台湾の人情食堂
#76
西側の離島で台湾の兵役を思う〈後編〉
文・光瀬憲子
前回に続き、台湾の兵役の話題。
“金馬賞”と皮肉られる、大陸に面した金門島や馬祖などの離島勤務はきついといわれていたが、実際はどうなのだろうか?
中国本土が目の前に迫る馬祖島にはかつて大規模な軍事基地があった。今は兵士の数が減ったが、島のいたるところにそのなごりがある
「金馬賞」の現実
「金馬賞」と呼ばれる離島での兵役は過酷といわれていたが、昨今では喜ばれることも多いという。なぜだろう?
旅行者やビジネスマンが激しく往来する中国と台湾は、政治的な関係は微妙だが、戦争を始める可能性は高いとはいえない。
だから、離島に配置されてもそれほどの危機感はないのだ。
それに、離島の場合、毎月一週間から十日前後の休みがもらえるほか、旧正月や中秋節などの大型連休になると帰省を考慮して2週間もの休暇がもらえることもある。
そして何より、開放的で豊かな自然のなかで過ごせば、心身ともにリラックスできるのだという。
金門島、馬祖島といえば、今や観光で訪れる人も急増している。私も馬祖島で数日過ごしたことがあるが、台湾本土ではなかなか体験できない開放感と絶景の宝庫だ。食べ物も美味しく、人は気さくで優しかった。
「金馬奨」と嘆かれた金門島や馬祖の離島勤務だが、平和な時代はリゾート気分(?)が味わえるかも
戦争とは縁遠く感じられる人口千人余りの東竿(莒光郷)に残された1対の大砲
兵役は辛いが、よい経験、そして、二度とやりたくない
2018年から4カ月に短縮された兵役だが、従来の2年間を兵役に捧げた男性たちは、当時のことを「辛いがよい経験、そして、二度とやりたくない」と語る。
兵役中、もっとも辛いのは新兵訓練だと多くの人は言う。
新兵訓練中、新兵たちは過酷なタイムスケジュールで体力づくりを行い、軍規を叩き込まれるそうだ。ときには、先輩兵によるシゴキもある。だからこそ、新兵たちは早く体力をつけて強くなろうと必死になるようだ。
私の友達は当初、兵役に備えて丸刈りにするのが嫌だと嘆いていた。18歳といえば前髪が1本ハネていたって気になるお年頃。丸刈りは悲痛な思いだっただろう。
だが、慣れてしまえば本人も周りもなんとも思わなくなるし、何より数カ月の訓練を積んだ友達は目に見えて筋肉が付きく、姿勢もよくなり、男っぽくなっていた。本人は帰省するたびにグチをこぼしていたが、それでも40代になった今、当時を振り返り、「あの2年間があったからこそ、その後のまさざまな苦労を乗り切れた」と語る。
心身ともに辛い2年間を過ごすことは、台湾男子にとってプラスに働くことも少なくないようだ。兵役中に体力の限界まで追い詰められ、上限関係を嫌というほど思い知らされると、その後のすべてが楽に思えてくるという。
辛い仕事も横暴な上司も「兵役に比べればへっちゃら」なのだ。だからこそ兵役の2年間は二度と味わいたくはないが、なくてはならない貴重な経験なのかもしれない。
錆びついた戦車はどこか悲しげだが、今が平和な時代であるという象徴でもある
あの手この手の徴兵忌避
だが、そんな2年間を「無意味だ」と避けて通る人もいる。
いや、実際、多くの若者がなんとか避けて通れないものかと思案する。
知り合いに、兵役の時期に体重を増やして免役された人がいる。彼は18歳の頃、徴兵に備えて1日5食を食べ続け、体重オーバーで免役となった。
若いときの貴重な2年間を無駄にしたくない、というのが彼の主張だったが、こんなふうに兵役を避けて通ろうとする者は少なくない。
喘息や近眼、その他のあらゆる持病を理由に、医師に診断書を書いてもらい、不適任であることをアピールするのだ。
新兵訓練後の所属は本人には選べない。ある意味、運に頼るところがあるが、体力がある、身体が大きいなどの好条件を備えた健康優良児は、比較的過酷な場所に配置になることもある。
その一方で、学業成績がいい人は、知識や学問を求められる場所に派遣される可能性もある。
兵役は台湾男子を育てるという考え方は台湾社会にも浸透していて、就職時やその後の社会で「どこで兵役についたか」はよく話題にのぼる。
そのとき、「免役でした」と答えるのはやはりどこか後ろめたい気持ちになるという。2年間の兵役で、彼らは男として台湾社会で生きていく切符を手にする。切符を持たずに社会人になることは、少なからずその後の人生に影響を及ぼすようだ。
以前は旧正月間近になると軍服姿で帰省する若者の姿をよく見かけたが、今ではそれも少なくなった。日本同様、迷彩服もファッションとなっている
新兵訓練中はとにかく辛い、逃げたい、と嘆いていた新兵たちも、それぞれの持ち場に派遣されると少し違った意識が芽生えるのだという。
別の友人は憲兵のなかでも特殊部隊に派遣され、スナイパーとしての訓練を積んだ。当時は軍事機密だったので、聞いてもどこで何をしているのか教えてくれなかったが、かなり専門的な訓練を積んだようだ。
そうするうちに、不思議と愛国心が芽生えてきたという。そんな彼も、当時の兵役生活を「辛くも甘酸っぱい経験」と語る。
2年間で得るものは大きかった。だが「平和な時代なら、兵役はないほうがいい」と考えるのは当然だろう。
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著者:光瀬憲子 1972年、神奈川県横浜市生まれ。英中日翻訳家、通訳者、台湾取材コーディネーター。米国ウェスタン・ワシントン大学卒業後、台北の英字新聞社チャイナニュース勤務。台湾人と結婚し、台北で7年、上海で2年暮らす。2004年に離婚、帰国。2007年に台湾を再訪し、以後、通訳や取材コーディネートの仕事で、台湾と日本を往復している。著書に『台湾一周 ! 安旨食堂の旅』『台湾縦断!人情食堂と美景の旅』『美味しい台湾 食べ歩きの達人』『台湾で暮らしてわかった律儀で勤勉な「本当の日本」』『スピリチュアル紀行 台湾』他。朝日新聞社のwebサイト「日本購物攻略」で訪日台湾人向けのコラム「日本酱玩」連載中。株式会社キーワード所属 www.k-word.co.jp/ 近況は→https://twitter.com/keyword101 |