ホセ・ムヒカ突撃記

ホセ・ムヒカ突撃記

#04

いざ出陣!! にしてもウルグアイは遠かった……! テロのために空港で長い時間待たされたし

 

 

 

文・佐藤美由紀

 

 

かくして、私たちのウルグアイ行きは確定した。

 

何はともあれ、取材旅行の基本、日程を決めなくては何も始まらない。
ということで、旅行の期間は3月21日から28日までと決めた(28日というのはウルグアイを出国する日。日本時間はウルグアイ時間のプラス12時間と時差があるため、ウルグアイを出国するのが28日の正午以降であれば、日本時間で言うなら29日ということになるのだが。ややこしい……)。

 

次は飛行機のチケットだ。
当然ながら日本からウルグアイまでの直行便はない。

 

では、どこをどう経由して行くのか。
結論から言うと、東京(成田or羽田)からウルグアイの首都モンテビデオまでの行き方はどうとでもなる。いかんせん、ウルグアイは日本のほぼほぼ真裏の、遠い、遠い国である。飛行機が飛んでいるところなら、どこをどう経由しても辿り着けるのだ。
が、料金やフライト時間、トランジットの待ち時間などを考えると、効率的なのは、アメリカ、あるいは、ヨーロッパを経由する行き方らしい。と言うと、二択かと思うかもしれないが、アメリカのどこかの都市、あるいは、ヨーロッパのどこかの都市、ということなので、選択肢は結構ある。
日程や予算から絞り込んでいった結果、私たちは、成田→ダラス→マイアミ→モンテビデオというアメリカ経由を選択することになった。飛行機はアメリカン航空だ。

 

私と担当編集Iさんが、やれ飛行機はどうする、やれホテルはどこにする、などとやっているとき、取材のコーディネーターを引き受けてくれた、在東京ウルグアイ人のカメラマン・ダニエルは、ムヒカ以外の取材対象者を絞り込むなどして、現地での取材の準備を着々と進めてくれていた。

 

ムヒカ側近の中堅政治家、ムヒカの弟子とも言える若手政治家、ムヒカの隣家に住む家族のような存在の政治家、ずっとムヒカを追いかけて取材もし、ムヒカのことを一冊の本にまとめたジャーナリスト、ムヒカと交流がある人気パフォーマンス集団のゼネラルディレクター兼パフォーマー……。

 

ダニエルは、いろいろなことをリサーチして、まず、取材に値する人をピックアップし、わざわざネットの記事や写真を貼り付けて、「こんな人ですよ〜」と私たちにメールで教えてくれた。そして、問題がなければ、彼らの連絡先を調べて、取材のオファーをするという寸法だ。
問題などあろうはずがない。「どんどん進めてください!」である。

 

たとえ驚愕のアポなし訪問だとしても、「五分の可能性に賭ける」と腹をくくったら、もう前に進んでいくしかないじゃないか!!

「もしムヒカに会えなかったら……」という一抹の不安をかき消すように、私は自分を奮い立たせていた。

 

と、そんなとき、ふと、自室の本棚にある小冊子が目に入る。
もう随分と前に古書店でたまたま見つけて購入したものの、ほとんど開くこともなく、本棚の隅っこに入れて忘れ去っていた一冊。
『日本万国博覧会 公式ガイド』、1970年開催の、いわゆる大阪万博(EXPO’70)のガイドブックだ。
手に取ってパラパラとめくってみる。
冊子には世界の国々が出展しているパビリオンが紹介されていたのだが、「ウルグアイはあるのかしらん?」と思いつつ。

 

あった!
あるにはあったが、表記は「ウルグアイ」ではなく、「ウルガイ」……。
「Uruguay」のカタカナ表記が「ウルガイ」でも間違ってはいない気がするが、ウルガイ、ウルグァイ、ウルグアイ……。いつの間に、「ウルガイ」から今の「ウルグアイ」になったのだろう。
そういえば、昔、大人たちは「Guam」のことを「ガム」と言っていませんでしたっけ!? 

それがいつしか「グアム」と言われるようになったみたいに、「ウルガイ」も時を経て「ウルグアイ」になったのだろうなぁ。

 

それにしても。
このことを知っている日本人はどれだけいるのか。「あぁ、私も昔は〝ウルガイ〟と言っていましたわ」などと懐かしむ人など、果たして存在するのか……。

 

と、EXPO’70の公式ガイドブックの中に見た「ウルガイ」の表記から端を発して思いを巡らせた私は、これから自分が行こうとしている国の遠さ(物理的にも心理的にも)を改めて痛感したのだった。

 

「ウルグアイ」はかつて「ウルガイ」と呼ばれていたことを証明する「EXPO’70」の公式ガイドブック。いつから「ウルグアイ」になったのかは不明だが、少なくとも大阪万博が開催された1970年当時はまだ「ウルガイ」だった。

 

 

「馴染み薄いねぇ……」

 

