料理評論家・山本益博&美穂子「夫婦で行く1泊2食の旅」
#52
フランス マニゴのレストラン「マルク・ヴェラ」
文と写真・山本益博
標高1800メートルにあるオーベルジュ「メゾン・デ・ボワ」に。
マニゴはスイスと接するサヴォワ地方、標高1800メートルの山間にある小さな村です。ここに「メゾン・デ・ボワ」というわずか8部屋のオーベルジュがあり、レストランはオーナーシェフの名前を付けて「マルク・ヴェラ」と言います。
「メゾン・デ・ボワ」のモニュメント
「メゾン・デ・ボワ」 の山小屋風の外観
ここへ、今年の1月仲間と泊りがけで出かけてきました。今から25年前、マルク・ヴェラが最初に開いたアヌシー湖畔の「オーベルジュ・ドゥ・レリダン」へ出かけました。毎日山歩きをして探してきた、野花、香草、野草を煎じてソースに仕立て、独創的な料理を生み出すと、評判になっていたからでした。
1995年にミシュランの3つ星を獲得してしばらくすると、ムジェーヴというスキーリゾート地へ店を移しました。店の名を「フェルム・ドゥ・モンペール」(親父の農家)。彼の父親は牛飼いをしながら、ルブロションと言うサヴォワ名産のチーズを作っていたそうです。厨房でも客席でも黒い帽子、黒いジャケットにサングラスがトレードマークの彼は、街の人々から「クレイジー」と陰口を叩かれていたそうですが、この店で2001年再び3つ星を取ると「天才的なクレイジー」と呼ばれたそうです。この話、以前、本人から伺いました。
しかし、店が火事に遭い、悲運に見舞われました。彼は、ムジェーヴを引き上げ、生まれ故郷のマニゴにレストランを移すことを決め、2016年に「メゾン・デ・ボワ」を開きます。ミシュラン2017年版で、いきなり2つ星、翌18年には、三たび3つ星に輝きました。2つ星のときに出かけたいと思っていたのですが、あっという間に3つ星になり、これでまた予約が取りづらくなってしまったと思ったのでした。事実、一昨年、希望の日時に予約が取れなかったほどです。
ところが、ミシュラン2019年版で2つ星に格下げになってしまいました。わずか1年で3つ星から2つ星へ降格になったレストランはありません。何かトラブルがあったに違いありません。しばらくすると、マルク・ヴェラが裁判に訴え出ました。「ミシュランは私の店が降格された理由を開示しろ。賠償金は1ユーロ」と。
結果は、昨年末、ヴェラの訴えは却下されてしまいました。2つ星に降格されても、泊りがけでやってきた私たちを歓迎してくださったのは言うまでもありません。それどころか、15年前のメニューを持参したところ、ヴェラさんは「自分は持ってないので、コピーさせてほしい」と言い、そこから大歓待となりました。
レストランは2階建てですが、地下には、牛や鶏を飼う飼育場があり、野草の園芸と貯蔵庫、チーズの熟成庫、ワインカーヴなど、見学するうちにだんだんお腹が空いてくるといった具合です。
野草の仕込み瓶
料理は最上質の素材に最新技術を応用した、野原の香り高い料理で、森をさまよい歩く感覚でした。まさしく、ここまで来なければ味わえない独創的な料理!席を移して食後酒まで楽しみ、そのまま、オーベルジュの部屋に戻って、お風呂で温まると、たちまち熟睡でした。
「フェルム・ドゥ・モンペール」のメニュー
フォアグラ
鹿肉藁焼き
店内の様子
翌日の朝食も山ならではの豪華版。パン、バター、チーズ、ジャム、ジュース、卵料理などどれも超一級品ばかり。チェックアウトの際に、ヴェラさん曰く、マニゴは6月から10月までが最高のシーズンだよ、と。
シェフのマルク・ヴェラさんと一緒に
「メゾン・デ・ボワ」からの眺め
「メゾン・デ・ボワ」の部屋
マニゴからアヌシーへ出て、それからジュネーヴまで一直線。夕方の飛行機でパリに戻りました。
夏の風光明媚なアヌシー湖畔
パリに1泊して帰国したのですが、羽田に着いた途端、スマホに電源を入れると、フジテレビの昼の番組「バイキング」から出演依頼です。「突然ですが、明日の昼、ミシュランの3つ星から2つ星へ降格された店を取り上げたいので、ご出演願いたい」と。すぐに折り返しの電話を入れ「その店は、マルク・ヴェラのことですか?」と問い返すと、そうです、とのこと。「3日前に行ってきたばかりです」とお伝えすると、とてもびっくりされ「鳥肌が立ちました!」と。
なんという偶然でしょうか!というわけで、翌日、お台場にあるフジテレビのスタジオへ出向き、生放送の番組に出させていただきました。「料理をはじめ、すべてにおいて、3つ星に値する店です」とヴェラさんを擁護したのは言うまでもありません。ミシュランを訴えた勇気と、賠償金1ユーロと言うマルク・ヴェラに敬意を払います。
「バイキング」に出演
ちなみに、1月27日、フランスでミシュランの2020年版の発表がありました。マニゴの「マルク・ヴェラ」は2つ星のままです。削除しなかったミシュランも立派ですね。
次回は、能登・金沢です。
*この連載は毎月25日に更新です。
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山本益博(やまもと ますひろ) 1948年、東京・浅草生まれ。早稲田大学第ニ文学部卒業。卒論が『さよなら名人藝―桂文楽の世界』として出版され、評論家としてスタート。幾度も渡仏し三つ星レストランを食べ歩き、「おいしい物を食べるより、物をおいしく食べる」をモットーに、料理中心の評論活動に入る。82年、東京の飲食店格付けガイド(『東京味のグランプリ』『グルマン』)を上梓し、料理界に大きな影響を与えた。長年にわたる功績が認められ、2001年、フランス政府より農事功労勲章シュヴァリエを受勲。2014年には農事功労章オフィシエを受勲。「至福のすし『すきやばし次郎の職人芸術』」「イチロー勝利への10ヶ条」「立川談志を聴け」など著作多数。 最新刊は「東京とんかつ会議」(ぴあ刊)。
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