沖縄にも暮らす 二拠点生活の日記

沖縄にも暮らす 二拠点生活の日記

#11

二拠点生活の日記 2021 Feb.15~28

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文と写真・藤井誠二 

 

2021

2月15日 [MON]

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 空港についた足でモノレールに乗り、垣花豊順さんのお宅に直行。まずは昼飯をごちそうになる。2月24日発行の「琉球新報」に掲載されるぼくの連載原稿 ━垣花豊順さんに御登場願う━ のチェックを二人であれやこれやで二時間近くやっただろうか。垣花さんは御歳87歳。第32軍司令部壕の保存・公開の活動をされている弁護士である。

 安里の拙宅に戻りひとやすみしたあと、知り合いの居酒屋が一時間だけ開けているのでおじゃまする。生ビールも補充してない。ソーキと島野菜を煮付けたものと、ハタのカシラと糸満の座波豆腐を煮付けてもらう。鮪赤身の刺身、おあげさん等、冷蔵庫にあるものだけを出してもらって、泡盛をちびちびやる。なぜ一時間だけ営業しているかというと独り身の同級生の夕飯のためだけに開けているのだ。その日も一~二人いた。そこにぼくもまぜてもらったわけだ。帰りにスーパーで買い出し。半額になった惣菜を買って喰う。

 先日、東京・お茶の水で井土紀州監督のドキュメンタリー映画「LEFT ALONE(レフト アローン)」を臨時上映会で観たばかりなので、主人公格で出てくる(インタビュアー役)絓秀実さんの『1968年』と故・西部邁さんの『大衆への反逆』が本棚に置いてあったので少し目を通すが、難解でそのまま眠りに落ちてしまった。

2月16日 [TUE]

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 そういえばと思い、バルコニーのガジュマルで子育てしている鳩の様子を見る。一羽だけが巣にうずくまっている。バルコニーの掃除や部屋の片づけものをして、首里の某町へ。川満由美さんに会いに行く。数年ぶりだろうか。その間、メールや電話などで連絡は取り合っていたが、お元気そうだ。彼女は、2005年に起きた殺人事件の被害者遺族で、夫を通り魔のような強盗に襲われた。

 当時の新聞を貼っておきたい。「沖縄タイムス」(2005.5.3)の見出しは、[陸自幹部 強盗致死で逮捕/塾経営者傘で刺す] である。事件は以下の記事文中にあるように三カ月前のことである。

 [那覇市牧志の路上で今年二月、同市首里山川町の学習塾経営、川満正則さん=当時(48)=が血を流して見つかり、死亡した事件で、県警捜査一課と那覇署の合同捜査班は二日、強盗致死の疑いで、陸上自衛隊第一混成団第一混成群所属の三尉、原卓也容疑者(25)=那覇市高良=を逮捕した。原容疑者は「心当たりがない」と容疑を否認している。県警は同日、特別捜査本部を設置。原容疑者には多額の借金があったことから、金目的の犯行だったとみて調べている。

 調べでは、原容疑者は二月二十六日午後七時四十五分ごろ、那覇市牧志三丁目の路上で、川満さんの顔を持っていた傘で突き刺し、現金十数万円入りの財布を強奪、死亡させた疑い。捜査本部は同容疑者が現金十数万円を所持していたことをあらかじめ知っていたとみている。

 顔面を血まみれにして倒れている川満さんを近くの駐車場に車をとりに来た男性(48)が見つけ、消防や警察に通報。川満さんは病院に運ばれたが約一時間後に死亡した。

 原容疑者は事件当日、非番だったという。川満さんと原容疑者に面識があったかなど、関係は分かっていない。

 特別捜査本部は単独犯とみて、詳しい動機などを捜査している。

 県警の比嘉正輝刑事部長は「目撃者の話や現場の状況などから総合的に判断して、逮捕した」と強調した。

 現場は、ゆいレールの安里駅と牧志駅に近い住宅街。双方向通行ができる幅約五メートルの道路で、国際通り方向から国道330号(ひめゆり通り)への抜け道になっている。

 一方、陸上自衛隊第一混成団の國場進渉外広報室長は二日夜、「逮捕の報告を受けた。本人が取り調べを受けており、細部は分からない状況だが、事実とすれば大変遺憾。警察からの要請には積極的に協力していきたい」とのコメントを出した。記者会見の予定はないとしている。]

