東南アジア全鉄道走破の旅
#77
カンボジア・プノンペンの空港鉄道〈1〉
文・写真 下川裕治
プノンペンの空港と駅を結ぶ路線が開通した
インドネシアの鉄道を乗りつぶした。残っているのは、ミャンマーとカンボジアだった。
カンボジアは運行がはじまるのを待っている状態である。
2009年、カンボジアの列車は完全運休になった。アジア開発銀行からの融資を受け、鉄道を修復。2011年には、プノンペンとシアヌークビル間、プノンペンとポイぺト間の運行がはじまることになっていた。
しかしそこに横たわるカンボジア時間。2011年になっても、どの路線も運行は開始されなかった。
それから5年。2016年、プノンペンとシアヌークビル間の運行がはじまった。その搭乗記は、この連載で掲載し、『東南アジア全鉄道制覇の旅 インドネシア・マレーシア・ベトナム・カンボジア編』に収録した。その後、ほかの路線も一気に運行が開始されるような気がしたが、カンボジアはそれほど甘くはなかった。またしても静かな時期を迎えてしまう。そして2018年、ポイペトとシソポンの間で運行がはじまった。さらに新しく、プノンペンの空港とプノンペン駅を結ぶ列車の運行もはじまった。
カンボジアからはこんな話も聞こえてきた。2019年の1月1日、プノンペンとシソポン間の運行がはじまる……と。そうなると、カンボジアの鉄道は運休前の状態に戻ることになる。まあ、カンボジアからの話だから、眉につばをつけて聞かないといけない。しかしそういう話があると、つい待ってしまうのだ。
しかし1月1日になっても、なんの動きもなかった。またしても……の感である。
昨年(2018年)の12月。カンボジアに行く用事ができた。乗る機会があったら乗っておく……。効率など度返しして進めないと痛い目に遭う。これまでの乗りつぶし旅で得た教訓が頭をもたげてくる。
空港線に乗っておこう。カンボジアに向かう前にそう思った。
プノンペン空港に着いた。そこで駅の表示を探そうとすると、タクシーのチケットを売るブースの隣に、「ROYAL RAILWAY」のマークが見えた。カンボジアの国鉄である。
「これが発券窓口?」
戸惑いがちに眺めた。特別な発券窓口を想像していたわけではない。しかし一般的には、空港ターミナルに隣接した駅舎か地下駅があるもので、発券窓口はそこにつくられている。だから僕は、駅のマークを探したのだ。鉄道を特別扱いしろといっているわけではないが、タクシーのチケット売り場に並列してブースをつくる発想が意外だった。
「プノンペン駅まで列車で行きたいんですけど」
窓口で訊いてみた。若い男性職員がカンボジア人らしい人懐っこい笑みをつくった。
「2.5ドルです」
カンボジア通貨では10万リエルだった。
切符を買いながら、駅の場所を訊いてみた。「後ろの方」と指で示してくれた。
ブースを離れ、「後ろの方」に向かった。プノンペンの空港は、ターミナルの前に駐車場があり、その向こうが道路になっていた。僕はてっきり、道路を渡ったところに駅舎があるのかと思った。しかし駐車場の脇に立って眺めても、それらしい建物がない。ふと見ると、喫煙コーナーに表示が掲げられていた。
「airport shuttle train」
これだった。しかし矢印の向きは、出発ターミナルの方に向いている。
困って客引きに忙しいタクシードライバーに声をかけてみた。
「あそこに青い建物があるだろ。あれだよ。ただなかなか来ないよ。タクシーなら10ドル。乗ってかない?」
切符を買ったと断り、その方向に向けて歩きはじめた。
空港でやっと見つけた空港鉄道の表示
「あの建物?」
それはどう見ても駅舎ではなかった。道路に沿って建てられたなにかのオフィスのようだ。そもそも平屋である。
しかし行ってみるしかなかった。近づくとカンボジアの鉄道のロゴが見えてきた。そこが駅のようだった。
それはどう眺めても、路面電車の駅だった。道路に面して建てられた車のショールームのようにも見える。
なかに入ってみた。女性職員がひとり座っていた。
「あと5分で列車が来ます。ここで待っていてください」
そこでまた悩むことになる。線路が見えないのだ。駅なのだから脇に線路があるはずなのだが……。ふと道路に視線を移した。
「あった」
線路があった。しかしそれは、路面電車のそれだった。道を横切るように線路が埋められている。
カンボジアの鉄道が電化されたという話は聞いたことがない。僕が乗るのはディーセル機関車に牽引される列車のはずだ。そしてバラストがまかれた線路の上を走る。道路に埋められた線路ではない。
すると警笛が聞こえてきた。
その方向を見た。路上に旗を手にした職員が出、車を停めようとしていた。するとまるで蒸気機関車のような煙を出しながら列車がやってきた。そしてそれが当たり前かのように道を横切ってこちらに向かってきたのだった。
プノンペン空港の鉄道駅。一応、なかは冷房が効いています
プノンペンの空港に列車がやってきた。これはなんだ? 戸惑いの入線です
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著者:下川裕治(しもかわ ゆうじ) 1954年、長野県松本市生まれ。ノンフィクション、旅行作家。慶応大学卒業後、新聞社勤務を経て『12万円で世界を歩く』でデビュー。著書に『鈍行列車のアジア旅』『不思議列車がアジアを走る』『一両列車のゆるり旅』『東南アジア全鉄道制覇の旅 タイ・ミャンマー迷走編』『東南アジア全鉄道制覇の旅 インドネシア・マレーシア・ベトナム・カンボジア編』『週末ちょっとディープなタイ旅』『週末ちょっとディープなベトナム旅』『鉄路2万7千キロ 世界の「超」長距離列車を乗りつぶす』など、アジアと旅に関する紀行ノンフィクション多数。『南の島の甲子園 八重山商工の夏』で2006年度ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。WEB連載は、「たそがれ色のオデッセイ」(毎週日曜日に書いてるブログ)、「クリックディープ旅」、「どこへと訊かれて」(人々が通りすぎる世界の空港や駅物)「タビノート」(LCCを軸にした世界の飛行機搭乗記)。 |