキングシートに包まれた「古のクルドのペイストリー、ヨーグルトとスフーグ」。スフーグとはアラブ起源の青唐辛子ペースト。チュニジアの香辛料ハリッサに似ているが、青唐辛子を使うため緑色をしている。インドのナーンに似たクルドの平たいパンに、モツァレラチーズとイスラエルを代表するハーブのザータルを挟んで焼いた、要はパニーニだ。

 と言っても、付け合わせは如何にもイスラエルらしいスマック(ゆかりによく似た酸味の強いハーブ)で和えたルッコラと紫玉ねぎのスライス。そしてスフーグとヨーグルトをソース代わりに付けていただく。爽やかな辛さとクリーミーなチーズ、酸っぱいサラダの組み合わせが良い!

 

アミューズには古のクルドのペイストリー、ヨーグルトとスフーグ。マフネイェフダ市場周辺にはクルド系ユダヤ人のコミュニティーがあり、クルド系トルコ人の演歌歌手イブラヒム・タトゥルセスのヒット曲が流れていたことも

 

 続いては一口サイズの前菜が二品同時に運ばれてきた。「ターキッシュトマトサラダ。ローストしたザクロ、ピタパンのパン粉とラバガヌージュ」、「鮪のタルタル、トマトと胡麻、ザータル」。前者は赤や茶色のミニトマトとピーマンとラディッシュのサラダに、乾燥ザクロの実やピスタチオを散らしてある。

 ラバガヌージュとはこの店の造語で、焼き茄子のペースト(ババガヌーシュ)をフレッシュチーズのラブネで伸ばしたものだった。緑黄色野菜、ピスタチオ、焼き茄子、チーズ、どれも典型的な中東の食材だが、組み合わせは独創的で、色も食感も味も個性がある。そして、後者の鮪のタルタルは日本料理からの影響だろう。

 

前菜は大きなステンレスのお盆の上でまとめて供された。手前中央がターキッシュトマトサラダ、ローストしたザクロ、ピタパンのパン粉とラバガヌージュ。ミニトマトもラディッシュもピーマンもピスタチオも一つ一つは中東のどこにでもあるものだが、こうして丁寧に組み合わされると新しい料理になる!

 

鮪のタルタル、トマトと胡麻、ザータル。鮪を緑黄色野菜やハーブとともに叩いた、いわば「中東のなめろう」! 下に敷かれたクリーム色のソースは南フランスのニンニク入りマヨネーズのアイオリ

 

 一人でカメラを覗き込み、メモを取りながら食事をしていると、目の前の陽気なバーテンダーからトルコのお酒「ラク」がショットグラスで振る舞われた。ヘブライ語で乾杯を意味する言葉「レハイム!」と言って、彼とグラスを合わせると、隣のカップルもそこに加わってきた。イスラエル人はオープンだなあ。
 続いても前菜が二品。「ブロークンタルタル、焼き野菜、青唐辛子、アイオリとほうれん草」と「焼き玉ねぎとパストゥルマのオープンサンドイッチ」。

 前者はベジタリアン料理で、刻んだトマトとブルグル、赤唐辛子粉とザクロ果汁濃縮ソースを混ぜ合わせてタルタルに見立て、その下に南仏のにんにくマヨネーズであるアイオリを敷き、上にはサラダほうれん草の葉を一枚かぶせてある。

 後者は焼いて甘味を引き出した紫玉ねぎ、スパイシーなパストゥルマ=パストラミのサンドイッチ。2つの具材の間で酸味の効いたラブネが味の接着剤として機能している。ヨーグルト、フレッシュチーズ、タヒーニ、そしてザータルに唐辛子など、乳製品やハーブが味の決め手となっている。

 


こちらがブロークンタルタル、焼き野菜、青唐辛子、アイオリとほうれん草。トマトをブルグルと赤唐辛子粉とザクロ果汁濃縮ソースと和えて叩いた「中東のベジタリアン版なめろう」

 

焼き玉ねぎとパストゥルマのオープンサンドイッチ。写真では見えないが、パストゥルマと玉ねぎの間にフレッシュチーズのラブネが挟んであ

 

