風まかせのカヌー旅
#41
大歓迎すぎる? サイパンで餓鬼状態。
パラオ→ングルー→ウォレアイ→イフルック→エラトー→ラモトレック→サタワル→サイパン→グアム
★離島の地理歴史など基本情報はコチラ
文と写真・林和代
【Photo by Osamu Kousuge】
「カヌーに乗ると、自動的に食欲がなくなるのよ」
かつて、私にそう話してくれたのは、外国人女性として初めてサタワルカヌーに乗ったサイパン人女性。
彼女が言う通り、航海中は確かに食欲は減る。
例えばある日。6時間シフト2回分=12時間の活動中に私が口にしたものは、インスタントコーヒー3〜4杯、味噌汁1杯、白飯茶碗に半分、マグロ刺身1切れ、焼きスパム2片、飴玉2個。
これしか食べなくてもまったく空腹を感じないのは不思議である。
エリーも私と同様だが、男性陣はがっつり食べており、なぜ女子だけこうなるのかは不明。
とにかく私に限って言えば、航海中は確実に痩せられる、ありがたきカヌーダイエットなのだ。
ずらりと並ぶハイカロリーな御馳走を前に陶酔気味のディラン。ビーチを模したケーキは圧巻。
さて。サタワルを出てから一週間。いい風と好天に恵まれ、快適な航海を続けて来た私たちは、夜明けと同時にボートに先導され、サイパンに上陸した。
2ヶ月ぶりに降り立つ「文明国」である。
私たちが案内されたのは、サイパンの中心地、ガラパンビーチ。
その一角に建つ立派なカヌー小屋と大きな野外集会所。そして、その傍らにちんまりと佇むプレハブ小屋。これらが私たちの滞在場所のようだった。
ところで、前回も記したが、サイパン到着直前から私は謎の腹痛に襲われていた。
ようやくここのトイレにたどり着き、なんとか落ち着きを取り戻して表に出ると、大勢の人で賑わう集会所から早く来いと手招きされた。
行ってみると……わーお!
野外テーブルの上には、大量の食べ物が用意されていた。
ビッグマック、ケンタッキーフライドチキン、ウィンチェルズのドーナツとスープetc。
いつもなら決して好んでは食べないファーストフードのオンパレード。
しかし、2ヶ月ぶりに目にしたその文明食の山は、目がくらむほどに輝いて見えた。
「お腹、大丈夫?」
エリーが心配して声をかけてくれる。
もちろん答えはノー。
今は一旦落ち着いたが、こんなものを食べたらまたトイレとお友達になるのは目に見えている。
しかし、目の前のご馳走をそんな理由でパスするなど、ありえなかった。
お腹はどうなってもいい。食うぞ、食うのだ!
これはもう明らかに体ではなく、「心」の仕業だ。
確か以前も、マイスが終着地のパラオに着いた日、私はスーパーで見つけた日本のお菓子「カール」のチーズ味を一袋、こっそり一人で平らげた。
航海終わりに必ずやってくる「餓鬼状態」である。
私はビッグマックとフライドチキン2本とスープとドーナツを一気に平らげた。
途中で、アイスクリームもやってきたので、もちろんそれもいただいた。
食べ終わると、タバコを一服する間も無くトイレに駆け込んだが、後悔はなかった。
お腹は完全に拒否しているけれど、それよりもずっと強烈な、抗し難い食欲が満たされたのだ。
トイレの中でその幸福をかみしめ、ようやく我に返って表に出ると、知らない男性に声をかけられた。
「マリアナ・バラエティの者ですが、ちょっとお話を聞かせてくれませんか?」
地元の新聞記者……取材??