 ぼくは犯罪被害者や被害者遺族についての本を多く出していたから、沖縄で孤立無援状態になっていた川満さんと、たしかメーリングリストか何かでつながった。ぼくはできる限りサポートして、彼女が立ち上げた自助グループ「ひだまりの会」にも中心的に関わっていた。川満さんは県外の自助グループへも積極的に参加していた。

 2009年にうるま市で起きた中学生リンチ殺人の被害者遺族のシングルマザーのAさんが会を訪ねてきて、その後、川満さんとぼくは全力で支援することになる。この事件は、沖縄・うるま市で男子中学生が死亡しているのが見つかったことに端を発していて、警察は、集団で殴るなどして中学生を死亡させたとして、同級生の14歳の少年5人を傷害致死の疑いで逮捕した。当初、プレハブ小屋の屋根から転落したとみられていたが、その後の警察の調べで、体に殴られたような跡が見つかり、警察は当時一緒にいた同級生から事情を聴き、少年たちの口裏合わせを暴いた。結果的に、同級生の少年ら8人が少年に暴行し死亡させたことがわかった。8人には14歳未満の少年3人が含まれていた。

 川満さんとぼくは、うるま市事件の加害者の親が被害者少年のAさん宅に謝罪に来る場面に同席するなど、ほんとうにいろいろなことを経験した。川満さんの事件の詳細は『アフター・ザ・クライム 犯罪被害者遺族が語る「事件後」のリアル』(講談社)、うるま市の事件については『「少年A」被害者遺族の慟哭』(小学館新書)に記した。「ひだまりの会」は諸事情で活動を休止していたが、このたび川満さんの生活も変わることをきっかけに再始動をすることになった。ぼくもできるかぎり、またお手伝いできたらと思っている。

  夕方に、知花園子さんと会い、いろいろな話をする。栄町の無人の「ムジルシ」で創作焼売を食べたあと、「チェ鳥」で時短営業の八時まで芋焼酎と焼き鳥を少し食べる。

 

 

2月17日  [WED]

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 冷蔵庫にあるものを炒めたりして食べた。コーヒーを淹れたが、かすかな亀裂音がしてガラスのコップにヒビが入った。夕方まで仕事をして、県立図書館に出向いた。地元の版元「ボーダーインク」編集長の新城和博さんと、普久原朝充君の連続講演を聴きにいくためだ。新城さんは「沖縄のエッセー」、普久原君は「沖縄の建築本」を紹介する。『沖縄 島建築』の岡本尚文さんとも合流。講演会後、四人で談笑していたら、ぼくに一人の女性が声をかけてきた。東京・高円寺にある映画等を上映する劇場「座・高円寺」で先日開かれたドキュメンタリー映画「モトシンカカランヌー」の上映&トークライブにわざわざ沖縄から足を運んでくれたという沖縄芸大の大学生だった。サインをぼくからもらうために拙著を持って来てくれたのだった。ありがたいやら、申し訳ない気持ちになる。彼女は沖縄市の「シアター・ドーナツ」でも「桜坂劇場」でも観たという。「モトシンカカランヌー」は1971年の作品だが、長い時間を経て、いま幅広い年齢 ━とくに若い層が目立つ━ の人の注目を集めている。どうしてだろう。「座・高円寺」は補助席も出るほど満席だったらしいが、トーク相手の共同監督の井上修さんもこの現象に驚いていた。中心的監督の布川徹郎さんもあの世でびっくりしておられるのではないか。拙著『沖縄アンダーグラウンド』でこの映画を一章割いて取り上げたこともこの現象に一役勝っているとは思うが、1971年当時はまったく受け入れらなかったこの映画が見なおされているのは、社会の価値観の大きな変化を感じる。帰りに弁当を勝って、岡本さんにクルマで送ってもらった。

2月18日  [THU]

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 バルコニーの巨大化したガジュマルに巣をつくった鳩を眺めていると、あきらかに母鳥が雛に餌をくちうつしで与えていたところが見えた。ああ、またここで生まれたのだ。本棚が届いたので、本や資料の整理に没頭する。

 先日、東京で辺野古の県民投票を牽引した元山仁士郎さんと会ったが、彼の祖父は16歳で第二護郷隊に召集されたが生き残ったうちの一人だ。三上智恵さんの労作『沖縄 スパイ戦史』に登場している。

