台湾の人情食堂
#93
香港vs台湾、庶民派グルメ対決
文・光瀬憲子
前回に続き、台湾の兄貴的な存在である香港の食文化を、台湾のそれと比較しながら紹介しよう。
先月訪れた香港はデモの影響で外国人旅行者が少なく、ホテルや観光名所はガラガラだった。そのせいか、普段はせわしなく歩く香港の人々も少しのんびりと、落ち着いているように見えた。
香港は、高層ビルが立ち並ぶオフィス街の「香港島」側と、ショッピング街や飲食店などが集まる「九龍」側とに海を隔てて分かれている。九龍側は中国と陸続きになっていて、北へ行くほど下町情緒にあふれている。もちろん、下町グルメファンの私は九龍側を重点的に歩いてみた。
九龍側からビジネス街、香港島を望む
怪しげな赤い串揚げの正体
九龍の尖沙咀(チムサーチョイ)や佐敦(ジョーダン)あたりを散歩していると、街角のスタンドに目がとまる。台湾の小吃屋台やドリンクスタンドに似ていて、店頭には女将さんらしき女性の姿が。店の前面には、焼き鳥のような串ものから、麺類や丼もの、ワッフルやジュースまでさまざまなメニュー写真が掲げられている。
香港の街角にコンビニと同じ頻度で店を構えるスナック店。香港の若者がこよなく愛するジャンクフードが見つかる
甘いものだけでなく、豚モツや揚げ豆腐などの買い食いスナックも多い。台湾よりも値段は高め
カウンターの向こうを覗いてみると、そこには揚げ豆腐やモツのようなものが並んでいて、台湾の黒白切(モツのスライス)屋台を連想させる。食べ方や形態は微妙に違うようだが、やはり同じ中華圏。私は正体不明のスナックのなかから、赤色をした何かがグルグル巻きにしてある串ものを頼んでみた。
すると、女将さんはその場で串ものを油で揚げ、紙袋に入れて手渡ししてくれた。これは台湾の鹽酥雞(唐揚げ)と同じスタイルだ。屋台で好きな食材を選ぶと、店主がサッと揚げて紙袋に入れてくれる。香港も台湾も、屋台の脇に置いてある調味料をセルフで追加できる。
台湾の鹽酥雞(イェンスージー)。注文を受けてから軽く揚げて紙袋に入れて出してくれる
赤いグルグル巻きの正体はブタの大腸だった。揚げたものは外がカリカリ、中がモチモチで、噛むとモツの甘みが口いっぱいに広がる。1本30香港ドル(400円)はかなり高い気がするが、これが香港スナックの相場ということだろう。
赤く着色した湯葉で大腸を巻き、串刺しにして油で揚げたスナック。1本約400円。なお、この店の冷蔵庫にビールはなかった
このスタンドではチマキも売っている。台湾南部の茹でたチマキのように、餅米がねっとりやわらかい。特徴的なのは、香港チマキには叉焼(チャーシュー)が入っていること。ここにも香港人のソウルフードが生かされている。
ボリュームたっぷりの香港チマキ。中には香港のソウルフード、チャーシューが入っている
街角にはドリンクスタンドも多い。最近は「台湾風」と銘打ったタピオカミルクティーも人気
香港の定番スイーツ
九龍側の街なかには伝統スイーツを売る店も多い。台湾ではマンゴーやタロイモのスイーツが有名だが、香港も負けてはいない。台湾南部と同じくらいの緯度に属する香港は冬も暖かく、スイーツに果物が使われることが多い。
私がいただいたのはオレンジ色の可愛らしい汁物スイーツ「楊枝甘露」。香港の定番デザートらしく、あちこちで見かけた。マンゴー、タピオカ、ポメロ(柑橘系の果物)を合わせたとろみのある冷たいスイーツだ。甘みの強いマンゴーと柑橘系のさっぱりした香り、そしてタピオカのプチプチした食感が楽しい。
他にもキクラゲや蓮の実を使った甘いスープなど、台湾の伝統スイーツと似たものは多い。実は、こうした複数の食材を混ぜ合わせた色鮮やかなスイーツは香港発祥だと言われている。
香港の伝統スイーツ「楊枝甘露」。マンゴーの甘みと柑橘系の酸味がほどよくマッチ
台湾伝統スイーツの代表、豆花にタロイモ団子や小豆などをトッピングしたもの
「氷室」はシニア天国
街を歩いていてもうひとつ気になったのが、「冰室」という看板だ。「氷」という字と、古い喫茶店風の店構えから、冷たいスイーツを出すお店を連想して入ってみたのだが、なんと店内にいるのは高齢者ばかり。場所によっては若者も立ち寄るようだが、半数以上がおじいちゃん。なぜか女性客は少ない。