餓鬼状態から我に返ったばかりの私は慌ててしまい、話ならキャプテンに聞いた方が……と言ったが、セサリオはなんとテレビの取材を受けている最中なのであった。
なんなんだ、この盛り上がりは。
以前、サイパンで行われたフレームツリーアートフェスティバルに参加すべくマイスが航海してきた時は、これほどではなかった。今回は、グアムのフェストパックへ行く途中で立ち寄っただけなのだが。
地元紙マリアナ・バラエティでは、連日カラー写真入りで我々の動向が報道された。
気になったのは、とある記事で紹介されたセサリオの発言。
「航海してるとね、時々大きな水しぶきが上がるんだ。で、うちのクルーに一人、いつもそのスプラッシュを浴びる奴がいるんだよ、彼女はどこにいても、なぜかいつもバッシャーンと浴びてずぶ濡れになるんだ。おかげで俺たちは、苦しい時でも愉快に過ごせるんだよ」
とりあえず、もう少し後にしてくださいとお願いして、記者の元を逃げるように去り、クルーのところへ行くと、あちこちから声がかかった。
かつて一緒に航海をした面々、以前居候させてもらったセサリオの兄夫妻、議員さんetc。
そんな既知の人々までは良かったが、その後も、セサリオの知人友人、親族を始め、ムライスの兄やらミヤーノのいとこやら、とにかく大勢の人に紹介された。中でも「偉い人」の奥様たちが、私とエリーを半ば奪い合うかのように、うちでシャワーを浴びなさい、いやいやシャワーならうちで、などと親切に声をかけてくださった。
私の脳みそで記憶できる人数の範囲はとっくに超えていた。英語もさっぱり出てこない。
主な英会話はエリーに託し、私はひたすら笑顔のみで挨拶をし続け、そして思った。
なんか、やばいかも。
我々は、グアムで5月22日に開幕する太平洋芸術祭、フェストパックに参加すべく航海している。
そして今日、サイパンに着いたのは5月7日。
サイパンからグアムまでは長くても2日で着くので、我々は二週間近くサイパンに滞在することになる。
しばらくのんびりできるかも、なんて期待を抱いていたのだが、甘かった。
到着直後の賑わいは、日暮れ前から振る舞われたビールによって更に高まり、いきなり大宴会状態。
うちのクルーも偉い人たちもみんな泥酔。
そしてこの夜、私はある「表」の存在に気が付いた。
それは、今後一週間、我々の食事をどのご一家がホストするかという予定表。
これから毎日、朝、昼、晩と、どこかのファミリーが我々の食事をこの場に運んできて下さるのだ。しかも、ホスト希望のご一家が多いらしく、枠の奪い合いが起こっていた。
さらには、2日目からほぼ毎日、課外授業が組まれていた。
集会所に集まった人々に私たちが航海の話をするのだ。
例えば、朝9時から小学生30人、11時からは高校生25人、14時から大人20人といった具合。
この予定は島のラジオでも毎朝放送されていた。
3度の食事や課外授業は、クルーは全員参加。開始時間にはここにいなければならい。そして毎晩宴会。
大歓迎は大変ありがたいのだが、あまりにもハードなスケジュールである。
集会所で行われた課外授業では、エリーがホワイトボードを使ってこれまでの航海をざっと語り、その後質疑応答。トイレはどうするのか、は必ず出る質問。どうすると思う? と問い返すと、海の中! と子供は必ず答える。その後、人々を連れてマイスに乗船。【Photo by Osamu Kousuge】
この熱烈歓迎の理由の一つには、知事さんの意向が関係しているらしかった。
史上最年少、30代で知事になったその方は、カヌー文化に大変関心を抱いておられるそうで、我々を知事室に招待してくださり、別の日には我々が滞在する場所に自らお出ましになったり。時にはディランを遊園地や映画館に連れて行かれたり。
そんな様子は、現地のテレビや新聞で大きく報道された。
知事室訪問。セサリオとディランの間の方が知事。この時も、たくさんのおやつや飲み物、そしてディランへのおみやげも用意されていた。【Photo by Osamu Kousuge】
一方メディアで脚光を浴びたのは7歳のディラン。
「リトルナビゲーター」などともてはやされ、新聞に写真が乗り、いろんな人からおもちゃや洋服をどっさり買ってもらい、一人ファッションショーをして悦に入るというVIP待遇。
そして気になる、やたらとセサリオの周りを固める政府関係者たち。
世事に疎い私でさえも、何かあるなとは思ったが、それがいいのか悪いのかさえも判断できないので、とりあえずエリーと二人、ディナー用に提供されたバーベキュー肉をさんざん平らげた後、パーティを抜け出して暗いビーチに座り込んだ。
「あー、疲れたねー!」
「笑顔作りすぎて、顔の筋肉が凝っちゃったわよ」
「これが毎晩続くなんて、かなり地獄ねー。そうだ、明日、マッサージ行こう!」
そう言って寝転んだ私のお腹は、妊婦のようにポッコリと膨らんでいた。
カヌーダイエットは、上陸初日で早くも破綻していたのであった。
*本連載は月2回(第1&第3週火曜日)配信予定です。次回もお楽しみに!
![]() |
林和代(はやし かずよ) 1963年、東京生まれ。ライター。アジアと太平洋の南の島を主なテリトリーとして執筆。この10年は、ミクロネシアの伝統航海カヌーを追いかけている。著書に『1日1000円で遊べる南の島』(双葉社)。 |