旅とメイハネと音楽と
#102
フィンランド・タンペレ「WOMEX」取材記〈3〉
文と写真・サラーム海上
ワールドミュージックの国際見本市WOMEX、開幕初日
2019年10月23日、午前中にタンペレの都市型サウナ『Kuuma』でトトノった後、レストラン『Dabbal』が一階に入ったラップランドホテル・タンペレへと宿を移動した。しばらく部屋で休んだ後、夕方、目の前の道路を渡って徒歩3分のタンペレホールへと向かった。ここで旅の目的であるワールドミュージックの国際見本市WOMEXが5日間にわたって開催されるのだ。
タンペレホールには観光名所のムーミン谷博物館のほか、大小4つのオーディトリアム(コンサートホール)、さらに1階から3階までのコンベンションセンター、レストランやカフェ、バーが常設されている。
ラップランドホテル・タンペレから徒歩3分のタンペレホールの入り口
ホール内のレストランではマグカップまでムーミン!
WOMEXは夜こそオーディトリアムや市内のライブハウスやクラブが会場となるが、昼の間はコンベンションセンターが主な現場である。世界中の音楽アーティストやマネージメント会社、音楽フェスティバル主催者、その他、国や地域行政による大小のスタンドが200以上も立ち並び、約90カ国から集まった2500人以上の音楽プロフェッショナルたちが忙しく行き来するのだ。
フランスやオランダ、ドイツ、そして地元のフィンランドや北欧諸国など、行政が音楽に力を入れている国はワンフロアの半分を占めるほどの巨大なスタンドを建て、スタッフも大人数だ。アジアの国で一番目立つのは当然韓国。ホール入り口近くを広く使ったスタンドには十数名以上のスタッフが働いていた。しかも、3組の音楽アーティストがライヴ出演する。インドやマレーシアからもいくつかのスタンドが並んでいた。残念ながら日本のスタンドは一社だけで、その他の日本人参加者は僕のほかたったの二名だけだった。
僕の悪友、イスタンブルのアフメトジャンとテルアビブのダンによる共同スタンドの場所に行くと、遅刻常習犯の二人はまだ会場に現れてもいなかった。まあこの日は前夜祭であって、本番は翌日からだし、ゆったり構えよう。
イスラエルとオーストラリアのスタンドでミーティングを済ませ、会場をぶらぶらしていると、オランダ人、インド人、トルコのクルド人、ドイツ人、イスラエル人、マレーシア人などなど、古い友人や世界のどこかで会った知人たちと次々と再会した。
夜8時に館内の一番大きなオーディトリアムでWOMEXの開会式が始まった。WOMEX代表による短いスピーチに続き、フィンランドの教育科学大臣とタンペレ副市長も英語でスピーチを行った。フィンランドは男女平等先進国と言われるだけに、教育科学大臣、そして副市長ともに女性だった。34歳のサンナ・マリン氏が世界で最も若い女性首相に選出されたのはこの二ヶ月後だ。
WOMEX初日は前夜祭のようなもの。まだまだ閑散としている
悪友のアフメトジャン(左)とダン(右)は夕方6時過ぎに到着
タンペレホール内最大のオーディトリアム
タンペレ副市長、ヨハンナ・ローカルスコルピ氏
開会式に続いて、お待ちかねの地元フィンランドの音楽アーティスト4組によるショーケースライヴだ。
最初に登場したのはスカンジナビア半島北部に暮らす少数民族サーミ人の伝承歌唱ヨイクを歌う歌手ヒルダとフィンランド人のアコーディオン奏者のヴィーヴィによる女性デュオのVildá(ヴィルダ)。シャーマンが北極圏の大自然を模倣して歌い唸ったヨイクを元に、現代のポップスやR&Bまでミックスしたヒルダの歌い方はアイスランドのビョークから影響を受けているはず。そしてヴィーヴィはアコーディオン一台でリズム、ベース、メロディー、和音を自在に操り、たった一人とは思えない複雑なアンサンブルを生み出す。北極圏の荒々しい自然を感じさせる美しい民謡だ。
Vildaはサーミ人の歌手ヒルダ(左)とフィンランド人アコーディオン奏者のヴィーヴィのデュオ
二組目は女性ヴァイオリン奏者兼ダンサー、男性ドラマー、男性オルガン奏者のトリオ編成で、キリスト教以前のフィンランド文化や精霊信仰に光を当てるPauanne(ポーアンヌ)。古い録音物を上手く取り入れながら3人が自由に即興演奏を繰り広げ、ペイガン・プログレッシヴ・フォーク・コアとでも呼びたい変態サウンドだ。
ペイガンプログレフォークトリオ、Pauanne
三組目はヨーヒッコというチェロ状の民俗擦弦楽器を全身真っ黒のヘビーメタル的なルックスで弾き語るPekko Käppi (ペッコ・カッピ)。モンゴルの馬頭琴を更にワイルドにしたようなヨーヒッコの「ギーギー」音を従え、北国の悲しげなメロディーをパンキッシュに歌う。楽器まで真っ黒に塗りたくった彼は暗黒の吟遊詩人か?
