韓国の旅と酒場とグルメ横丁
#90
新刊『美味しい韓国 ほろ酔い紀行』写真館〈2〉
9月14日発売予定の新刊『美味しい韓国 ほろ酔い紀行』の発売を前に、本コラムでは、ページの都合でボツにせざるをえなかった写真、あるいは本当はカラーで掲載したかった写真を見ながら、取材の思い出を数回に渡って語っていく。シリーズ2回目は東海岸を束草→江陵→三陟と南下する。
束草の青湖洞で仕掛けの手入れをする人々(雪岳大橋より撮影)
束草(ソクチョ)
夏が終わり、秋の気配が感じられるようになると恋しくなる牡蠣。韓国は牡蠣(クル)を美味しく食べる天才ではないかと思うことがある。よく知られているのはクルポッサム。生牡蠣と茹で豚肉とキムチが大皿に盛られて出てくる。牡蠣の風味と豚肉の旨味をキムチの辛酸っぱさが上手くまとめていて、最高のおかずにして、最高の酒肴である。このほか、牡蠣のチヂミ(クルジョン)、ピンデトッの付け合わせとして添えられる牡蠣の塩辛も美味しい。写真のように牡蠣と切り干し大根をキムチとサッと和えたものも旨い。これは束草の人気食堂『オンギネパプサン』の副菜
束草の市外バスターミナルで待機しているとき、ある映画のワンシーンを思い出した。ソウルに定着した脱北者のせつないラブストーリー『約束』(原題:国境の南側)である。平壌から脱北した主人公(チャ・スンウォン)と、そのあとを追って韓国に入った彼女(チョ・イジン)は、束草で一夜を過ごしたが、早朝、彼女は別れも告げずに去っていった。主人公はあわててバスターミナルに向かったが、彼女を乗せたバスはまさに走り出そうとしていた。そんな場面だった。この映画は、アジア全域で人気を博したドラマ『宮廷女官チャングムの誓い』のイ・ビョンフン監督にインタビューしたとき、監督がお気に入りの映画として挙げていたこもあり、とくに印象に残っている。日本映画では、別れの場面は鉄道駅で撮影されることが多いような気がするが、庶民の足としてバスの役割がまだまだ大きい韓国では、ターミナルは別れの舞台装置として健在である
江陵(カンヌン)
江陵の林唐洞にあるカムジャオンシミ(ジャガイモのすいとん風)の店で食事するとき、近くの壁画村を見物した。殺風景な住宅街の壁に絵を描いて観光名所化する試みが全国的に行われるようになって10年以上経つだろう。当初は子供だましのように感じていたのだが、自分も年をとったせいか、最近は壁絵に添え書きされたメッセージに釘付けになったりする。なかでもいちばん上の写真の絵に添えられた「母さんのごはんが恋しいこの頃です」にはほろっときてしまった。作者の意図はわからないが、子供の頃は母に何かしてもらうのはあたりまえだったが、自身が大人になり、子供をもつようになると、母のありがたみが身に染みるようになる。そんなとき、こんな気持ちになるのではないだろうか
ドラマで見たことがあるかもしれないが、この絵のように、両手を上げたままにする動作は韓国の親や教師が子供に与える罰のひとつである。「そんなに大変じゃなさそう」と思った人は一度やってみるといい。地味だが、なかなかつらいことがよくわかるはずだ。韓国ではほかに、モノサシで手のひらや足の裏、ふくらはぎを叩く罰も一般的だ
捕虫網を持って外を走り回る子供。どことなく秋の気配を感じさせる絵だ
江陵の林唐洞では日本時代に建てられたと思われる精米所『林唐パンアッカン』と出合った。私は地方に行って年季の入った精米所のある建物を見つけると、入って見学させてもらうのだが、ここでは鉄の棒を上下させて唐辛子をつく機械や麦をひく機械、トウモロコシを削る機械、ゴマま油を絞る機械など、さまざまな穀物粉砕機を見ることができた
林唐洞の路地裏で昔のままの姿をさらしていた精米所『林唐パンアッカン』の建物
三陟(サムチョク)
久しぶりに訪れた三陟では、韓国各地で出合ったデポチプ(昔ながらの大衆酒場)のなかでも屈指の名店『ボンチョンチプ』の再訪が楽しみだったのだが、残念ながら廃業していた。ほんの数カ月前のことだという。近所の人に聞いたところ、女将(70代)が足が不自由になり続けていけなくなったのだそうだ。前回、初めてこの店を訪れたときは、マッコリを何本も空け、ハシで酒器を叩いて歌うおじさん2人組を叱責する女将の姿や、カウンターでひとり立ったまま焼酎1本を空けサッと立ち去る男性客の姿を見ることができた。健在だったら、まちがいなく韓国大衆酒場ベストテン(地方編)に上位ランクする店だったのだが……。
(つづく)
本連載を収録した新刊『美味しい韓国 ほろ酔い紀行』が、9月14日に双葉文庫より発売になります。韓国各地の街の食文化や人の魅力にふれながら、旅とグルメの魅力を紹介していきます。飲食店ガイド&巻末付録『私が選んだ韓国大衆文化遺産100』も掲載。ぜひご予約ください。
双葉文庫 定価:本体700円+税
*新刊『美味しい韓国 ほろ酔い紀行』発売記念トークイベントを、東京で行います。詳しくは『TABILISTA』の編集部通信やツイッターでお知らせします。ぜひふるってご参加ください。
*筆者の近況はtwitter(https://twitter.com/Manchuria7)でご覧いただけます。
*本連載は月2回配信(第2週&第4週金曜日)の予定です。次回もお楽しみに!
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紀行作家。1967年、韓国江原道の山奥生まれ、ソウル育ち。世宗大学院・観光経営学修士課程修了後、日本に留学。現在はソウルの下町在住。韓国テウォン大学・講師。著書に『うまい、安い、あったかい 韓国の人情食堂』『港町、ほろ酔い散歩 釜山の人情食堂』『馬を食べる日本人 犬を食べる韓国人』『韓国酒場紀行』『マッコルリの旅』『韓国の美味しい町』『韓国の「昭和」を歩く』『韓国・下町人情紀行』『本当はどうなの? 今の韓国』、編著に『北朝鮮の楽しい歩き方』など。NHKBSプレミアム『世界入りにくい居酒屋』釜山編コーディネート担当。株式会社キーワード所属www.k-word.co.jp/ 著者の近況はこちら→https://twitter.com/Manchuria7 |
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