 今度は直径10cmほどの密閉ガラスジャーに入った「ポレンタ、マッシュルームとパルメザン、トリュフオイル」。ポレンタはコーンミールをお湯やスープで練ったイタリアやバルカン半島に伝わるお粥状の料理。イスラエルにはバルカン系のユダヤ人も多いのだ。ここではそのポレンタに、スライスしたパルミジャーノレッジャーノ、炒めた杏茸、茹でたアスパラガスをのせ、最後にトリュフオイルをふりかけて、密閉ガラスジャーの蓋を閉めてある。蓋を開けた瞬間、濃厚なトリュフの香りが目の前にプ~ンと広がるわけだ。仕掛けがうまいなあ!
 大音量すぎる店内BGMが無機質なハウスミュージックからカラフルなアフロ系のダンスミュージックに変わった瞬間、バーテンダーが「フー!」と奇声を上げ、二杯目のラクのショットグラスが回ってきた! こちらこそ「フー!」と言いたいよ。ラクはアルコール度数50度前後の強烈なお酒なのだ……。

 

密閉ガラスジャーで供されたのは、ポレンタ、マッシュルームとパルメザン、トリュフオイル。ポレンタはバルカン系ユダヤ人にとっては病気の時に食べるお粥のようなものらしい

 


BGMはイケイケのハウスミュージック。バーテンダーがラクやカンパリ、テキーラなどをショットグラスでお客に振る舞い始めた

 

 カラフルな前菜を終え、いよいよメインディッシュへ。魚料理は「スズキのポワレ、市場の野菜、スイスチャードのピクルス」。皮をカリカリに焼いたスズキのフィレの下には、小イカのニンニク炒め、その下にはスイスチャードのピクルス、そして一番下にはタヒーニヨーグルトが層になっている。これは美味い! 清楚なスズキの白身にイカ、酸っぱいスイスチャード、クリーミーなタヒーニヨーグルトがそれぞれ方向性の異なる味を足しているのだ。

 

 

スズキのポワレ、市場の野菜、スイスチャードのピクルス。スズキは鮪とともに地中海を代表する魚。シンプルなポワレを、中東らしい付け合せとソースが彩る

 

 魚に続いて、肉料理は見た目からして超ド級!「ラムのTボーンステーキと骨髄のオーブン焼き、クランベリーと黒ニンニクのソース」。木のサービングプレートにTボーンが2切れと真っ二つに割られた大腿骨が並び、沸騰した骨髄がグツグツと泡を吹いている。付け合せの焼き野菜、パセリのソースとマスタードもたっぷり。そして「これでも喰らえ!」とばかりにステーキナイフがプレートにぶっ刺してあるのだ。

 グツグツ煮えた骨髄をスプーンですくって口に運ぶと、当然口の中は大火傷。それでも骨髄は止められない! フーフーと息を吹きかけながらトロトロの骨髄をチューチューと吸って食べきった。それからTボーンはパセリのソースとマスタードでラム肉の風味を楽しもう! オレは美味しい肉ならいくらでも食べられるのだ!
 ステーキを完食すると、今度は若い女性のバーテンダーから三杯目のラクが回ってきた。ふ〜、炭酸水だけで大正解だったよ。もしワインを頼んでいたらどうなっていたことか?

 

おまたせしました、ラムのTボーンステーキと骨髄のオーブン焼き、クランベリーと黒ニンニクのソース! ステーキナイフがプレートにぶっ刺してある!

 


グツグツ泡立つ骨髄はトロトロで美味〜い!

 


ラムのTボーンは牛と比べると1/3ほどの大きさなので、ペロっといただける! パセリのソースとマスタードをのせて

 

2人のバーテンダーによる容赦ないショットの攻撃! 炭酸水だけ頼んで大正解!

 

 さて、残りはデザートだけ、と思っていたら、ここでまたまたサプライズ、「牛フィレとフォアグラのステーキ、ビーツと赤ワインのソース、マッシュポテト」が運ばれてきたのだ。たとえどんなに腹いっぱいだとしても、フィレ肉とフォアグラを重ねたロッシーニ風ステーキを断れるほど、僕は大人ではない!

 重なりあった2つの肉を甘くほろ苦いソースを絡めていただく。柔らかいフィレ肉にトロ~リととろけるフォアグラ。これほど背徳的な肉料理はなかなかない〜! 
 ちなみに、かつて寒冷な東ヨーロッパ諸国に暮らしていたユダヤ人にとって、フォアグラはユダヤ教の食物規定に沿った貴重な油脂源だった。そのため、イスラエルはフランスとハンガリーに次ぐ、世界第三のフォアグラ生産国だったが、現在では動物福祉上の観点からフォアグラの生産は禁止されている。世界的にフォアグラの生産は縮小しているが、屠畜を伴わない培養肉のフォアグラが量産化される日も近いという噂もある。

 

最後の誘惑! 牛フィレとフォアグラのステーキ、ビーツと赤ワインのソース、マッシュポテト。まさに背徳的!