民俗弦楽器ヨーヒッコを操るメタラーのPekko Kappi
そしてシメはSuistamon Sähkö(スイスタモン・サフク)。長髪をツインテールの三つ編みにした男性DJがヒップホッ~EDM系のエレクトロニックビートを流し、全身を鍛えまくったMC兼ダンサーの男女と女性コンサーティーナ(小型手風琴)奏者が、現在はロシア連邦に属するカレリア地方の民謡に基づいたメロディーを歌う。耳が痛くなるほどのベースサウンドに倒錯的なダンスの組み合わせは単なる悪趣味を超えた強烈な世界!
いやあ、四組全てが想定外! フィンランドのワールドミュージックを一言で形容するなら、言葉はあまり良くないが「変態」だ。同じ北欧のスウェーデンやノルウェー、デンマークの清楚な音楽と比べると、四組全てが異教的、悪魔的と言っていいくらい、すばらしくぶっ飛んでいるのだ。こんな刺激的で未知の音楽に出会いたくて、タンペレまで来たんだよ! 翌日からのWOMEX本番が本当に楽しみになってきた。
フィンランド音楽は一言「変態」(褒めてます!)。WOMEXタンペレ素晴らしい幕開けとなりました
初日のレセプションパーティー。時差ボケがひどかったので早々と退散した
フィンランド伝統料理の朝食
さて、今回後半はその翌朝、ラップランドホテル・タンペレでいただいたフィンランドの朝食を紹介しよう。ラップランドホテルはフィンランド北部のラップランドを中心に全国展開する高級ホテルチェーン。それだけに朝食も地元の食材にこだわった伝統料理をブッフェ形式で提供している。
ラップランドホテル・タンペレの朝食サロンにて。朝8時なのにまだ夜が明けきらない
まずタンペレ名物と言われる血のソーセージ、英語で「ブラックソーセージ」と呼ばれる「ムスタマッカラ」。血のソーセージはフランスの「ブーダンノワール」が有名だが、ムスタマッカラには豚のミンチに血に加えて、大麦が足されている。おかげでレバーにも似た血のくどさが半減され、クリスピーな食感も加わっている。地元民はムスタマッカラ抜きの朝食なんてありえないそうだ。
通常のムスタマッカラも美味いが、この宿では豚肉の代わりにラップランド名物のトナカイの肉と血を使ったムスタマッカラが看板メニューになっていた。トナカイは野性的な牛肉のような味で、脂が少なく、地元食材のコケモモの甘酸っぱいジャムと合わせるといくらでも食べられちゃう!
血のソーセージ、ムスタマッカラをトナカイ肉で!
コケモモのジャムは加工肉にもピクルスにも合う
ムスタマッカラにコケモモのジャムをつけていただく。不思議なマッチング!
次に「カレリアのパイ」を意味する「カレリアンピーラッカ」。ライ麦粉と小麦粉のパイ生地の上にライ麦やお米の粥とマッシュポテトをたっぷりのせてオーブンで焼いた炭水化物オン炭水化物∞のパイだ。これはいくら食いしん坊のオレでも一つ食べれば十分だ、ゲップ。
そして、焼きチーズの「ユーストレイパ」。中東のハルーミチーズに似たチーズをグリルで表面に焼色が付くまで焼いたもの。元々は直径18cmほどの円盤型だが、ここでは2cm角のサイコロ切り。横に添えられた黄色いクラウドベリーのジャムとともにいただく。噛みしめると口の中で「キュッキュ」と鳴るのもハルーミチーズそっくりだ。
主食となるパンはライ麦を使ったものが多いが、中でもフィンランドだけのものとして薄い円盤状のパン「ハパンレイパ」がある。かなり硬めのサワーブレッドで、ベーグルのように水平にスライスしてチーズや加工肉を挟んでいただく。これは日本のアイヌ料理のジャガイモの発酵保存食「ポッチェイモ」を思い出した。
カレリアンピーラッカ。見た目は美味そうだが、重いので一個で十分
焼きチーズのユーストレイパ。左奥のガラス瓶にはクラウドベリージャム
一番中央がライ麦の薄焼きパンのハパンレイパ。スモークサーモンとチーズをはさんで!
これらの他にブッフェのテーブルに並んでいたのはスモークサーモン、鮭の身を焼いてほぐしたもの、スモークしたタラ、オイルサーディン、ニシンの稚魚のオイル漬け、ニシンや鮭のピクルス、トナカイ肉をコンビーフやプルドポークのように柔らかく煮た煮物、ベーコンやハムなどの加工肉、キュウリや人参のピクルス、様々な種類のチーズ、グリーンサラダなどなどなど。
おっと、ラズベリーやブルーベリー、イチゴやスグリなどの森のベリーのコンポートやジャムも忘れちゃいけない!
