越えて国境、迷ってアジア
#54
ブルネイ→マレーシア→ブルネイ→マレーシア3国境越えの旅〈前編〉
文と写真・室橋裕和
「地球の酸素タンク」とも呼ばれる、熱帯雨林の宝庫ボルネオ島。世界で3番目にデカいこの島には、インドネシア、マレーシア、そしてブルネイが領土を持っている。
日本ではほとんどなじみのないブルネイの首都を出て、複雑に入り組む国土を旅し、マレーシアと行ったり来たりの国境越えに挑戦する。
アジアで最も静かな首都?
「これがホントに一国の首都なんだろうか……」
僕は市内中心部、東京でいえば銀座か丸の内的な場所であるはずのスルタン通りで天を仰いだ。片道2車線ほどのささやかな「目抜き通り」の左右に、5階建て程度の低層のビルが並び、銀行やらレストランやらショッピングモールやらが入っているのだが、それも半径200メートルといったところ。
とにかく、ひと気がなかった。静かである。歩く人はまばらで、活気らしいものを感じない。
中心部を少し離れれば、水路が巡り、伝統的な木造の水上家屋の群れが並ぶ。その向こうにはもう、熱帯のジャングルさえ広がっているのである。
これがブルネイの首都、バンダル・スリ・ブガワンだった。
ブルネイはイスラム教の国。こちらはスルタン・オマール・アリ・サイフディン・モスク
首都中心部でもとっても静か。賑やかさはまったくなし
お金持ち国家ブルネイはむしろ質素だった
しかし、フに落ちない。
ブルネイといえば、石油や天然ガスを豊富に産出する資源大国。一人当たりGDPはシンガポールに次いでアジアNo.2のおよそ4万3000米ドル、もちろん日本をブッちぎっている。国を治める偉大なるスルタンは、この富を背景にして国民に恩恵を与え、聞くところによれば住民税ナシ所得税ナシ、さらに公立病院と公立学校がこれまた原則無料。国民健康保険の支払いにすら煩悶している僕からすれば実にうらやましい国なのだが、その街並みには、わかりやすい豊かさは見当たらなかった。
ショッピングモールは古ぼけている。ハデな高層ビルもない。中東の産油国のようにブランドショップが並んでいるわけでもない。走っているのは高級車ではなくマレーシア製の大衆車プロトンだ。「お金持ちの国」という印象はまったく感じないのであった。
むしろ質素ですらあるかもしれない。
カンポン・アイールという水上集落をのぞいてみれば、とうてい資源国とは思えない木造のバラックが肩寄せ合っている。郊外に行けば庶民的な団地群もある。
それでも税金や医療費がなく、暮らしぶりにはゆとりがある。だから必死になって働く必要がなく、いまいち活気がないのかもしれない、とも思った。
娯楽も少ない。買い物や遊びに行こうと思ったら、ポンとシンガポールまで飛ぶのだそうな。産業はエネルギー以外にはあまり育っていない。「リッチな資源国」というよりも、油に頼りきったけっこう危ない国という印象まで抱いた。
というのも、ブルネイの天然資源はあと10~20年ほどで枯渇するともいわれている。国は金融や観光など産業の多角化を進めているが、のんびりした生活に慣れすぎた国民に危機感は薄いという。
ローカルな市場もあるにはあるが、規模は小さい。あまりやる気を感じられない
バンダル・スリ・ブガワンは運河や川が縦横に巡り、ボートも交通手段になっている
熱帯ジャングルの国境はどうなっているのか?
さて、延々と前置きを続けてしまったが、本題である。ボルネオ島の北部に位置するブルネイの国土をよーく見てほしい(→こちら)。マレーシアの領土に南シナ海から食い込むように、ブルネイは広がっている。で、その国土は大きくふたつにわかれているのだ。
西側はブルネイの総面積の8割ほどを占め、逆三角形のような形に張り出している。首都のバンダル・スリ・ブガワンはその北東に位置している。
東側はテンブロン地区と呼ばれ、長方形のような、右下がちょっと伸びた靴下のような形をしている。
このふたつのエリアは陸上では接していない。その間はマレーシアによって阻まれているのである。分かたれた国土……。
ここ、国境越えどうなってんだろう。
その思いひとつで、僕はここブルネイまでやってきたのである。天然ガスとか税金免除とか、はっきり言えばどうでもいいのである。だんだん興奮してきた。グーグルマップを拡大してみる。
問題はテンブロン地区である。けっこう広大なのだが、目だった街がほとんどない。ここ、ボルネオの熱帯雨林が広がっているだけではないだろうか。公共の交通や、イミグレーションは果たして存在するのだろうか。もちろんガイドブックに情報はない。だが大きな道路が東西を貫通して、ボルネオ有数の大都市コタキナバルまで伸びている以上なにか移動手段があるはずだ。
そんなことを早口でブツブツ呟いているうちに、いてもたってもいられなくなってきた。物価の高いバンダル・スリ・ブガワンの中では最底辺のホテル(それでも78ブルネイドル=約5700円もする)をチェックアウトすると、バスターミナルに向かった。
水上集落ではこんな板っぺらを渡しただけの歩道が家の間を縫っている
目指せ、6段国境越え!
国土の狭いブルネイでは、バスといっても小さなミニバンが主流のようだ。市内を循環するものや空港行きのミニバンが並ぶ一角に、ひときわ頼もしい通常サイズのバスを発見。その車体に燦然と輝く「KK」の二文字! もう一文字追加されるとやや危険な意味になるが、KKだけならそれは「コタキナバル(Kota Kinabalu)」の略称を表す。やはり国際バスが走っていたか。
と、なればだ。仮にテンブロン地区を突っ切ってKKに向かうとするならば……まずブルネイからマレーシアに出て、さらにブルネイのテンブロン地区に入り、また再びマレーシアに出国してKK到達ということになる。3つのイミグレーションを抜け6つの出入国スタンプをゲットする旅……武者震いが走った。
ラッキーなことに間もなく出発するという。旅の神に祝福されているようなタイミングではないか。運転手に聞けば、KKまでは所要8時間。その間に6段飛びをカマすというマニア感涙の国際バスツアー、続きは後編にて!
我が国際バスの雄姿! こいつでコタキナバルを目指す旅が始まる
*国境の場所は、こちらの地図をご参照ください。→「越えて国境、迷ってアジア」
*本連載は月2回(第2週&第4週水曜日)配信予定です。次回もお楽しみに!
*好評発売中!
発行:双葉社 定価:本体1600円+税
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室橋裕和(むろはし ひろかず) 週刊誌記者を経てタイ・バンコクに10年在住。現地発の日本語雑誌『Gダイアリー』『アジアの雑誌』デスクを担当、アジア諸国を取材する日々を過ごす。現在は拠点を東京に戻し、アジア専門のライター・編集者として活動中。改訂を重ねて刊行を続けている究極の個人旅行ガイド『バックパッカーズ読本』にはシリーズ第一弾から参加。 |