 

「おお、昼時からテイスティングメニューを完食するなんてすごいですよ! レハイム!」とバーテンダー。

「僕たちからラクを一杯奢らせてください。僕は以前、途中でギブアップしたんです。日本のチャレンジャーにレハイム!」とお隣さん。ここで4杯目のラクのショットを飲み干すことに……。もう、この後はどうとでもなれ

 

 

完食おめでとう、レハイム! 一杯おごらせて! なんともイスラエル人はオープンだなあ

 

この後のデザートは4種類! 左奥から時計回りにチョコレートケーキ、ババリアクリームとトフィー、タヒーニのアイスクリーム、フルーツサラダ、レモングラスの赤唐辛子のソース。アイスクリーム以外は箱に入れてもらい持ち帰りました……

 

 

■にんじんと香菜のサラダのレシピ

 

 さて今回のレシピはにんじんと香菜のサラダ。にんじんはチーズのおろし金ですりおろし、別にすりおろしておいた玉ねぎ、レモン汁、マスタード、塩胡椒、オリーブオイルと和える。よく冷やしてから香菜をたっぷりのせ、オリーブオイルをダラーリと回しかけていただきまーす!

■にんじんと香菜のサラダ
【材料:作りやすい分量】
にんじん:大1本
玉ねぎ:1/4個
香菜の葉:1/2カップ分
塩:小さじ1/4
レモン汁:小さじ1
粒入りマスタード:大さじ1
EXVオリーブオイル:大さじ2
胡椒:適宜
【作り方】
1.にんじんは皮をむき、チーズおろし器の一番粗い面ですりおろす。玉ねぎは皮をむき、大根下ろし器ですりおろす。香葉は葉を茎からちぎり、食べやすい大きさにざく切り。
2.ボウルににんじんとたまねぎを入れ、塩を加え、よく混ぜ合わせて、15分おく。
3.ざるに移し、水気をよく絞ってから、レモン汁、粒入りマスタードを混ぜ合わせ、最後にEXVオリーブオイル大さじ1を足し、軽く混ぜてから、食べる直前まで冷蔵庫で冷やしておく。
4.お皿に盛り付け、真ん中に香菜の葉をのせ、残りのEXVオリーブオイルを回しかけ、胡椒をふりかけて出来上がり。

 

 

にんじんと香菜のサラダ。甘いにんじんを使おう

 

 

(イスラエル編、次回に続きます!)

 

 

 

*新刊『美味すぎる! 世界グルメ巡礼』好評発売中!!

 この連載の一部をまとめた単行本『美味すぎる! 世界グルメ巡礼』(サラーム海上・著、双葉社・刊)が好評発売中です。世界各地の旅先で出合った、「美味すぎる!」グルメ紀行。旅先で食べた美味いもの、何度でも訪れて食べたいものを、テキストと写真でたっぷり紹介しています。日本の家庭で再現できるレシピも多数収録した1冊。ぜひお手に取ってみてください!!

『世界グルメ巡礼』書影

 

 *著者の最新情報やイベント情報はこちら→「サラームの家」http://www.chez-salam.com/  

*本連載は月2回配信(第1週&第3週火曜)予定です。〈title portrait by SHOICHIRO MORI™〉    

 

orient00_writer01

サラーム海上(サラーム うながみ)

1967年生まれ、群馬県高崎市出身。音楽評論家、DJ、講師、料理研究家。明治大学政経学部卒業。中東やインドを定期的に旅し、現地の音楽シーンや周辺カルチャーのフィールドワークをし続けている。著書に『おいしい中東 オリエントグルメ旅』『イスタンブルで朝食を オリエントグルメ旅』『MEYHANE TABLE 家メイハネで中東料理パーティー』『プラネット・インディア インド・エキゾ音楽紀行』『エキゾ音楽超特急 完全版』『21世紀中東音楽ジャーナル』他。最新刊『MEYHANE TABLE More! 人がつながる中東料理』好評発売中。『Zine『SouQ』発行。WEBサイト「サラームの家」www.chez-salam.com

紀行エッセイガイド好評発売中!!

orient00_book01

イスタンブルで朝食を オリエントグルメ旅

orient00_book02

おいしい中東 オリエントグルメ旅

   

 

旅とメイハネと音楽と
バックナンバー

その他のWORLD CULTURE

ページトップアンカー