台湾の人情食堂
#50
わたしの台北 街ものがたり〈2000年~2007年〉
文・光瀬憲子
台湾の政治が今よりもっと熱かったころ
2000年頃、開通からまだ1年足らずのMRT西門町駅。MRTの利用客はまだ少なかったが、日本で電車に慣れ親しんだ筆者にはうれしい交通改革だった
2000年前後の台湾というのは、いろいろなことが今よりもずっと不安定だったように思う。
特に、中国との関係は台湾全体の経済や台湾人の暮らしに大きく影響した。だから、選挙があるたびに、台湾人は一喜一憂して次の総統や台北市長を真剣に選ぶ。総統の政策が対中関係を決め、対中関係が明日の商売を左右するのだから、みんな必死なのだ。台湾の選挙権を持っていなかった私は、みんなが熱くなるなか、わりとのんきに周囲の話に耳を傾けたりしていた。
90年代に初の「台湾出身の総統」となった李登輝(りとうき)は日本でもよく知られている。この李登輝のあと、2000年から台湾のトップの座に就いたのが陳水扁(ちんすいへん)という民進党の総統だ。民進党は、それまで台湾の最大野党であり、台湾独立を主張する政党だった。政権交代によって台湾独立派のリーダーが総統になった台湾は、一気に独立ムードが盛り上がり、中国との関係は悪化したものの、台湾人がとても台湾人らしくいた時期だったと今は思える。
2002年頃の饒河街夜市。トマトやアンズを串刺しにして水飴で固めたおやつは今も昔も台湾夜市の定番
ディスカバー台湾
台湾独自の文化や風習をモチーフにしたアートや建物が増えたり、地方都市がただ単に観光客を集めるだけでなく、歴史的に価値のある資源を守りながら復元していくという動きが現れだしたのもこの頃からだ。
2000年代になって、台湾の人たちは「台湾人とは何者か?」と自分たちに問いかけ始めた。北京語ではなく台湾語に誇りを持つこと。中国の文化ではなく台湾独自の文化を慈しむこと。そんな風潮が見え始めたのだ。
陳水扁が二連覇をかけた選挙では、台湾中が緑色(民進党カラー)に湧いた。緑のものを身に着け、みんなで手をつないで台湾を一周させようという企画が立てられ、陳水扁支持者はその日、大通りに出て横一列に並んで手をつなぎ、台湾をぐるりと一周囲もうとした。上空からヘリがそんな緑色の人の輪を撮影していた。
2004年3月。陳水扁が二連覇をかけた台湾総統選挙の投票日直前。民進党支持者たちが手をつないで台湾を一周するという企画が行われ、台湾中が緑一色に
出産、在宅ワーク、そして上海へ
その頃、私はと言えば、2000年に出産を経験し、育児に追われていた。子供がいてもできる仕事として在宅翻訳を選び、育児の合間に子供を抱きながらパソコンに向かったりしていた。でも、いくら働いても生活は厳しかった。当時、台湾の給料は日本よりもだいぶ低かった。台湾の4年制大学を出た新卒でも日本円で10万円前後が相場。それなのに、家賃や車はけっして安くないので、生活は楽ではない。本当に陳水扁でいいのかな? という疑問すら湧いた。
台湾の独立志向が強くなったおかげで中国との政治的関係は悪化したものの、台湾のビジネスはどんどん中国に流出し、台湾は空洞化していった。私の所属していた台湾の翻訳会社も上海に進出するという。そして、元夫はまるでアメリカンドリームを掴もうとするかのように、上海で腕試しをしたいといって上海に渡ろうと言い出した。台湾での事業が上手くいかないので、上海ならば…と何の根拠もなく海を渡ったのだ。
上海ドリーム霧散、離婚、台湾脱出
この頃、元夫のように夢を求めて大陸を目指す人が急増した。知り合いのアマチュアミュージシャンは、大陸でのレコードデビューを目指して海を渡り、夜な夜な広東の飲み屋で歌を披露していた。やがて中国人の女性と恋に落ち、そのまま中国に住み着いた。そこここでそんな話を聞くような時代だった。
私も元夫とともに上海に渡り、ようやく歩き始めた子供を抱えて、家計のために必死に働いた。当然、体も壊した。結局、元夫の上海ドリームは実らず、疲れ果てた私は台湾も中国も捨てて逃げるように日本に帰国することを選んだ。私たちの結婚生活がダメになったのは、陳水扁のせいでも、中国のせいでもないが、とにかく私は中華圏をまるごと非難したい気分だった。幼い娘と日本の実家で暮らす日々はとても穏やかで、私は台湾から離れていられることに心底ホッとしていた。パスポートの期限も切れて、もう二度と台湾には渡るまいと誓った。あんなに好きだった台湾は、私にとって泥の塊のように重たくて、息苦しくて、見たくない存在になった。
4年ぶりの台湾
台湾から離れて何年も経った頃、日本で「スピリチュアル」という文字が冠されたものが流行した。パワースポットを訪れる旅が人気を集めたり、スピリチュアルグッズが売れたり。そして「スピリチュアルをテーマにした台湾の本を書きませんか?」という依頼が私のもとに舞い込んだ。