などと苦笑しているとき、ダニエルが「これを見てください。これから行こうとしているモンテビデオのイメージがつかめると思います」と言って、あるURLをメールで送ってくれた。
コマーシャルのメイキング映像が見られる、ビールメーカーのアドレスだった。

 

私たちがムヒカをアポなしで突撃することを決意して、急にバタバタし始めた2016年3月初頭、桜吹雪が舞う街が舞台の、福山雅治が登場するビール(アサヒスーパードライ)のコマーシャルがテレビで流れ始めていた。

 

ダニエルによると、モンテビデオこそが、その舞台となった街。

 

メーカーのプレスリリースによると、撮影はひとつの都市(モンテビデオという言葉はどこにも出てこない)を完全に貸し切って、1トンもの桜吹雪を特殊な仕掛けで実際に降らせたらしい。
そこまで大掛かりなことをやっただけのことはあり、テレビ画面で見る、街に大量の桜の花びらが舞い散るさまは圧巻だった。
あまりテレビを観ない私も、ダニエルに言われて、「ああ、あのコマーシャルね」とすぐに思い至ったほどだ。

 

ウルグアイの首都モンテビデオの旧市街は、植民地時代の街並みを今に伝えるエリア。中央の建物はモンテビデオのランドマーク「サルボ宮殿」。2016年3月初頭から流された「アサヒスーパードライ」のCMでは、特殊装置で1トンもの桜の花びらを舞い散らせ、この辺りはピンク色に染まった。

 

 

なぜ、モンテビデオがロケ地に選ばれたのだろう。
当時は、出発前の準備に加えて、別件の仕事の締め切りを抱えて怒涛の日々を過ごしていたため、メーカーに問い合わせるところまで思いが至らなかった。今回、この原稿を書くにあたって、メーカーの広報に聞いてみたところ、即答は得られず、結局、ロケ地としてモンテビデオが選ばれた理由はわからずじまい。
ダニエル曰く、「人件費とか、ロケにかかるお金が安かったからじゃない?」。

うーん、真実はわからない。

単に、決定権のある、CM関係者の誰かが彼の地に行きたかっただけだったりして……。

 

いずれにしても、あのコマーシャルが放映されている間、たくさんの人がウルグアイの首都の街並みを目にしていたのは確かなことだ。
私を含め、多くの日本人にとってウルグアイは馴染みの薄い国だけれど、案外、これと同じように、馴染みのない国に、実は知らず知らずのうちに馴染んでいたりするのかもしれないなぁ。
以後、あのコマーシャルを目にするたび、そんなことを思うようになり、そして、そのロケ地となった街にもうじき降り立つのかと思うと、私の気分は高揚した。

 

 

 

2016年3月21日、私とダニエルは、17時15分発の AA(アメリカン航空)060便で成田(成田国際空港)を飛び立った。別件ですでにアメリカ入りしていたIさんとは経由地のマイアミで落ち合うことになっていた。

 

最初の経由地ダラス(ダラス・フォートワース国際空港)までのフライト時間は約11時間30分。
長い……。
飛行機の中でどうしていたのか。記憶が定かでないのだけれど、ビールを飲んで爆睡に努めていた気がする。

 

日本のほうが14時間進んでいるダラスには、現地時間の15時前に到着し、今度は、16時55分発AA 2391便に乗り換えてマイアミ(マイアミ国際空港)に向かう。

ダラスからマイアミまでは3時間弱。
 12時間弱のフライトを乗り越えてきた身には、3時間などなんでもない。それに、このフライトを終えれば、頼もしい(!?)Iさんとの再会が待っている!!

 

マイアミには予定通り、現地時間20時30分頃に到着した。

 

 Iさんとは、次に乗る便の搭乗ゲート付近で落ち合うことになっていたが、私とダニエルがゲートに行くと、Iさんはすでに到着していて、ベンチに座っていた。
お互いの姿を認めて「あ〜」と手を振り合う私たち。異国の地での感動的な再会……ではなく、軽飲みの約束をして、JR中野の北口付近で待ち合わせをしたときの、あの感じ……。こんなところに来てまで中野を引きずるか!? というような、不思議な感覚に私は包まれたのだった。

 

次に乗るのは、マイアミ発21時44分のAA989便。
あまり時間はなかったが、「とりあえずお茶でもしましょう」と言いつつ、ゲート近くのカフェに入ってビールで乾杯。軽く飲んでいるうち搭乗時間になるだろうと思っていたら、読み通り、ジョッキ一杯飲み干した頃にアナウンスがあり、私たちは無事、飛行機に乗り込んだ。
だが、しかし。
乗客は、座席に着いてシートベルトもしっかり締めてスタンバイしているというのに、飛行機はいつまで経っても離陸する気配がない。
いったい何ごと!?  どうしたっていうんだ!?  早くしようよ……。
乗客の疑問や不満が〝ざわざわ〟になって駆け抜け、そのうち、機内に「うんざり」の空気が充満し始めた頃、「機体故障がどうのこうの」というアナウンス。
そして、私たち乗客全員はいったん飛行機から降ろされ、元いた搭乗ゲート近くで待つことを余儀なくされたのだった。
結局、飛行機が目的地に向けて飛び立ったのは、離陸予定時刻を3時間ほど過ぎた頃だった。

