韓国の旅と酒場とグルメ横丁
#104
平壌、東林・新義州3泊4日旅行記〈後編〉
読者の方(40歳男性、教員)のレポート後編のハイライトは、3日目に列車で平壌から東林(平安北道)まで北上したときの話。車内で思わぬ日朝民間交流があったようです。
金日成主席を讃える歌を唄う子供たちと女性(新義州)
朝鮮労働党の党創立記念塔(平壌)
平壌最後の夜、ガイドとの夜話
夕食はアヒルのプルコギだった。この夜はガイドも一緒に朝鮮焼酎を飲んだ。一緒にいる時間が長くなり、しかも別れの夜ということで、おたがいに情が通ってくると、質問にも遠慮がなくなってくる。
「日本での我が国のイメージはどうですか?」
「よくないですねえ。ミサイルとかそんな話題ばっかりですよ」
「やっぱりそういうイメージなんですね~」
2人とも日本語はペラペラだが、日本には行ったことはないという。
そういえば、昼間の平壌美人の話の続きが気になる。
「平壌には自慢できるものが3つあります。ひとつは冷麺、もうひとつは女性、そして、もうひとつは緑が豊かなこと」
昼間もったいをつけたわりには、意外性のない回答で残念。
政治的な話題は出なかったが、噂通り性的な話には胸襟を開くようだ。
「私(Aさん)、独身なんですよ」
「したくなったら、どうするんですか?」
「まあ、そういうお店もありますからね」
「早く結婚しないといけませんね~」
1995年に平壌のメーデースタジアムで行われた日本のプロレス興行の話題も出た。朝鮮では江原道・元山(ウォンサン)出身の力道山(朝鮮名=金信洛)が民族の英雄として尊敬されているので、その弟子であるアントニオ猪木をはじめとする選手たちの試合にも期待したが、明らかにエンタテインメントだったので、がっかりしたそうだ。
カラオケへ
ガイドたちと別れがたいこともあって、もう少し飲めるところに行きたいと言うと、高麗ホテル地下のカラオケに連れて行ってくれた。接待嬢もいる店だ。つまみはミョンテチム。朝鮮でよく食べる干し鱈にタレをつけて焼いたもので、辛いのでビールが進む。
歌本に「釜山港へ帰れ」があったので頼んだが、ないと言われたので、朝鮮でよく歌われている「北国の春」を歌う。
ガイドは「昴」を歌った。中国で愛されている曲だとは聞いていたが、朝鮮でもよく知られているようだ。
最後はたまたま知っていた「臨津江」(イムジンガン)をリクエストすると、とても驚かれた。ガイドといっしょに朝鮮語で歌った。
カラオケの後、もう少し朝鮮の女性と距離が近そうな店もあるので望むなら連れて行くというようなことを言われたが、そこそこお金もかかりそうだし、カラオケでじゅうぶん楽しんだので遠慮した。
リピーターのなかにはそうした店が旅の主目的の人もいて、なかには2~3カ月に一度のペースで平壌に通っている猛者もいるそうだ。よほど気に行ったのだろう。日本で学んだのか、数カ月で朝鮮語がペラペラになっていったという。
朝鮮の情
平壌最終日。午前中に平壌駅から列車に乗り、東林駅まで移動するのだが、ガイドは同行しない。
ガイドとの別れ際、平壌駅のホームで弁当を渡された。中身は太巻き(ゴマ油は使われておらず、韓国のキムパプとは別物)、キムチなど。
「どうせ隣席の人にいろいろすすめられるから、この弁当は要らないと思いますが」
ガイドからそう言われたが、どういう意味だろう。
6人用コンパートメント席では、朝鮮の人(若いカップルとおばさん3人組)と隣り合わせだ。カップルの女性のほうが少し英語ができたので、日本から来たと言うと、大きなタッパに入ったお惣菜をふるまわれた。なるほど、確かに弁当は不要だ。
ハンバーガーのようなもの(おそらくトングランテン)、白菜キムチ、オイキムチ、大根キムチなどをありがたくいただく。平壌で食べたものよりずっと美味しい。同じ空間にいる人どうしで食べ物を分け合うという体験は、過去の中国旅行では記憶にないが、イランでは同じような経験をしたことを思い出した。
そういえば韓国でも、全羅北道の田舎の飲み屋で地元のおじさんたちと楽しくマッコリを酌み交わし、女将の手料理を堪能したのに、一銭も支払わせてもらえなかったことがあった。南北共通の美風なのだ。
やがてカップルの男子のほうがブランデーのような酒(おそらく慈江道の道都・江界の酒)のミニボトルを、私は昨夜味見だけしたマッコリを出して、みんなで回し飲みする楽しい酒宴となった。