 ひたすらインタビューしたものの文字起こしを続ける。十数本たまっている。なかなかやる気がおきてこないので『沖縄の戦後を歩く そして、地域の未来を考える』(NPO法人 沖縄ある記 編)をめくる。拙宅周辺や、これまで取材等で訪れたことのある土地についてあらためて知ること多し。それぞれの土地の「案内人」としてそこで生まれ育った方を立てているのでリアルでおもしろい。中には取材当時はご健在だったが刊行時には亡くなっている方もおられて、時間の流れをいやおうなく感じさせる。

2月19日  [FRI]

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 川満由美さんのお宅にジャン松元さんとともにおじゃまして撮影させていただく。帰りに沖映通りにある「我部祖河そば」でカレーを喰う。そこから移動して、ジュンク堂店長の森本浩平さんと ━この日は彼の勤務が休みの日だった━ ひばり屋でゆんたくし、泊の串豚でちょっと飲もうと行ってみたら休業だったので、となりの「Coffee Ever Green」で冷えたからだをあたためる熱い珈琲をすする。むかえのコンビニに寄ろうとしたら名前を呼ばれたので、振り向いても相手が誰かわからない。「栄町でブティックをやっていたトウヤマです。2~3回、寄ってくれましたよね」。ああ、思い出した。栄町のど真ん中で洋服のセレクトショップをやっていたお兄さんだ。當山一郎さん。店の名前は「堤洋装(つつみようそう)」。栄町を歩くたびに閉店しちゃったんだなあと思っていたら、諸事情で栄町から泊へ移転して再開していたのだった。覚えていてくれてうれしい。聞けば、この日記も読んでくれているとか。ありがたい。店内でしばしゆんたく。「pppppins」という台湾のデザイナーがつくったピンバッジを購入した。センスいい服や靴が揃っているので、ぜひ行ってみてほしい。

2月20日  [SAT]

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 レンタカーでコザへ。取材交渉したい相手に会いに行く。約束の時間まで時間があったので、「上間天ぷら店」で弁当を買い、クルマの中でかっこむ。相手と一時間ぐらい話して、取材交渉成立。良かった。

 帰りに宜野湾市大山の「ヒュッゲ」に寄り、オーナーの権聖美さんとゆんたく。そこに伊丹秀子さんが娘さんといっしょにあらわれた。以前に、ソウル・フラワー・ユニオンのライブで彼女の演奏を一ファンとして何度も見ていた。お目にかかれて、うれしいなあ。三人でいろいろゆんたく。

 そのあと、近くの某カフェのテラス席で、これから「琉球新報」の月イチ連載で取材させていただく相手に御挨拶。だんだんインタビューになってきて、録音させてもらう。クルマを返してから、栄町の「チェ鳥」で焼き鳥を一人で喰う。

2月21日  [SUN]

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 朝起きたが、二度寝。『武漢日記━封鎖した60日の魂の記録』の書評原稿の締め切りを忘れていて、終日、パソコンに向かう。気分転換で洗濯。冷蔵庫にある野菜などを炒めて腹を満たす。マンション内のゴミ置き場以外、表に出ず。

2月22日 [MON]

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 ジャン松元さんと合流して浦添市の屋富祖へ。「琉球新報」の月イチ連載を単行本にまとめる際に書き下ろし・撮り下ろしを加えるために、ある男性にインタビュー&撮影。その男性がかつて呑んだくれていた屋富祖のスナック街。天気もよくいい写真を撮れたとジャンさんも喜んでいる。歩いていたら、急にジャンさんが地面に寝ころんでシャッターを切り始めたので何かと思ったら、花にとまる蝶を撮影し始めていた。

 ジャンさんは那覇へ戻り、ぼくとその男性だけ浦添パルコに行って、海に面したカフェのテラス席で二時間以上話をした。久々に海を見続けながらのインタビュー。男性に那覇まで送ってもらう。夕方、知花園子さんと栄町の「ムジルシ」に行って、知花さんから、ある沖縄戦被害者の女性からぼくに渡してほしいと預かってもらっていた資料を受け取る。創作焼売をつまむ。

2月23日 [TUE]