 

 

 

着陸態勢に入って高度を下げる飛行機の窓からの景色。ウルグアイとアルゼンチの間を流れるラ・プラタ河(だと思う、多分)が見えたときには、「いよいよ!」とテンションが上がった。目指すモンテビデオは、この河の河口に広がっている。

 

 

予定では、モンテビデオ(カラコス国際空港)に着くのは現地時間22日の8時過ぎだった。しかし、約9時間のフライトで実際に現地に着いたのは、11時近く。
 長かった。本当に長かった。

 フライトだけで27時間弱。トランジットの待ち時間なども含めると、いったい何時間かかったのか。

モンテビデオの中心部、セントロという地区にあるホテルに到着したのは、3月22日の正午近くだった。日本とウルグアイの時差は12時間。日本のほうが12時間進んでいるので、日本時間にすると、3月23日の午前0時にホテルに着いたことになる。
 成田を出たのは3月21日の午後5時過ぎだから――なんと32時間!

 

そりゃ、疲れるはずだ。

 

とある住宅街。ダニエルのお母さんが住む街で、モンテビデオに着いて最初に訪れた場所。空港からホテルに向かう途中、ダニエルの用事を済ませるために立ち寄った。

 

 

私はクタクタだった。

 

正午過ぎには、インタビューの通訳をお願いしている日系ウルグアイ人のHさんがホテルを訪ねてくれることになっていた。

予定通りなら、ホテルにチェックインしたら、シャワーを浴びて、ちょっとだけベッドに横になって、シャキッとしてからHさんに会えたものを、大幅に時間が後ろにずれてしまったため、部屋に入って荷を解くのもそこそこにしてロビーに降りなければならなかった。

 

 疲れた身体に鞭打ちながらロビーに降りていくと、Hさんが待っていた。
「あ、あの人だ」
 私の頭は回っていなかったけれど、初老のHさんの姿を見て、そう思ったことだけはよく覚えている。実はHさん、例のビールのコマーシャルにエキストラで出演していて、「通訳はこの人に依頼しました」と、事前にダニエルから教えられていたのだ。

 

私たちは、ホテルの近くのカフェに移動して翌日からの取材の打ち合わせをした。
日系1世のHさんは、久しぶりに日本語を話すのが嬉しかったのか、昼間のビールが効いたのか、とても饒舌だった。
私は、Hさんの話に相槌を打ちつつも、「眠たい。ベッドに横になりたい〜」と、そんなことばかり考えていた。

 

着いて早々、通訳のHさんとカフェで打ち合わせ。そのときに飲んだウルグアイ産のビール『PILSEN』。確か、ウルグアイではポピュラーな銘柄だということでHさんに勧められたはず。

 

 

嗚呼、ウルグアイは遠かった……。

 

あとでわかったことが、私たちがマイアミ空港に到着した頃、ベルギーで爆破テロが起きていた。マイアミ空港で長いこと待たされたのは、そのせいだったらしい。爆発があったのは、ブリュッセル空港のアメリカン航空カウンター近くだったため、アメリカン航空はピリピリで、全世界の同社の飛行機を厳重にチェックしたという。あのとき、マイアミの空港では「機体故障が云々」とアナウンスがあったけれど、実は、爆弾が仕掛けられていないかどうかの確認作業で時間を取られたということのようだ。
私の背筋は凍った。

 

 

次号へ続く…!!

 

 

 

 

ウルグアイはブラジルとアルゼンチンに挟まれた小国(面積は日本の約半分)。首都モンテビデオからアルゼンチンの首都ブエノスアイレスまでは飛行機で1時間弱の近さだが、両都市を挟むラ・プラタ河をフェリーで行く方法もあり、高速艇なら3時間ほどで行くことができる。

 

 

 

ホセ・ムヒカ氏から日本人へのメッセージ

 

 

 

 

佐藤美由紀(さとう みゆき)

ノンフィクション作家、ライター。広島県福山市出身。各種の雑誌や書籍に人物ルポや社会レポートなど様々な分野の記事を執筆。2015年7月に上梓した『世界でもっとも貧しい大統領 ホセ・ムヒカの言葉』がベストセラーに。その後、ムヒカの祖国ウルグアイに2度足を運び、ムヒカ本人と妻ルシアを取材して『世界でもっとも貧しい大統領 ホセ・ムヒカ 日本人へ贈る言葉』『信念の女、ルシア・トポランスキー』を上梓。他の著書に『ゲバラのHIROSHIMA』(以上、すべて双葉社)など。また、佐藤真澄名義で児童書も執筆。主な児童書作品に、令和2年度児童福祉文化賞(出版の部)に選定された『ヒロシマをのこす 平和記念資料館をつくった人・長岡省吾』の他、『小惑星探査機「はやぶさ」宇宙の旅』(いずれも汐文社)『いのちをつなぐ犬 夢之丞物語』(静山社)など。

 

 

 

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