韓国の旅と酒場とグルメ横丁
#102
焼き魚と父と練炭ストーブ
江原道・束草の名物、ヤンミリ
70~80年代の韓国では練炭ストーブがよく使われていた。エアコンが普及した現在はあまり見なくなったが、田舎の市場や食堂に行くと、錆びついたロボットのような姿を見かけることがある。
私の地元、千戸洞の裏通りにある行きつけの大衆酒場では練炭ストーブは現役で活躍中だ。暖房としてだけではなく、焼き場としても使われている。
地元の行きつけの酒場『オンマソン・チヂミ』の練炭ストーブ ※拙著『美味しい韓国 ほろ酔い紀行』p34掲載店
この時期は女将がヤンミリ(シワイカナゴ)を焼いている。
ヤンミリはサンマよりひとまわり小さい細長い魚で、冬場、束草(ソクチョ)など東海岸でとれる。束草ではヤンミリ祭りも行われている。
半干ししたものを焼いて食べたり、カルチ(太刀魚)のように辛く煮て食べたりする大衆魚だ。日本で言えば、シシャモのような存在だろうか。頭から尻尾までまるごと食べることができ、酒のつまみとして人気がある。
酒場の女将に焼きものを頼むと、練炭が丸見えのストーブの上に2枚の焼き網で挟んだヤンミリを10尾のせて、粗塩をふって焼いてくれる。昔、家庭や食堂でよく見た風景だ。芳ばしい匂いが店内に広がる。隣りの席で飲んでいるおじさんが「懐かしいな。こっちも焼いてもらおうか」と便乗する。
練炭ストーブで焼かれるヤンミリの半干し
ヤンミリやコドゥンオ(サバ)、イミョンス(ホッケ)などの魚の塩焼きは、日本の人なら熱燗を連想するのだろうが、韓国人ならマッコリやソジュ(韓国焼酎)を合わせたくなる。
焼きあがったヤンミリ
ヤンミリ父さん
私の父は酒飲みではなかったが、ヤンミリは大好物だった。
冬になると、台所にはヒモでくくられた20尾のヤンミリがぶら下がっていた。父は醤油煮が好きだったが、たまに居間の練炭ストーブで焼いて食べたりもした。
束草の市場で売られているヤンミリの干物
父の顔は母や私と違って細面で、頭とアゴが少し尖がっていた。それがヤンミリに似ているので、母はよく
「ヤンミリ父さんがヤンミリ食べてるよ」
と言って私を笑わせた。
今年もソルラル(旧正月)に全羅南道・康津(カンジン)に住む父を訪ね、母の代わりに私がヤンミリを焼き、昔話をしながらいっしょに食べた。
母が他界して25年にもなるが、ヤンミリの季節になると、父はどこかさびしそうだ。
本場・束草の大衆酒場で焼かれる生のヤンミリ
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紀行作家。1967年、韓国江原道の山奥生まれ、ソウル育ち。世宗大学院・観光経営学修士課程修了後、日本に留学。現在はソウルの下町在住。韓国テウォン大学・講師。著書に『うまい、安い、あったかい 韓国の人情食堂』『港町、ほろ酔い散歩 釜山の人情食堂』『馬を食べる日本人 犬を食べる韓国人』『韓国酒場紀行』『マッコルリの旅』『韓国の美味しい町』『韓国の「昭和」を歩く』『韓国・下町人情紀行』『本当はどうなの? 今の韓国』、編著に『北朝鮮の楽しい歩き方』など。NHKBSプレミアム『世界入りにくい居酒屋』釜山編コーディネート担当。株式会社キーワード所属www.k-word.co.jp/ 著者の近況はこちら→https://twitter.com/Manchuria7 |
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