台湾の人情食堂
#41
昼飲み天国「慈聖宮」と、その周辺の美味しい店
文・光瀬憲子
廟前に旨いものあり
日曜日の午前中から賑わいを見せる台北の慈聖宮境内。注文した店の裏手にあるテーブルに座るのがルール
台湾各地を歩いていると、赤茶色の屋根瓦の廟をあちこちで見かける。北京語では「ミャオ」と読み、台北の龍山寺や行天宮のような大きくて厳粛なものから、朝市の片隅にひっそりと門を構えるものまで、その規模も雰囲気もさまざまだ。いずれも台湾人が気軽に訪れ、お祈りをしたり、お供えをしたり、自分流のお参りをする身近な場所だ。
いい廟の周りには美味しいものがある、というのが私の持論。これにはちゃんとした理由がある。廟が台湾人の生活の中心であり、心のよりどころだからこそ、人が集まる。人が集まるからそこに市が立ち、美味しい屋台や食堂もできる。だから、歴史があり、地元の人々に愛される廟の周りには、かならず美味しいものがあるのだ。
台湾の神様というのは台湾人と同じように大らかで、小さいことを気にしない。だからひとつの廟に観音と仏像と媽祖がいっしょに祀られていたりする。人々が境内で昼寝をしたり、食事をしたり、お酒を飲んだりしても、神様は大らかに見守ってくれる。
慈聖宮の境内は昼酒天国
慈聖宮の境内で食べられるエビ炒め。これとビールがあれば、台湾の夏の暑さもなんのその
暑い日差しをやわらげている慈聖宮境内のガジュマルの木。週末は家族連れも多い
台北の西側、大稲埕(ダーダオチェン)と呼ばれる下町エリアに、飲ん兵衛が喜ぶ廟がある。慈聖宮という、いかにも懐の深そうな名前の廟だ。広々とした境内には大きなガジュマルの木が生い茂り、台北の突き刺すような日差しを和らげてくれる。
この廟は、別の昼飲み居酒屋で知り合った地元のおじさんから教えてもらった。慈聖宮の境内を囲むようにして屋台がずらりと並び、炒め物や粥、排骨スープといった台湾小吃が楽しめる。午前9時頃から営業している店もあるが、すべての店が開くのは午前11時頃。ここから昼過ぎまでが慈聖宮酒場のピークとなる。
平日は時間を持て余した地元のおじさんたちが境内に陣取り、ビールや、それよりもアルコール度数の強い台湾米酒(焼酎)を飲みながら語り合う。週末は旅行者や遠方から訪れる人も多い。地元の人か、観光客かはひと目でわかる。地元の人達は、ほとんど手ぶらだからだ。ズボンのポケットに数百元、胸ポケットにタバコとライター。
そんなふうに、誰でも気軽に楽しめる廟飲みだが、実は注文システムがやや複雑である。まず、注文は廟の外で行う。境内にテーブルと椅子が並べられているものの、レストランではないのでウェイターはいない。自分で外側の屋台で好きなものを注文し、席に着くのだが、自分が注文した屋台の直線上にあるテーブルに座るのが一般的。各屋台のテーブル数は決まっていて、よく見るとテーブルに店名が書いてあったりする。
台湾らしく、お酒が飲める店とそうでない店がある。例えばチャーハンや排骨スープの屋台などは酒を出さないため、その店で注文し、境内のテーブルに座っても酒は飲めない。だから、飲みたい人は注文する段階でお酒があるかどうかを確認すべし。ちなみに、他店の料理を持ち込んで食べるのはオーケーだ。
朝8時から堂々のビール
酔客に人気の海鮮屋台『阿萬毛蟹』。台湾人が大好きな紅焼肉がビールとよく合う
朝から屋台でまったりと飲む『阿萬毛蟹』の客。一人一瓶で手酌が台湾らしいところ
慈聖宮の境内飲みもいいが、時間が早過ぎてまだ店が開いていないこともある。そんなときは、廟脇の通り(涼州街)沿いの歩道の木の下にテーブルを並べている『阿萬毛蟹』がおすすめだ。ここは朝8時頃から営業していて、週末はほぼ満席だ。
瓶ビールを飲んでいる人が多く、つまみも充実している。豚バラ肉に衣をつけて揚げた紅焼肉や白菜の煮物は絶品。ここは海鮮を多く扱っているので、魚の姿蒸しやカニなども食べられる。
さらっとした朝粥も
しっかりと味の付いた『葉家肉粥』の肉粥。テイクアウト客も多い
慈聖宮の前には朝粥が食べられる屋台もある。慈聖宮の正面入口に向かってから2~3軒ほど左にある「葉家肉粥」だ。3~4人しか座れないのでたいていは順番待ち。肉粥とそれに合わせる揚げ物が美味しい。