新鮮な鮭の身をドーンとまるごとグリルして、ほぐしたもの
ニシンの稚魚のオイル漬け
スティック野菜やピクルス
森のベリーのコンポートは小さな粒状のチーズにかけていただく
フィンランドの地元朝食惣菜ばかりを一皿に並べて
そして、前夜にレストラン『ダバル』で口にして、フィンランド料理に対する見方がガラっと変わったトウヒのピクルスをそのまま使ったグリーンスムーチー! トウヒの清々しい、森の自然そのもののような鮮烈な味のスムーチーだ。これはピンク色の森のベリーのスムーチーとともに最低3杯はお代わり必至だ。
右はトウヒのグリーンスムーチー、左は森のベリーのスムーチー。どちらも北国の一日を始めるのに最高!
そして見るからにオレの大好物、森のベリーのコンポートをたっぷりのせたパンケーキ。これだけあれば一日、他に何も要らない!
そんなワケで、フィンランドで美味いモノが全然見つからず、あわよくば痩せて帰ろうという僕の元々の魂胆はラップランドホテル・タンペレの地元料理朝食ブッフェを前に早くも崩れ去ったのだった。
次回以降、サウナの首都タンペレが誇る湖畔の公衆サウナ、ラウハニエミサウナのレポートに続きます!
鴨肉のロースト、オレンジソースを合わせて
今回の料理は年末やクリスマス前にぴったりの鴨料理! 鴨の胸肉ローストに、ちょうどお歳暮に届いた愛媛県特産の高級みかん「恋まどんな」を使ったオレンジソースを合わせてみよう!
■鴨の胸肉ロースト、恋まどんなソース
【材料:2人分】
鴨胸肉:1枚(300g)
恋まどんな:1と1/2個(オレンジで代用可)
オレンジビネガー:大さじ2 (バルサミコ酢やワインビネガーで代用可)
砂糖:大さじ1
白ワイン:大さじ2
100%リンゴジュース:大さじ2
コリアンダーシード:小さじ1/2
カイエンヌペッパー:小さじ1/2
ローリエ:1枚
バター:20g
塩:小さじ1/2
胡椒:少々
【作り方】
1.恋まどんな1個はピーラーで皮をむいてから、レモン絞りで果汁を絞る。飾り用の1/2個は横方向に5mm幅でスライスしておく。鴨胸肉は皮に1cm幅で格子状に包丁を入れておく。
2.フードプロセッサーに、恋まどんなの果汁と皮、オレンジビネガー、砂糖、白ワイン、佐藤、白ワイン、りんごジュース、コリアンダーシード、カイエンヌペッパーを入れ、皮とコリアンダーシードが砕けるまで撹拌する。
3.フライパンを強火にかけ、十分温めてから、鴨胸肉の皮を下にして焼く。皮から脂が出てきたら中火にし、フライパンを斜めにして、スプーンで脂をすくい、鴨肉全体に脂を回しかける。肉をひっくり返し、全体にこんがり焼色が付いたら、200度に熱したオーブンに入れ、5分加熱する。肉に刺す温度計があるなら、内部が60度になればOK。オーブンから取り出して、冷めないようにアルミホイルを巻いておく。
4.その間に小さな鍋に2を入れ、中火にかけ、沸騰したら弱火にし5分煮てから、バター、塩、胡椒で調味し、火を止める。
5.鴨胸肉をよく切れる包丁で薄切りにし、平皿に並べ、4のソースを回しかけ、飾り用の恋まどんなを周囲に置いて完成。付け合せにはフライドポテトやピクルス、サラダなどを忘れずに。
鴨の胸肉ロースト、恋まどんなソースの完成。恋まどんなは皮が薄くて、実がプルプルで甘くて最高に美味いんだ! 他にも紅まどんなという品種もあるらしい
(フィンランド編、次回に続きます。お楽しみに!)
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*著者の最新情報やイベント情報はこちら→「サラームの家」http://www.chez-salam.com/
*本連載は月2回配信(第1週&第3週火曜)予定です。〈title portrait by SHOICHIRO MORI™〉
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サラーム海上(サラーム うながみ) 1967年生まれ、群馬県高崎市出身。音楽評論家、DJ、講師、料理研究家。明治大学政経学部卒業。中東やインドを定期的に旅し、現地の音楽シーンや周辺カルチャーのフィールドワークをし続けている。著書に『おいしい中東 オリエントグルメ旅』『イスタンブルで朝食を オリエントグルメ旅』『MEYHANE TABLE 家メイハネで中東料理パーティー』『プラネット・インディア インド・エキゾ音楽紀行』『エキゾ音楽超特急 完全版』『21世紀中東音楽ジャーナル』他。最新刊『MEYHANE TABLE More! 人がつながる中東料理』好評発売中。『Zine『SouQ』発行。WEBサイト「サラームの家」www.chez-salam.com |