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 早起きして、よもぎそばをスーパーで買った食材とあわせて食べる。島豆腐をたっぷりのっけた。この数日、鳩の巣に鳩の姿が見えないので、もしやと思い、巣をのぞき込んでみると、雛鳥が死んでいた。親鳥から餌を食べていたのをたしかに数日前に見たのに、原因は寒さだろうか・・・。巣と死骸を片づけて、しばしソファでぼんやりしていた。

 昼から首里である男性にインタビュー前の、御挨拶。彼の活動に興味があり、「琉球新報」の月イチ連載で取り上げさせていただくことにした。そういえば、待ち合わせ場所に向かって歩いていると、原付に乗ったドキュメンタリー映像監督の松林要樹さんと会ったのでちょっとの間、ゆんたく。

 御挨拶を終えて、安里の「鳳凰餃子」でメシを喰う。このところは、できるだけ(その時点で)客の入っていない店で一人で食べている。

 [辺野古埋め立て土砂を南部で採取は「政府の暴挙」 遺骨収集ボランティアなどが批判 知事視察も求める]、[ガマフヤー 遺骨 平和を求める沖縄宗教者の会 辺野古新基地建設 土砂]という見出しのついた、2021年2月16日の「琉球新報」のネット配信された記事を貼り付ける。 記者会見の模様もニュースで観た。

 [沖縄戦遺骨収集ボランティア「ガマフヤー」代表の具志堅隆松さんと「平和を求める沖縄宗教者の会」は15日、県庁記者クラブで会見した。名護市辺野古の新基地建設に使う埋め立て土砂を、本島南部から採取する計画について「政府の暴挙だ」と批判し中止を求めた。玉城デニー知事の現場視察の必要性も指摘した。

 沖縄防衛局が県に提出した工事の設計変更申請によると、糸満市と八重瀬町からは県内土砂調達可能量の7割に当たる約3200万立方メートルを調達する。南部地域は沖縄戦跡国定公園に指定され、自然公園法で開発が規制されている。糸満市米須では、土砂採掘業者が同法に基づく開発の届け出を出さないまま開発に着手。県から指導を受け、今年1月に届け出を提出した。

 宗教者らは会見の前に県の担当課職員と面談した。南部地域で遺骨収集に着手し現在の土砂採取を中止することと、土砂採取による乱開発や環境破壊の中止を求めた。糸満市米須の開発について、自然公園法で風景保護のため知事が開発行為を禁止できる条項の適用を求めた。宜野湾告白伝道所牧師で、普天間爆音訴訟原告団長の島田善次さんは「土砂を軍事基地に使うなんて耐えられない」と批判した。

 具志堅さんは14日、宗教者らと糸満市伊敷の自然壕を訪れた。壕の前で子どもの指の骨や歯を示し「遺骨収集に終わりはない」と説明した。具志堅さんは南部地域の土砂採取に反対の意思を示すため、近くハンガーストライキを行うという。15日の会見で「戦没者の血を吸い込んだ土砂を埋め立てに使うのは人道上、間違っている。遺骨を助けてほしいと呼び掛けるつもりだ」と話した。

 同席した沖縄平和市民連絡会の北上田毅さんは「南部地域はあちこちの鉱山で20、30メートルの穴が埋め戻しされずにひどい状態で放置されている。米須でも風景が根本から破壊されることは明らかだ」と指摘した。]

 ぼくも南部の採石現場を何度も見に行ったことがある。「ひめゆり平和祈念資料館」の普天間館長と何度も訪れたのだ。あの一帯は米軍に追い詰められた学徒隊の若者や民間人らが大勢、砲撃や自決などで命を落とし、いまだに骨も見つかっていない人たちの魂が眠る土地だ。まちがいなく、土砂の中には犠牲者がいる。その土地を辺野古の埋め立てに使うという発想は狂っているとしか言いようがない。

2月24日  [WED]

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 「琉球新報」に垣花豊順さんの記事が掲載された。これまで最長の文字数になったが組んでもらった整理部のスタッフの方に感謝。削った原稿の一部をここに記しておきたい。