粥はしっかりと味がついていて複雑なダシが何とも味わい深い。粥といってもご飯が硬めなのでスープとごはんが分離していて、韓国のクッパのようでもある。屋台で粥をすするあいだも、近所の主婦が家族5人分の朝ごはんをテイクアウトで買いに来た。自分で鍋を持参していている。なるほど、この肉粥の味は家庭ではなかなか出せないかもしれない。
『葉家肉粥』は客の回転が早いので、少し待てば座って食べられる
慈聖宮周辺の超人気店
11時には並んでおきたい人気店『賣麵炎仔』。材料がなくなりしだい、店じまい
慈聖宮で朝ごはんを済ませたら、近くのエリアを散策してみる。大稲埕は台北のなかでも取り残されたように古い建物や雰囲気のある路地が残っているエリアだ。
涼州街と安西街の交差点近くに、人だかりを見つけた。『賣麵炎仔』という看板を見る限り、麺の店のようだ。よく見るとテイクアウトの列とイートインの列に分かれている。
イートインの列に並ぶと、目の前に並んでいたおじさんが「この店は旨いんだ、紅焼肉と麺は絶対頼まないとダメだよ」と教えてくれる。
大きな丸テーブルに座ると、地元3人娘といった風の女性グループと相席になった。娘と言っても年齢は私とあまり変わらない。学生時代の仲間らしく、喋り方や話の内容が娘っぽいのだ。私がよそ者だとわかると、親しげに「この店は美味しくて安いのよ」と話しかけてくる。周りの客との距離が近いのもここの特徴らしい。
午前中から店先で人だかりしているだけあり、麺も小皿料理も絶品だ。単なる湯麺なのだが、スープにコクと旨味があり、麺はやや硬めで歯ごたえがある。そして、入口で他の客に進められた紅焼肉は脂の旨味とサクッとした衣がたまらない。他にもモヤシ炒めや茹でイカなどを頼んだにもかかわらず、全部で150元(約550円)というのは台北にしては破壊の安さだ。3人娘のひとりは物心がついた頃からこの店の麺を食べているという。
『賣麵炎仔』では、これだけ食べて150元
脂身の少ない紅焼肉と陽春麺を朝市で
市場のとっつきにある『阿角紅焼肉』は、昼近くにはほぼ満席に
『賣麵炎仔』を出て、延平北路を北へ少し進むと、太平市場という朝市に出くわした。小さいがなかなか活気がある。市場の通りに入るとすぐ右手に『阿角紅焼肉』という看板を掲げる店がにぎわっているので入ってみた。
人気は先ほど『賣麵炎仔』と同じ紅焼肉だ。だが、こちらの紅焼肉は脂身が少なく、それでいて肉質がとてもやわらかい。朝ごはんにぴったりだ。陽春麺も麺に歯ごたえがあって私好み。
太平市場の『阿角紅焼肉』の紅焼肉と陽春乾麺
8月の台湾は、午後は気温が高すぎて食べ歩きには向かない。ここは思いきって朝型に切り替え、早朝散歩と充実した朝ごはんの食べ歩きを楽しんでみてはどうだろう。
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*8月19日(いずれも第3土曜13:00~14:30)、名古屋の栄中日文化センターで筆者が台湾旅行講座を行います。お申し込みは下記からお願いいたします。
http://www.chunichi-culture.com/programs/program_160822.html
℡ 0120-53-8164
*本連載は月2回(第1週&第3週金曜日)配信予定です。次回もお楽しみに!
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著者:光瀬憲子 1972年、神奈川県横浜市生まれ。英中日翻訳家、通訳者、台湾取材コーディネーター。米国ウェスタン・ワシントン大学卒業後、台北の英字新聞社チャイナニュース勤務。台湾人と結婚し、台北で7年、上海で2年暮らす。2004年に離婚、帰国。2007年に台湾を再訪し、以後、通訳や取材コーディネートの仕事で、台湾と日本を往復している。著書に『台湾一周 ! 安旨食堂の旅』『台湾縦断!人情食堂と美景の旅』『美味しい台湾 食べ歩きの達人』『台湾で暮らしてわかった律儀で勤勉な「本当の日本」』『スピリチュアル紀行 台湾』他。朝日新聞社のwebサイト「日本購物攻略」で訪日台湾人向けのコラム「日本酱玩」連載中。株式会社キーワード所属 www.k-word.co.jp/ 近況は→https://twitter.com/keyword101 |