料理評論家・山本益博&美穂子「夫婦で行く1泊2食の旅」
#44
モントルイユ&パリ(2019)
文と写真・山本益博
パリから2時間半ほど、この5年間に6回訪問。
気鋭の料理人が奏でる「ラ・グルヌイエール」
このところ、パリから1泊旅行でしばしば出かけているのが、ノルマンディー・モントルイユにある「ラ・グルヌイエール」です。この5年間に6回出かけています。
パリの友人から、今、最も面白い、気鋭の料理人がいるからと薦められ、「ミシュラン」1つ星であるのに、その店へ食事をするためだけに出かけました。「わざわざその店を訪れるために旅をする」のは、「ミシュラン」の3つ星の定義なのですが。
宿泊施設の付いたレストランをオーベルジュと呼びますが、「ラ・グルヌイエール」もその一つ、父の後を継いだ2代目アレクサンドル・ゴーティエシェフが、極めてユニークな料理を作っていると、食いしん坊仲間では評判の1軒とのことでしたが、テーブルについて、いきなり驚かされました。
サービス係が卓上に置いていったメニューが紙切れ同然で、しかも、しわくちゃになったものでした。
しわくちゃのメニュー
こんなメニュー、フランスを40年間食べ歩いて初めての経験でした。このしわくちゃのメニューを見て、俄然、興味が湧き出てきました。なぜ、どうして、わざわざしわくちゃにする理由は?シンプルで、香りの豊かな料理を食べ続けながら、考えました。
「今は次のシーズンの料理で頭が一杯なので、今日の料理はすでに興味がない」いやいや「メニューなどを見ずに、予測をせずに素直に自分の五感を総動員して、料理を食べてほしい」どちらだろうか?
食事の最後にシェフから答えを引き出そうとしたのですが、ゴーティエシェフは不在、家族と出かけた三度目の訪問で、ようやくシェフにお目にかかれ、1年間の謎をぶつけると、私の予想は二つとも正解でした!そして、ゴーティエシェフはこう言いました。「ほかの料理人の料理には全く興味がありません。何より大切なのは、自分自身です」と。料理を皿に盛るのも、片側に寄せて盛り付けたり、わざわざ割れたように焼いた皿に料理を盛ったりと、素材の持ち味を引き出すことにのみ心を砕いた料理と盛り付けがなんともユニーク極まりない。
オマール海老は割れたようなお皿に
グルヌイユ(かえるのもも肉)が寄せられたユニークな盛り付け
「沼地の泡」と題したデザート
この6月に出かけると、「ほうれん草のガトー(菓子仕立て)」というほうれん草だけで多種多様に調理した、言ってみれば「ほうれん草の五段活用形」が出てきました。緑の濃いノルマンディーの風景を象徴するような一皿です。聞けば、この料理、現在、金沢の「ぶどうの木」でシェフを務める砂山さんが創作した一品だとのこと。それを聞いてなんだか、嬉しくなりました。
ほうれん草のガトー
娘の絵理と一緒に
気鋭の料理人ゴーティエシェフ
パリからTGVで2時間半ほどエタプルという駅で降り、車で20分走ると、コローの古典絵画に出てくるような風景が現れます。ここがモントルイユ・マルメゾン。いま、私にとっては天国のような場所です。
古典絵画に出てくるような風景の中に佇む
「ラ・グルヌイエール」
「ラ・グルヌイエール」の店内
「ラ・グルヌイエール」で心を洗われるような料理をいただくと、パリに戻って何を食べたらいいのか迷ってしまいますが、今年、とても素敵な店を見つけました。「フォーシーズンズ・ジョルジュサンク」のなかに張り出したガラス張りのわずか20席ほどの「オランジェリー」です。
「オランジュリー」の中庭
このホテルには「ル・サンク」というメインダイニングがあり、「ミシュラン」3つ星に輝いているのですが、ここでばかり食べていた時、クリスチャン・ルスケールシェフから、「オランジェリー」も食べてみてください、と勧められ、今年の6月にパリへ出かけたときに予約して出かけました。
ムール貝のカレー風味
アミューズ(付きだし)からどれも香り高い料理でびっくりしましたが、最も驚き感動したのが、「メレンゲの花」という名のデザートでした。花弁の姿に焼き上げたメレンゲを花に見立て、下には真っ赤なフランボワーズのソースが敷き詰めてある。
美しい「メレンゲの花」
これは間違いなく3つ星レベルのデザートで、いま「オランジェリー」は1つ星ですが、来年2つ星が狙える、今最も食べ応えのあるパリのレストランではないでしょうか。
次回は「三重・賢島」です。
*この連載は毎月25日に更新です。
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山本益博(やまもと ますひろ) 1948年、東京・浅草生まれ。早稲田大学第ニ文学部卒業。卒論が『さよなら名人藝―桂文楽の世界』として出版され、評論家としてスタート。幾度も渡仏し三つ星レストランを食べ歩き、「おいしい物を食べるより、物をおいしく食べる」をモットーに、料理中心の評論活動に入る。82年、東京の飲食店格付けガイド(『東京味のグランプリ』『グルマン』)を上梓し、料理界に大きな影響を与えた。長年にわたる功績が認められ、2001年、フランス政府より農事功労勲章シュヴァリエを受勲。2014年には農事功労章オフィシエを受勲。「至福のすし『すきやばし次郎の職人芸術』」「イチロー勝利への10ヶ条」「立川談志を聴け」など著作多数。 最新刊は「東京とんかつ会議」(ぴあ刊)。
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