料理評論家・山本益博&美穂子「夫婦で行く1泊2食の旅」
39 冬のパリ、黒トリュフと生牡蠣
文と写真・山本益博
「ランブロワジー」で黒トリュフ、「ル・ドーム」で生牡蠣を堪能する
今年の冬のパリは、曇天の空が多く、しかも冷えますが、気分はワクワクします。なぜかというと、「トリュフ」の季節だからです。
「トリュフ」には、白と黒があり、白トリュフの季節は9月下旬から12月末まで、黒トリュフは12月から2月末がシーズンです。イタリア・アルバ産の白トリュフは「超」がつくほどの高級食材として有名で、熱いパスタやリゾットなどの上からスライスすると、俄然力を発揮して、食べる人を桃源郷に誘います。
それに対して、黒トリュフは加熱して香りが立ち昇る魔力があって、私は、どちらかというと「黒トリュフ」派。その黒トリュフと相性がいいのが、フォアグラなどの油脂、卵の黄身、じゃがいも、セロリの根、菊芋など、トリュフと同じ地下茎の植物、それに米、小麦などの穀類とヴァラエティに富んでいます。
今から40年以上前、日本ではフレッシュのトリュフが味わえませんでした。フォアグラのテリーヌの中央に消し炭の如く鎮座していたのがトリュフで、味も香りも失せていて、とても「世界の三大珍味」とは程遠いものでした。30年前トリュフの季節の真っ只中、トリュフの扱いに長けたシェフの名品を味わった私は、本物の最高を知った驚きと、トリュフの妖艶な香りの虜になってしまいました。
その「トリュフ料理」の傑作の一皿が、パリのランブロワジーの「トリュフのパイ包焼き」です。フォアグラを分厚く切ったトリュフでサンドし、パイ皮で包みこんで焼き上げた一品。「ランブロワジー」は、パリで最も長い間、「ミシュラン」の3つ星を堅持している名店で、「トリュフのパイ包焼き」は、冬に季節が到来すると必ずメニューに載るスペシャリテです。
こんがりと焼きあげられたパイ皮をナイフで丁寧に二つに切り分けます。その瞬間、中から妖艶な香りが立ち昇り、誰もがしばしうっとりします。
フォアグラの脂にトリュフの香りが溶け、そこにパイ生地の旨味が加わり、天上の美味となります。この一皿をいただくために、「冬のパリ」にやってくる価値があると言えます。
トリュフのパイ包焼き
もう一つ、「冬のパリ」で忘れてはならないのが、生牡蠣です。店頭で生牡蠣の殻を一瞬で剥がしてしまう妙技が見られるのも、「冬のパリ」の風物詩です。魚介料理でしたら、かつては「プルニエ」が有名でした。3,40年前でしたら、「ル・ロワ・デ・コキャージュ」へ出かけていましたが、近年はモンパルナスの「ル・ドーム」です。
アール・デコの内外装が美しい「ル・ドーム」
店頭に並ぶ新鮮な生牡蠣
注文するのはいつも決まっていて、生牡蠣をフィヌ・クレール、スペシャル、ブロン、パピヨンなど種類ごとに7種1個ずつ選び、パロールド(あさり)プレール(小はまぐり)を付け加えてもらいます。生牡蠣はレモンを垂らさず、貝柱をナイフで殻から外したら、胡椒を微かに挽き、フォークで刺さずにするりといただきます。すると、パリに居ながらにして、口の中にブルターニュの潮の香りが広がります。「Tsarskayas(サルスカヤ)」という名のモンサンミッシェルの牡蠣がヨード香がして、一番人気でした。
見事な生牡蠣プレート
ナイフを使って貝柱を剥がす「Tsarskayas(サルスカヤ)」
ホテルは9区、メトロ「グラン・ブールヴァール」駅近くの「34B」に泊まりました。リュー・ド・ベルジェ―ル34番地にあるところからつけられたホテル名です。日本でもニュースで流れた1月の「パリのガス爆発」の現場は、このホテルからわずか100メートルほど離れただけのパン屋さんでした。朝9時に起こったこの爆発、初めは「テロ」か?と誰もが思い、ホテルマンから決して建物から出ないようにとの指示でしたが、ガス爆発とわかると、今度は一刻も早くホテルから出て避難するようにとのこと。人生初めての経験でした。
パリ9区の繊細なこだわりのフレンチデザインホテル
フランスらしいエスプリとインテリアのレセプション
次回は、赤湯温泉です。
*この連載は毎月25日に更新です。
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山本益博(やまもと ますひろ) 1948年、東京・浅草生まれ。早稲田大学第ニ文学部卒業。卒論が『さよなら名人藝―桂文楽の世界』として出版され、評論家としてスタート。幾度も渡仏し三つ星レストランを食べ歩き、「おいしい物を食べるより、物をおいしく食べる」をモットーに、料理中心の評論活動に入る。82年、東京の飲食店格付けガイド(『東京味のグランプリ』『グルマン』)を上梓し、料理界に大きな影響を与えた。長年にわたる功績が認められ、2001年、フランス政府より農事功労勲章シュヴァリエを受勲。2014年には農事功労章オフィシエを受勲。「至福のすし『すきやばし次郎の職人芸術』」「イチロー勝利への10ヶ条」「立川談志を聴け」など著作多数。 最新刊は「東京とんかつ会議」(ぴあ刊)。
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