風まかせのカヌー旅
#46
グアムの湾でもリトルサタワル
パラオ→ングルー→ウォレアイ→イフルック→エラトー→ラモトレック→サタワル→サイパン→グアム
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文と写真・林和代
はあ、これが最後の月なのねー。
寝床の出入口を全開にして横たわると、夜空に輝くまん丸の月が見えた。
時折、ふんわりと風も入って来る。
デッキのあちこちから聞こえて来る、様々ないびきが織りなす不協和音を半笑いで聞きながら、私はその月をしみじみ眺めた。
ちょうどこの夜は、満月の1日前だった。
時刻は2016年5月21日の夜10時過ぎ。
マイスはこの日の早朝にグアムに着いたが、離島の流儀によりフェスティバルのオープニングセレモニーが行われる明朝まで陸付けはせず、湾内に停泊していた。
明日、セレモニーが終われば上陸してフェストパックを見物し、数日後、マイスはパラオに向けて再び出港する。
でも私はグアムで下船し日本に帰るため、私にとって、今夜がマイス最後の夜なのだ。
今日は暇なのに落ち着かない1日だった。
朝からグアムのボートが何隻もマイスにやって来ては、ビールとバーベキュー肉を差し入れてくれた。そんなボートに乗って、サイパンからのゲストの2名は一足先に上陸し、戻ってこなかった。
残ったサイパンの政府関係者は、グアムにいる誰かとひっきりなしに携帯で会話して、スケジュールの調整中。すっかりマイスも文明国モードである。
とはいえ、横を向けば、サイパンから一緒に航海してきたサタワルカヌーも停泊中。
彼らは海にじゃぶんと飛び込んで、シャンプーしたり髭剃りしたり、マイスに上がってきて差し入れのビールを飲んでみたり。釣られてうちのクルー達も海にじゃぶん。
こうなると、ここだけリトル・サタワル状態だ。
「カッツ! トゥ トゥ ネ セット?(海で水浴びすると?)」
出たっ。コール&レスポンス式のサタワル流、下ネタソング。
私がこの歌を知っていることはサタワル中で認知されているため、サタワル人は私と見れば、いつでもどこでも挨拶なしにこれを歌いかけて来るのだ。
「エラ ノラ ノ キシム!(お尻が黒くなる)」
私が大声でそう返すと、サタワル人達は歓声をあげてゲラゲラ笑った。
離島のお猿さん達は、いつだって楽しそうで何よりである。
マイスのクルーも次々と海に飛び込んだ。ディラン達やサイパンクルーにとっては海水浴。しかし、サタワル人にとって海は漁場。アタリーノとミヤーノはこの後、そのまま銛を手に魚突きに出かけ、晩御飯をしっかりゲットして来た。これぞサタワル男子。
グアムを目前にして上陸できないこの日もまたパーティ三昧だったが、その宴も早々にお開き。
夜9時には、バンクやデッキの通路、キャプテンボックスの上、女子トイレ用のハンモックなど、いろんなところに人々は転がって、ぐっすり眠っていた。
寝付けずにいた私が一人でタバコを吸っていると、通路で寝ていたセサリオが私を呼んだ。
近づいていくと、彼も起き上がって私のタバコを1本抜き取り、吸い始めた。
まだものすごく酒臭いし、目も8割がたつむったまま。
「カッツ、4時になったら起こしてくれないか。5時にはセレモニーがスタートするからその前に色々準備しないといけないんだ」
「オッケー。私も少し寝るけど、アラームかけるよ」
「カッツ」
「ん?」
「サンキューベリーマッチ」
「ん?」
「君が乗ってくれて本当に助かったよ」
普段私をいじってバカ笑いすることを趣味とする人が急にこんなことを言い出したので、私はちとドギマギ。
ここはシャレで返すべき? もしくは真面目に?
迷っているうち、口をついて出たのは片言のサタワル語だった。
「エソール(どういたしまして)」
私がそういうと、彼は目を少しだけ開いてニカッと笑い、吸いかけのタバコを私によこすと、私の頭をくしゃくしゃっと撫でて再び横になった。
そして寝言みたいに、サンキュー、カッツともう一度呟いて眠ってしまった。
そのままバンクに入って横になった私は、ずるいなあ、セサリオと呟きつつ、眠りに落ちた。
まあるい月は、いよいよキンキンに輝やいていた。
左側のデッキに直接寝ているのが我がキャプテン、セサリオ。あちこちこんな状態で、完全に定員オーバー。
*本連載は月2回(第1&第3週火曜日)配信予定です。次回もお楽しみに!
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林和代(はやし かずよ) 1963年、東京生まれ。ライター。アジアと太平洋の南の島を主なテリトリーとして執筆。この10年は、ミクロネシアの伝統航海カヌーを追いかけている。著書に『1日1000円で遊べる南の島』(双葉社)。 |