食べて飲んで騒いで、みんなで昼寝。私は新義州の手前の東林駅で降りることになっていた。今夜のホテルはそこが最寄りで、駅では別のガイドが待っているのだ。すると同席していたおばさんが目を覚まし、
「あんたは東林で降りなきゃいけないのに、過ぎちゃったんじゃないか!?」
と大騒ぎする。結局、おばさんの勘違いだったが、その慌てぶりから親身になってくれていることがわかり、ジンときた。
上が平壌駅→東林駅の座席案内票、下が国際旅客車票(チケット)
再訪を誓って
東林の宿は新しく豪華なリゾートホテルだった。プールもある。ゲームセンターにはVRのゲームもあったが、1時間おきに停電があったり、温水が出る時間帯に限りがあったりと不便な点も多々あった。結婚式があったらしく、ロビーには鮮やかな民族服の花が咲いていた。
上が新義州のリゾートホテルから見た結婚式の一行。下がロビーで見た一行。パッと見はソウルのホテルで見かける結婚式の風景と変わらない
夕食はホテルのレストランで、大きな魚の姿煮がメインのコース料理。南側でいう韓定食のようなものだろう。
翌日は新義州観光。化粧品工場、博物館、幼稚園などを巡った。平安北道の道都だけあって見どころはまずまず。ガイドから請われたので金日成主席と金正日総書記の銅像に敬礼したり。女性ガイドの口調は、アカデミー賞受賞作『パラサイト 半地下の家族』の家政婦(イ・ジョンウン)と同じだった。
新義州の市内観光中に見かけた病院らしき建物
金正恩委員長を讃える歌を唄う女性たち
オーダーメイドとはいえ、制限の多い旅だった。しかし、平壌のガイドと2日間じっくり話ができたことと、帰りの列車内で民間人と交流できたことが忘れられない思い出になった。
朝鮮観光はなかなかおもしろい。また来ることになるだろう。
Aさんが筆者に買ってきてくれたおみやげのDVD。左は映画『命令027号』(2011年製)。朝鮮戦争時、ソウルに潜入した特殊部隊の物語。おおざっぱに言えば北側目線の『シュリ』。右は『朝鮮労働党万歳』(2013年製)。朝鮮労働党創建68周年を祝った楽団と合唱団によるライブ。演奏も歌も高度で政治性抜きで楽しめた
以上、北側訪問レポートを2回に渡ってお送りした。私の読者のなかには北側を訪問したことのある方も多いのだが、Aさんのように列車内で民間人とふれ合った話は初めて聞いた。同じ空間で過ごせば、それが外国人であっても食べ物を分かち合うという美しい習慣が健在であることがわかって、うれしくなった。
*「韓国ソウル 街歩きレッスン」講座のお知らせ
2020年4月25日(土)、15:20~16:50、17:10~18:40(90分×2コマ)、名古屋の栄中日文化センターで本コラムの筆者が講座を行います。知っていると、ソウル散策や飲み歩きがさらに興味深いものになる歴史逸話をお話します。お申込みは電話(0120-53-8164)か下記のサイトで受付中です。
サイト http://www.chunichi-culture.com/programs/program_166125.html
本連載を収録した新刊『美味しい韓国 ほろ酔い紀行』が、双葉文庫より発売中です。韓国各地の街の食文化や人の魅力にふれながら、旅とグルメの魅力を紹介していきます。飲食店ガイド&巻末付録『私が選んだ韓国大衆文化遺産100』も掲載。ぜひご予約ください。
双葉文庫 定価:本体700円+税
*筆者の近況はtwitter(https://twitter.com/Manchuria7)でご覧いただけます。
*本連載は月2回配信(第1週&第3週金曜日)の予定です。次回もお楽しみに!
![]() |
紀行作家。1967年、韓国江原道の山奥生まれ、ソウル育ち。世宗大学院・観光経営学修士課程修了後、日本に留学。現在はソウルの下町在住。韓国テウォン大学・講師。著書に『うまい、安い、あったかい 韓国の人情食堂』『港町、ほろ酔い散歩 釜山の人情食堂』『馬を食べる日本人 犬を食べる韓国人』『韓国酒場紀行』『マッコルリの旅』『韓国の美味しい町』『韓国の「昭和」を歩く』『韓国・下町人情紀行』『本当はどうなの? 今の韓国』、編著に『北朝鮮の楽しい歩き方』など。NHKBSプレミアム『世界入りにくい居酒屋』釜山編コーディネート担当。株式会社キーワード所属www.k-word.co.jp/ 著者の近況はこちら→https://twitter.com/Manchuria7 |
|