ブルー・ジャーニー
#73
アテネ それまでのどの旅よりも贅沢な〈3〉
文と写真・時見宗和
Text & Photo by Munekazu TOKIMI
『もう1個あってもいいねぇ』
娘、谷亮子と別れ、ホテルの部屋にもどった勝美さんは、ベッドの上であぐらを組み、左手に肌色の伸縮性のあるテーピング・テープを、右手にハサミを持ち、明日の柔道女子48キロ級に向けて準備を始めた。
「こんな感じやね」。自分の手をモデルにテーピングの実際を、説明しながら言う。「亮子が体を痛めるとき、かならずぼくも同じ場所が痛くなるんよ。今回もそうやった。合宿の数日前に足首が痛くなったんやだけど、せっかく調子が上がっているときにそれを言っていいのか迷って言わなかった。そうしたら、やってしまった」
「亮子の足の形、筋肉の様子は全部、頭に入っとるから」
ハサミは一瞬としてためらうことなく動きつづけ、切り絵のようなさまざまな形のパーツが、白いシーツの上につぎつぎに並べられていく。
「切れないハサミで切ったテープは、亮子がいやがる。ぼくもいやよね」
角は0・5ミリ切り落とすことが約束。直線は、あくまでまっすぐ。
「失敗したらやりなおせばいいこと」
これくらいいいだろうというまったく感覚はないようで、ほんのわずかなゆがみでも、即座にやり直し。ゴミ箱がみるみるうちに一杯になっていく。
「きちんとしとらんと、いやなんよ。いい仕事は見た目もきれい。自分がいやだと思う仕上がりは、される相手はもっといややからね」
朝一番に巻くテーピング、準決勝用、決勝用のテーピング、そして水をこぼしてしまった場合などのアクシデント用の予備のテーピング、合わせて4セットを切り終えたとき、2時間が経っていた。
――関係者用の身分証明書は持っているんですか?
「そんなもの、ぼくによこすわけがなかろう」
――それじゃ、そのテープ、だれが巻くんですか?
「亮子もテーピングできるけれど、腓骨筋腱は無理よね。背中に貼るようなものやから」
腓骨筋腱は足首の外側を、外くるぶしの後方を通り、足裏にまわりこんでいる腱で、内返し(土踏まずを浮かす動き)を制限する働きを担っている。
「(テーピングを取り替える)時間と場所があるか、それで困っとるのよ」
――もし、巻くことができなかったら?
「60パーセント以内の力で戦うことになるやろうな。それでも(金メダルは)取れると思っとるよ」
「バッグを下に置くな」
勝美さんがスタッフに珍しく強い口調で言う。
――なにが入っているんですか?
「たいしたものは入っとらんよ。入っとらんけど、亮子のもので下に置いたり、汚したりしていいものは、ひとつもないんよ」
2004年8月14日。アテネ市郊外、アノリアシア・ホール。協賛ではないメーカーのペットボトルのラベルを剥がすように言われるなど、細かなセキュリティ・チェックを通過して、会場に入る。
「亮子がどんな試合展開を考えているのか、楽しみやね」。穏やかな口調がつづく「『どんな試合を考えているのか』と『どんな試合をするのか』はちがうんよ」
――はい?
「前者は亮子のこころの中に入って考えること、後者は興味本位の予想」
――亮子さんがなにを考えているか、わかりますか?