「冰室」のおじいちゃんたちは、新聞を読んだり、一人で読書をしたり、仲間と雑談をしたり、持て余した時間をそこで消費しているように見えた。
街のいたるところで見かける「冰室」はいわゆる喫茶店だが、コーヒーや紅茶だけでなく焼きそばまで売っている
冷たいスイーツがあると思ったのだが、それも私の思い込みで、ミルクをたっぷり入れたホットコーヒーが一番人気らしい。
冰室というのはもともと「冷たい飲料を出すカフェ」という意味で使われていた。この手のカフェは中国南部の廣州で始まり、戦後香港で流行したようだが、時代とともに若者があまり寄り付かなくなり、高齢者の憩いの場となった。
だが、なかにはメニューに工夫をこらして若者や旅行者を呼んでいる冰室もある。
お昼どきにひときわ混雑する『金華冰室』には、焼いたメロンパンにたっぷりのバターを挟み、甘い紅茶といっしょにいただくという悪魔のようなメニューがある。これが若者の間で流行し、ちょっとしたブームになっているのだ。
「冰室」で人気の“悪魔の”メロンパン。カリッと焼いたパンにはバターがたっぷり挟んである
冰室は営業時間が長く、早朝から夜中まで営業していることが多い。そして朝は香港独特の朝食もいただける。香港でも台湾のように朝からお粥に油條(揚げパン)を浸して食べているに違いない、と思っていたのだが、なんと香港で定番の朝食は日本のインスタントラーメン「出前一丁」だった。
朝、「冰室」を訪れると、インスタント麺をすする人たちの姿が目立った。どんぶりにインスタント麺、その上に目玉焼きとチャーシューがのっている。朝食にはちょっと重そう。
だが、食べてみるとこのラーメン、驚くほど旨い。決め手はどうやらスープにあるらしい。この店で出てきたのは鶏ガラっぽい塩味。これなら朝から食べられる。香港のインスタント麺なら通常料金なのだが、麺を「出前一丁」に変更すると追加料金を取られる。まさか日本のインスタント麺が香港の朝の味になっていようとは。
香港人が大好きな朝食は、なぜか日本の「出前一丁」だった。香港のスーパーには、チキン、海鮮、XO醤など、日本では見たことのない多様な味の「出前一丁」が並んでいる
日本、台湾、香港…、同じ食材がアジアの異なる土地でそれぞれの変化を遂げている。目玉焼きとチャーシューがのった出前一丁をすすりながら、なんだか愉快な気分になった。
*11月6日(水)18時半~20時、筆者の翻訳・通訳講座があります
会場:栄中日文化センター(名古屋)
概要:アメリカや台湾留学後、技術翻訳やビジネス通訳を経て、現在は台湾取材通訳やアジア映画の吹替翻訳までこなす光瀬憲子が、翻訳・通訳業のリアルを語ります。
詳細、お申し込みは↓
http://www.chunichi-culture.com/programs/program_183941.html
*双葉文庫『ポケット版 台湾グルメ350品! 食べ歩き事典』が好評発売中です。旅のお供にぴったりの文庫サイズのポケット版ガイド、ぜひお手にとってみてください!
発行:双葉社 定価:本体648円+税
*単行本『台湾の人情食堂 こだわりグルメ旅』が、双葉社より好評発売中です。ぜひお買い求めください!
定価:本体1200円+税
*本連載は月2回(第2週&第4週金曜日)配信予定です。次回もお楽しみに!
![]() |
著者:光瀬憲子 1972年、神奈川県横浜市生まれ。英中日翻訳家、通訳者、台湾取材コーディネーター。米国ウェスタン・ワシントン大学卒業後、台北の英字新聞社チャイナニュース勤務。台湾人と結婚し、台北で7年、上海で2年暮らす。2004年に離婚、帰国。2007年に台湾を再訪し、以後、通訳や取材コーディネートの仕事で、台湾と日本を往復している。著書に『台湾一周 ! 安旨食堂の旅』『台湾縦断!人情食堂と美景の旅』『美味しい台湾 食べ歩きの達人』『台湾で暮らしてわかった律儀で勤勉な「本当の日本」』『スピリチュアル紀行 台湾』他。朝日新聞社のwebサイト「日本購物攻略」で訪日台湾人向けのコラム「日本酱玩」連載中。株式会社キーワード所属 www.k-word.co.jp/ 近況は→https://twitter.com/keyword101 |