東南アジア全鉄道走破の旅
#78
カンボジア・プノンペンの空港鉄道〈2〉
文・写真 下川裕治
空港鉄道はディーゼル機関車で、しかも路面を走ってきた
プノンペンの空港鉄道は、列車という常識をみごとに覆して登場した。まず煙をもうもうと吐きながら現れた。一瞬、蒸気機関車かと思った。しかしディーゼル機関車だった。
これはまだ常識の範疇だった。機械の不良か、燃料が粗悪なのか。しかし虚を突かれたのは、路上を走ってきたことだった。
路上?
そう、そこは車が走っている。このために職員を配置し、車を停める。そしてそのなかを進んできたのだ。僕はこれまで、路上を走るタイプは電車しか見たことがなかった。そこを客車が1両とはいえ、ディーゼル機関車が牽引する列車が走る。
こういうことが可能なのだろうか。いや、走ってきたのだから可能なのだろうが、枕木とかバラストとか、そういう線路でなくてもいいのだろうか。ひょっとしたら、すごいアイデアなのかもしれないが、なにか大きな落ち度があるような気もする。
午後3時40分。列車は入線した。といっても単線が道路わきにあるだけだ。
「乗車してください」
女性の案内係に促されて列車に乗り込んだ。両側にロングシートがあるだけの客車だった。車内はしっかりと冷房が効いていた。見るとナショナルの家庭用エアコンが数台、とりつけてあった。
乗客は僕以外に欧米人がひとりだった。
座って発車を待ったが、そこでひとつの疑問が湧いてきた。ディーゼル機関車が先頭で牽引してきた。そのまま、空港脇の駅に停まった。線路は1本しかない。どうやって機関車を先頭にもっていくのだろうか。構造的に線路が2本以上ないと、機関車をいったん切り離し、反対側の先頭にもっていくことはできない気がするのだが。
空港駅に入線した列車。この後、どう発車したかは本文で
出発は午後4時だった。
ディーゼル機関車がまた煙を吐きはじめた。
あああーッ。
やってくれたのである。列車はバックで進みはじめたのだった。路上には再び職員が出て、車を停めていた。その前を、ディーゼル機関車に牽引、いや押されて進んでいった。
線路はその先にも、道路の中央にのびていた。完全な路面列車である。それもバックで進む。
僕は機関車の構造をよく知らない。運転席から後ろがみえるのだろうか。線路は路面にあるから、車やバイクがその上を走ってしまう。列車は警笛を鳴らしながらバックしていくのだが。ここは機関区のなかではない。路上なのだ。
6分ほどバックで走り続けた。そして左に大きくバックすると、通常の線路が見えてきた。
なんだかホッとした。空港列車はその線に入り、停車した。そしてしばらくすると、線路の上を前に向かって走りはじめた。やはり列車は、普通の線路を入ったほうがいい。
今度は線路脇ぎりぎりに家が迫るようになった。そこを抜けると市場になった。線路の両側にぎっしりと店が並ぶ。路上ではなく、単独の線路になると、こういう問題もでてくる。
やっと普通の線路に入った。左側の線路が空港にのびている
線路ぎりぎりまで店がせり出す市場を通っていく。タイのメークロン駅の市場より迫力あるかも
午後4時45分にプノンペン駅に着いた。乗客は僕らふたりだけだった。
駅で訊いてみた。空港からバックで進み、乗り入れた線路は、シアヌークビルにのびる線路だった。もともと空港のそばを通っていたのだ。それほど長くない距離を結べば、空港鉄道を運行することができる。その発想がわからないわけではないが、それで路面線路でいいのだろうか。
駅舎を出、また疑問が湧いてきた。
列車はどうやって空港に向かうのだろうか。
●シリーズ新刊&既刊好評発売中!
双葉文庫『東南アジア全鉄道制覇の旅 インドネシア・マレーシア・ベトナム・カンボジア編』
発行:双葉社 定価:本体657円+税
双葉文庫『東南アジア全鉄道制覇の旅 タイ・ミャンマー迷走編』
発行:双葉社 定価:本体639円+税
*本連載は月2回(第2週&第4週木曜日)配信予定です。次回もお楽しみに!
![]() |
著者:下川裕治(しもかわ ゆうじ) 1954年、長野県松本市生まれ。ノンフィクション、旅行作家。慶応大学卒業後、新聞社勤務を経て『12万円で世界を歩く』でデビュー。著書に『鈍行列車のアジア旅』『不思議列車がアジアを走る』『一両列車のゆるり旅』『東南アジア全鉄道制覇の旅 タイ・ミャンマー迷走編』『東南アジア全鉄道制覇の旅 インドネシア・マレーシア・ベトナム・カンボジア編』『週末ちょっとディープなタイ旅』『週末ちょっとディープなベトナム旅』『鉄路2万7千キロ 世界の「超」長距離列車を乗りつぶす』など、アジアと旅に関する紀行ノンフィクション多数。『南の島の甲子園 八重山商工の夏』で2006年度ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。WEB連載は、「たそがれ色のオデッセイ」(毎週日曜日に書いてるブログ)、「クリックディープ旅」、「どこへと訊かれて」(人々が通りすぎる世界の空港や駅物)「タビノート」(LCCを軸にした世界の飛行機搭乗記)。 |