東南アジア全鉄道走破の旅
#80
ミャンマー・東大学線〈1〉
文・写真 下川裕治
ミャンマーの未乗車4路線、乗りつぶしへ
久しぶりのミャンマーだった。『東南アジア全鉄道制覇の旅 タイ・ミャンマー迷走編』で最後に列車に乗ったのは、2017年の5月だった。それ以降、続編の『東南アジア全鉄道制覇の旅 インドネシア・マレーシア・ベトナム編』にかかりっきりになっていた。インドネシアに向かい、マレーシアの未乗車路線を乗りつぶしていった。ミャンマーに出向く時間はなかった。
『東南アジア全鉄道制覇の旅 タイ・ミャンマー迷走編』を読んだ方はわかっているのだが、ミャンマーには乗り残してしまった路線があった。ほとんどがわずかな区間なのだが、それは喉に刺さった魚の骨のように不快感になって残っていた。たしかに本は発刊された。しかしそれとは別に、乗り残したわだかまりは消えることはなかった。
ようやくミャンマーの列車に乗る時間がとれた。乗り残しているのは4路線あった。どこから乗りつぶしてよかったのだが、とりあえずヤンゴン周辺の列車から乗ることにした。
インドネシアなどの鉄道に乗っている間に、ミャンマーはかなり変わっていた。
ビザが免除になった。それまでは電子ビザや到着ビザなど簡略化されつつあったが、短い日数でもビザが必要だった。
しかしビザ免除は僕のような旅行者にとっては曲者だった。免除する代わりに、出国用航空券の提示を求められることがあった。陸路入国はビザが必要……という国もあり、かえって面倒なこともあった。しかしビザ免除後にミャンマーを訪ねた知人はこう知らせてくれた。
「出国用の航空券も必要ないし、入国カードも廃止。すごく楽になりましたよ」
そこまで簡略化していいのかと不安にもなったが、こういうことは黙っていたほうがよかった。へたなことをいうと藪蛇だった。
もっともこのビザ免除は、一応、1年のテスト期間とされている。観光客が増えれば、続けるような気もするが。
空港から市内までのバスも運行されるようになった。それまではタクシーしかなく、1000円以上かかっていた。ところが登場したエアポートバスの運賃は500チャット、約43円という安さだった。運行も20分から30分に1本という頻度だった。
ミャンマーの旅はどんどん楽になっていく……。冷房が効いたエアポートバスの車内で呟いていた。終点がヤンゴン駅というのも、僕にはありがたかった。
ヤンゴン近郊路線の車窓が変わった
東大学線に乗ることにした。以前、ヤンゴン近郊路線を一気に乗りつぶそうとした。まずダゴン大学線に乗り、トーチャンカレー駅に戻り、そこからティラワ線に乗った。東大学線は、ティラワ線の途中にあるオクボスから分岐する。しかし本数も少ないうえに、接続も悪く、東大学線が残ってしまっていた。
東大学線の始発列車は6時55分発だった。切符はホームで買うスタイルは以前と同じだった。運賃は200チャット、約17円。申し訳ないほど安い。
ヤンゴン近郊線の切符はホームで売る。なぜ通常の切符売り場で売らないのか。いまだに謎
ホームで列車を待った。向かいのホームをふと見ると、清掃員の女性がふたり、線路上のおゴミをトングで拾いあげ、ゴミ袋に入れていた。そのためか、ホームや線路が清潔になった。以前はゴミが舞っていたが。
列車は定刻に発車した。なにげなく車窓を見ていた。清潔だった。ゴミがないのだ。以前はひどかった。ヤンゴン駅周辺の線路脇はゴミ捨て場と化していた。
「アウンサンスーチーが提唱しているヤンゴンクリーンキャンペーン?」
改めて線路脇を眺めてしまった。
ひとりのミャンマー人の知人の言葉を思いだした。
「もっとやることはあると思うんです。経済政策とか、ロヒンギャ問題とか。でもいま、アウンサンスーチーは、ヤンゴンを清潔にすることに熱を入れているって話です」
下院でクーンと呼ばれる噛み煙草が議論されたことがあった。ミャンマー人は、キンマの葉にビンロウや石灰を入れて包んだものを噛んでいることが多い。ときどき、ペッと赤い唾液を路上に吐き捨てている。これが街の美観を損ねているという話だった。クーンには発がん性もあるという。
噂ではクーン禁止の急先鋒がアウンサンスーチーだという。この議論は途中で立ち消えになってしまった。国会議員にもクーンを噛む人が多いためだったといわれる。
しかしゴミ問題は成果をあげていた。列車はヤンゴン市内を進んでいったが、線路脇のゴミは劇的に減っていた。列車の窓から平気で物を捨てる習慣も注意されているのかもしれない。ゴミが減った線路は気持ちがいい。しかし列車や線路は相変わらずだった。やがて列車はトーチャンカレー駅に到着した。
造花売り軍団が乗ってきた。かなりかさばる荷物だ。椅子は不自然に高い
朝のトーチャンカレー駅。ヤンゴン行き、東大学行き、バゴー方面行きが待ち合わせをする光景を
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著者:下川裕治(しもかわ ゆうじ) 1954年、長野県松本市生まれ。ノンフィクション、旅行作家。慶応大学卒業後、新聞社勤務を経て『12万円で世界を歩く』でデビュー。著書に『鈍行列車のアジア旅』『不思議列車がアジアを走る』『一両列車のゆるり旅』『東南アジア全鉄道制覇の旅 タイ・ミャンマー迷走編』『東南アジア全鉄道制覇の旅 インドネシア・マレーシア・ベトナム・カンボジア編』『週末ちょっとディープなタイ旅』『週末ちょっとディープなベトナム旅』『鉄路2万7千キロ 世界の「超」長距離列車を乗りつぶす』など、アジアと旅に関する紀行ノンフィクション多数。『南の島の甲子園 八重山商工の夏』で2006年度ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。WEB連載は、「たそがれ色のオデッセイ」(毎週日曜日に書いてるブログ)、「クリックディープ旅」、「どこへと訊かれて」(人々が通りすぎる世界の空港や駅物)「タビノート」(LCCを軸にした世界の飛行機搭乗記)。 |