「いまはまったく予測がつかんけど、試合が始まれば、少しずつ読めてくる。ああ、こんなふうに考えていたのかと」
勝美さんの携帯電話が鳴る。選手の控え室にいる人間からの電話で、これで3回目だ。
「おう、わかった」
電話を切ってまもなく、関係者用のエリアの中から男性がふたりやってきて、紙袋から背中に日の丸のついたジャージーを取り出し、勝美さんの細い肩にかける。
「じゃ、行ってくる」
ふたりにはさまれた勝美さんは、関係者用のエリアの入り口に立つ、いかにも屈強そうなガードマンに「おうっ」と手を上げ、中に入っていった。どう考えてもありえないことなのだけれど、IDカードの提示を求められることなく。
アノリアシア・ホールは温かな雰囲気に満ちていた。観客席の傾斜は急で、試合会場が近く見える。
谷亮子は2回戦から登場。アテネブルーの畳に左右の足の裏をこすりつけ、ポンポンと2度小さく飛び跳ねる。いつも思うことだが、ほんとうに小さい。そして表情や動きに人間臭さがない。ただ柔道がそこにある。
開始2分10秒。谷亮子に引き手と釣り手を取られたカマリア・カラヤノプルー(ギリシャ)が、畳の上にくずれ落ちる。そのくずれた体勢を仰向けに押し倒し、横四方固めへ。
3分23秒、谷亮子が合わせ技で『1本』。
谷亮子の組み手が十分になった瞬間、技をかけられることから回避するために、多くの選手は自分からくずれ落ちる。この常套手段に対するひとつの回答がこの試合だった。
つづく相手はソラヤ・ハッダ(アルジェリア)。身長155センチ、19歳。腰の弱さを見抜いた谷亮子が、2分17秒、大外刈りで『1本』。
3回戦終了後、約4時間の昼休みをはさみ、午後4時30分。競技再開。
準決勝の相手はアリーナ・ドゥミトル(ルーマニア)。158センチ、21歳。ここまで2試合ともに1本勝ち。計125秒で勝ち上がってきたヨーロッパ・チャンピオンを寄せつけず、4分20秒、合わせ技で『1本』
決勝の相手は、フレデリック・ジョシネ(フランス)。とにかく強気で、逃げる相手を根こそぎ持ち上げて投げ落とすジョシネが腰を引き、14センチ小さい谷亮子より低く構える。
開始8秒、谷亮子が、通常は足払いなどでくずしてから「1、2の3」で仕掛ける大技、大外刈りをいきなり「ドン」。『有効』
35秒、谷亮子が背負い投げで『有効』
4分47秒、谷亮子、大内刈り。『技あり』
観客席からカウントダウンがわき起こる。
5、4、3…。
この日、日本にふたつ目の金メダルをもたらした野村忠広が、裏口から出てくる。オリンピック柔道史上初の3連覇達成、個人種目でのオリンピック3連覇達成は日本人初、なのに関係者の出迎え無し、ひとり荷物を持ってメディア用のバスに乗りこむ。
金メダル第1号の谷亮子が姿を現したとき、時計の針は夜11時を過ぎていた。
「ドーピング・チェックに4時間もかかってしまって」
さっそく祝勝会会場のレストランに移動。野菜サラダを前にした谷亮子は、手に取ったフォークをあわてたように置き、少し離れたテーブルに座っている勝美さんのところに向かった。
IDカード無しで潜りこんだ勝美さんは、治療用に用意された個室から出ることができず、全試合を部屋のモニター画面で観戦。昼休みは、治療台の上で熟睡する谷亮子を、睡魔と戦いながら見守っていたのだという。
「報告します。これをいただきました」
勝美さんは照れたような顔で金メダルを手に取り、言った。「ほう、ベリーグーやね。もう1個あってもいいねぇ」
(アテネ編・了)
*本連載は月2回配信(第2週&第4週火曜日)予定です。次回もお楽しみに。
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時見宗和(ときみ むねかず) 作家。1955年、神奈川県生まれ。スキー専門誌『月刊スキージャーナル』の編集長を経て独立。主なテーマは人、スポーツ、日常の横木をほんの少し超える旅。著書に『渡部三郎——見はてぬ夢』『神のシュプール』『ただ、自分のために——荻原健司孤高の軌跡』『オールアウト 1996年度早稲田大学ラグビー蹴球部中竹組』『[増補改訂版]オールアウト 1996年度早稲田大学ラグビー 蹴球部中竹組』『オールアウト 楕円の奇蹟、情熱の軌跡 』『魂の在処(共著・中山雅史)』『日本ラグビー凱歌の先へ(編著・日本ラグビー狂会)』他。執筆活動のかたわら、高校ラグビーの指導に携わる。 |