台湾には二度と行くまい、と思っていたけれど、「旅の本」を書くという仕事には惹かれた。悩んだ。そして、過去を忘れ、生活者ではなく旅人の視点で台湾と向き合うのもいいかもしれない、と考えた。
2004年1月の台北101。2004年末のオープンを前に、まだ工事中なのがわかる。この頃、台北は建設ブームで、台北101周辺には新しい商業施設が続々と登場した
2007年、4年ぶりに訪れた台湾は、数年のうちにずいぶん違って見えた。
台北101という世界一高いビルができていて、大好きだった新光三越が霞んで見えた。街にはスターバックスが何軒もオープンし、若者たちは1杯500円もするカフェラテを平気でオーダーしていた。
洗練された雑貨店、おしゃれなパン屋さん、高級な洋食レストラン。保守的だと思っていた女性たちは髪を茶色く染め、ミニスカートから惜しげもなく足をさらすようになった。男性たちはメガネからコンタクトに変え、韓流スターのようなスリムなTシャツにツーブロック姿でバイクに乗っていた。
結婚当初は見られなかった、新しい風景がそこにはあった。こんな台北だったら、もっと楽しく暮らせただろうに。私は90年台の台湾で苦労した20代の頃を少し恨めしく思ったりもした。
様変わりした台北は、単にアメリカや日本の都会に近づいただけかもしれない。40歳半ばに達した今の私なら、90年台の台湾を大らかに受け入れられそうな気がする。いや、むしろ愛おしい。でも20代の私には、モダンで、おしゃれな台北のほうがずっとわかりやすかったのだ。
徐々に台湾人観光客が増え始めた2000年頃の九份、まだ閑散としていた茶芸館で長時間お茶を楽しむ利用者が多かった
90年代に大好きだった九份をもう一度訪れてみると、観光客はぐっと増えていたけれど、九份の町並みは相変わらず似たり寄ったりだった。日本語の上手なおばあちゃんがいるお気に入りの茶芸館は健在で、ホコリをかぶった骨董品が店の隅に山積みになっている。茶芸館から入江を見下ろす風景もまた変わらない。
2007年の九份。古い炭鉱町は今も昔も変わらず基隆の海を見下ろしている。雨が多い九份で、この日は珍しく晴天だった
九份のお気に入りの茶芸館「蕃薯茶坊」から基隆の海を望む。優しく、穏やかな夜景に、心を洗われるような気持ちになる(2007年)
台湾が好きなら、また来ればいい
スピリチュアルの旅を始めるとき、台湾に対して半分腰が引けていた私は占い師のもとを訪れた。若い台湾人占い師は私がめくったカードを見て、「これが今のあなたの姿です」と言う。カードには窓際で頬杖をついて悩む女性の姿が描かれていた。
「不安いっぱいで台湾を訪れたんでしょう」
見透かすように彼は言う。そしてもう1枚のカードは「更新」のカードだった。
「大丈夫、台湾は新しいあなたを受け入れてくれています」
2007年、4年ぶりに台湾を訪れ、占い師に「私と台湾の関係」を問う。「私と台湾」の答えは「更新」。「台湾は新しいあなたのことを受け入れています」と占い師は笑顔を見せた
気がつかないうちに私は涙を流していた。そうだ。私は結婚するために台湾に渡ったわけではない。台湾が好きだから、この街で暮らしてみたかったから台湾に渡ったのだ。結婚生活が終わったからといって、台湾との関係を終わらせることはない。台湾が好きなら、また来ればいい。
占い師の答えに涙が止まらなくなった筆者。台北市内のレストランで
この島は、ここで暮らす人たちは、そんな風に両手を広げて私を歓迎してくれている。そう思えた。私と台湾の関係の新たな1ページが始まった。
(続く)
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著者:光瀬憲子 1972年、神奈川県横浜市生まれ。英中日翻訳家、通訳者、台湾取材コーディネーター。米国ウェスタン・ワシントン大学卒業後、台北の英字新聞社チャイナニュース勤務。台湾人と結婚し、台北で7年、上海で2年暮らす。2004年に離婚、帰国。2007年に台湾を再訪し、以後、通訳や取材コーディネートの仕事で、台湾と日本を往復している。著書に『台湾一周 ! 安旨食堂の旅』『台湾縦断!人情食堂と美景の旅』『美味しい台湾 食べ歩きの達人』『台湾で暮らしてわかった律儀で勤勉な「本当の日本」』『スピリチュアル紀行 台湾』他。朝日新聞社のwebサイト「日本購物攻略」で訪日台湾人向けのコラム「日本酱玩」連載中。株式会社キーワード所属 www.k-word.co.jp/ 近況は→https://twitter.com/keyword101 |