 [中国の唐手は、沖縄県民の武器を持たない文化で空手に深化し、平和思考の武術として世界に広がっている。沖縄空手の神髄は「空手に先手なし」である。私は空手道場(剛柔流)で3年間、突き、蹴り、呼吸法などについて教えを受けた。空手の「先手なし」の根本理念は、憲法9条に定める「戦争の放棄」と相通じる教えで、大変勉強になった。第一坑口から第五坑口入り口の広場に至る遊歩道を「首里空手通り」と命名し、広場に「命(ぬち)どぅ宝」「空手に先手なし」の彫刻像を建てると、不戦の誓いを世界に広めることになる。]

 夕方から小禄へ。映像クリエーターの當間早志さんに会う。小禄駅から歩いて5分ぐらいの「田原屋(たばるや)」のテラス席で風に吹かれながら、戦後の沖縄の映画館についてなど話を聞かせてもらう。モノレールに乗って帰途、ふと思いついて降りるはずの駅ではなく別の駅で降り、ある居酒屋へ。たまにしか行かないが、店の主は拙著『沖縄アンダーグラウンド』を読んでくれている。客もまばらだったので久々に入る。やがて客はぼく一人になった。会話のきっかけは何だったか忘れたが、主人の10代から20代にかけて突っ走った、いわゆる「任侠道」について向こうから話してくれた。沖縄や奄美と、ヤマトのヤクザとの関係性がよくわかった。懐かしむように話す彼のヤンチャな時代。思わず身を乗り出して聞いてしまう。

2月25日  [THU]

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  昨夜は下痢で何度も起きたが、午後二時すぎになってやっと腹がすいた。外出はしないことに決めて、ゲラのアカ入れや資料読みなどを続けて、やーぐまい。

2月26日  [FRI]

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 午前中に普天間へ。元山仁士郎さんに会いに行く。その後の琉球新報社での打ち合わせまで時間があったので、桜坂劇場のさんご座キッチンで昼飯を喰いながら読書。新報社で打ち合わせは、連載+書き下ろし・撮り下ろしの単行本について、タイムテーブルを担当者や流通を担当してくれるスタッフと議論する。ジャン松元さんとぼくの共著。『沖縄 人モノガタリ』がいちばんのタイトル候補。根をつめて話したのでなんとなく歩きたくなり、久茂地川沿いを歩いていると、さいきんオープンして話題になっている立ち食いそば(日本蕎麦)屋の「永當蕎麦」の前に出たので寄ってみた。もり蕎麦がなんと190円。なかなかの味。東京ではどこの街や駅中にでもある、いわゆる「立ち食い蕎麦屋」は那覇では初めてなんじゃないだろうか。(ぼくの知る限りなんで正確ではないです)

2月27日  [SAT]  

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 午前中、引きこもりの若者等を支援するNPO「Kukulu(ククル)」へ。参加させてもらっている企画の打ち合わせ。終わった後、市場通りあたりをぶらぶら歩いて、「大衆食堂 下町小」の前を通りかかると、高齢のおばあさんがそばをすすっていた。ぼくもふらっと入ってカツカレーを注文。大盛りは沖縄の「常識」だが、半分残してしまった。開南の方へ歩いて「パーラー上原」でネパールカレー弁当と天ぷらを数種買い、晩飯にしようと思う。

 拙宅に帰還してバルコニーを剪定しながら、洗濯機をまわす。2018年に講談社から出した『沖縄アンダーグラウンド』が集英社文庫に入れていただけることになったので、その「補章」として二万字程度のものを書くことになっていて、その原稿を書く。帯の推薦文と解説は(別々の)某小説家に書いていただけるらしいと編集者から聞いている。

2月28日  [SUN]  

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 朝起きて洗濯。空港に早めについて、ゴーヤー弁当をロビーで喰う。売店で「沖縄タイムス」を買って怒りで震えた。ウェブ版(2021.2.28)から引用させていただく。編集委員の阿部岳記者の署名記事である。

 [米ハーバード大学の J・マーク・ラムザイヤー教授が、辺野古新基地建設について「一般県民は賛成したのに地元エリートと本土の活動家が私欲のために反対している」と分析した論文を発表していたことが分かった。普天間飛行場の土地を日本軍が買収したなど事実関係の誤りも多い。名門大学の名前で沖縄に対する差別とデマが拡散されることを懸念する声がある。(中略)ラムザイヤー氏は論文で公務員や軍用地主を沖縄内部のエリートと位置付け、自らの給与や地代をつり上げる「ゆすり戦略」のため反対運動に従事すると主張しているが、直接の根拠は示していない。一部エリートと本土の活動家の利益のために一般県民が犠牲になっている、との構図を描く。]

 親川志奈子さん(沖縄大学非常勤講師)の [ハーバード大学ロースクールの「ミツビシ・プロフェッサー」との肩書を持つラムザイヤー氏が「慰安婦は自発的売春婦」だと主張する「論文」を出し、大問題となった。ざっと目を通したが、いわゆるネトウヨ本の英語バージョンといった体裁だった。(後略)] というコメントが正鵠をついていた。

 タイムスと一緒に、ボーダーインク新書の『琉球怪談作家、マジムン・パラダイスを行く』を買ってページをめくり始めたら、おもしろくて止まらない。著者の小原猛さんとは面識があるが、多くの沖縄マジムン本を出しておられる、言ってみればマジムン話収集家というかマジムン博士なのだ。本書はそれらのエッセンスが詰まっていて、小原ワールドがよくわかる。ところで、「マジムン」とは本書によれば、[沖縄では妖怪のたぐいをマジムンと呼ぶ。でもこの呼び方は、妖怪とは少し違う。幽霊と妖怪の中間というか、あいまいである。このあいまいさ、ファジーな感じが、マジムンの特徴である]となる。

 小原さんも県外の出身なのだが、[沖縄病という言葉がある。沖縄に取りつかれて、もはやどうしようもなくなった、ナイチャーのことをそう呼ぶ。沖縄病にもいろいろある。気候や風土、海や自然に惹かれたもの、人に惹かれたもの、遅く時間の歩みに惹かれたものなど、さまざまであるが、もしかしたらこれもムンなのかもしれない。] という一節がある。「ムン」とは、編集者の新城和博さんの言葉を引いて、[何か名付けられる前の、気配のようなもの。目には見えないが確かにそこにいる、あると感じる存在。ソコにあるモノ。名前がないものほど怖いものはないし、逆に豊穣ななものはない。神でも魔でもない。分ける事の出来ない混沌。琉球を含めた広く太平洋圏では、そうした存在は、地底の世界にあると考えられていたみたい。(後略)] と本書の最後の方に記されている。きっと、ぼくもムンにとりつかれているのだろうなあ。

 東京に着いて、仕事場でたまっていた郵便物を整理していると、知人の山本直樹さんが昨年11月に永眠されていたことを知らせる、妻の山本絹子さんからの手紙が届いていた。亡くなる二週間前に撮った写真も添えられていた。前にも書いたかもしれないけれど、ぼくが仕事場を構えたマンションの管理人を当時は彼が務めていた。しょっちゅう飲みに連れて行っていただき、ほんとうに世話になりっぱなしだった。彼の家で何度も晩飯をごちそうになった。郷里の五島列島から送られてくる魚介類がほんとうに美味かった。ぼくにとって最初の地域の水先案内人になってくれた人だった。難病に罹り七年間の闘病生活を送るようになり、入退院を繰り返していた。たまにメールをやり取りして、ホスピスに移ると書いてあったので、覚悟はしていたが・・・。働いていた大阪から沖縄へ移住して26年間を生きた彼は、豪気で心根がやさしく、めんどうみのよい人だった。カラオケがめっちゃ上手だったなあ。墓も位牌も作らないというのが故人の意思だったそうで、南の方へ手をあわせてくださると山本も喜ぶと思います、という絹子さんの言葉と、山本さんの写真をただただ見つめていた。

*筆者の近況はtwitter(https://twitter.com/seijifujii1965)でご覧いただけます。

 

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藤井誠二(ふじい せいじ)

1965年名古屋生れ。ノンフィクションライター。2006年から沖縄県那覇市の中心部に仕事場を構え、東京都世田谷区と二拠点生活を送っている。著作は50冊以上。沖縄関係の著作は『沖縄アンダーグラウンド  売春街を生きた者たち』(講談社)、作家の仲村清司氏と建築家の普久原朝充氏との共著で『沖縄オトナの社会見学R18』(亜紀書房)、『肉の王国 沖縄で愉しむ肉グルメ』(双葉社)がある。『沖縄アンダーグラウンド  売春街を生きた者たち』は、2018年に第5回「沖縄書店大賞」沖縄部門で大賞を受賞。

 

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