風まかせのカヌー旅
#38
魔法が使えるエライ人、それがポー?
パラオ→ングルー→ウォレアイ→イフルック→エラトー→ラモトレック→サタワル→サイパン→グアム
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文と写真・林和代
私が初めてカヌー航海に参加させてもらったのは、2004年。
パラオで開催されたフェストパック(太平洋芸術祭)に参加すべく、ヤップからパラオに航海したミクロネシアの航海カヌー、シミオンホクレア号に便乗した。
キャプテンはセサリオ。クルーはサタワル人7人ほかパラオ人、サイパン人など総勢13名。
この時の航海は、出港翌日に風がピタリと止まり、ほぼ5日間ひたすら漂流していた。
マイスと比べるとこちらのカヌーはかなり狭いので、芋洗状態でわずかな日陰を奪い合う。
一週間かけてパラオに着いた私たちは、とあるプレハブ小屋に滞在するよう案内された。
そこには、グアムのカヌーチームも滞在していた。
彼らは、なにかのトラブルで、カヌーで来ることはできなかったが、フェストパックに参加すべく飛行機で来たと言うことだった。
グアムといえばミクロネシア随一の都会。クルーの面々はみな、洗練された雰囲気の若者たちだったが、彼らを率いるナビゲーターだけは違った。ひと目で離島の人だとわかる濃厚さを放っていた。
彼の名はマニ・シカウ。サタワルの隣の島、プルワトのナビゲーターであった。
以前、第32話の離島こぼれ話コラムで少し紹介したが、サタワルとプルワトは、古くから航海術のライバルとして競い合って来た。どちらが優秀か、子供じみた闘争心でもって争って来たのだ。
このフェストパックでは書類上、私たちはヤップ州の代表、彼らはグアムの代表だったが、実のところ、往年のライバル、サタワルとプルワトのナビゲーターが1つの小屋に同居していたのだ。
案の定、両者はほとんど接触しなかった。同じ大部屋で寝泊まりしているにもかかわらず。
左が逗留した大部屋。まさに部活の合宿所風。右が裏手にある酒盛り場。四六時中、差し入れという名のビールが運び込まれ、我がクルーが無限に継続飲酒。私は時折ゴミ袋を手に、空カン回収に回った。
うちのクルーは、パラオに着いたその夜から延々と小屋の外の屋根付きテントで酒を飲み続けていた。全員が会話不能なほど泥酔していたので、下戸の私はなるべく近寄らぬようにしていた覚えがある。
一方、洗練されたグアムの方々は、都会の観光客の如く、あちこち出かけて楽しんでいた。
けれどマネは、決して酒を飲むこともなく、遊び歩くこともなく、ひたすら小屋でおとなしく寝ていることが多かった。
写真右側がプルワト出身で、グアムのカヌーチームを率いていたマニ・シカウ。左側は、セサリオの兄の一人、ヘンリー。どちらもこの数年で逝去なさった。合掌。
ある日の午後。私が小屋の中で一人、紅茶を淹れようとすると、マニがのそっと起き出して来て、僕にも入れてくれないかな、と静かに言った。他には誰もいなかった。
私たちは近くに座って一緒に紅茶を飲みながら話をした。
彼の口調はとてもゆっくりで穏やかだったが、その目には、寝起きにもかかわらず、何か強い光が宿っていて、私は少しドキドキしていた。
初めはたわいもない話だった。が、不意に彼がこんなことを言い出した。
「俺たちナビゲーターはね、魔法が使えるんだよ」
「へ?」
「ずーっと離れたところからでも、別のカヌーのナビーゲーターを殺すこともできるんだ」
そう言った彼の目は、いたずらっぽく輝いていた。
「なにそれ??? どういうこと????」
私が前のめりになって問いただすと、彼はひらりと身をかわすように微笑んで、
「もっと話してあげたいけど、僕からこんな話を聞いたなんて知ったら、君のナビゲーターが気を悪くすると思うから、続きは彼から聞いてね」
そう言うと彼は、また寝床に戻ってしまった。
次の日の午後。
ふと小屋の外を見ると、丸太に腰掛けてりんご齧っているセサリオの脇をマニが通りがかり、何か声をかけるのを目撃した。
これまでずっと会話することのなかった二人が、会話をしようとしている!
なにか事件でも目撃しているような気分になった私は、小屋の中からそっと様子を伺った。
二人は、決して目を合わせることはなかったが、マニはセサリオが腰掛けた丸太の、ちょっと離れた場所にゆっくりと腰掛けた。その距離、約2メートル。
二人は俯いたまま、ボソボソと静かに会話をした。
マニは地面の葉っぱを拾い上げ、手でいじり回していた。
セサリオも、かじり終えたりんごの芯を弄んでいた。
気まずいのか、そうでもないのか、わからない。少なくとも見た目には穏やかそうだった。
途中、うっすらと笑みが両者に浮かんだ瞬間もあった。
もちろん、マニがセサリオに悪い魔法を使う、なんてことは考えなかったが、それでも私は、なぜか少しだけセサリオを心配しながら見つめていた。
やがてマニがゆっくりと立ち上がり、どこかへ歩み去った。
ものの5分ほどの邂逅だった。
なにを話したんだろう、それに魔法ってなによ? と私が一人、物思いにふけっていると、グアムチームのマネージャーと名乗る年配のおじさんが近づいて来た。
「君はライターなんだってね。今回の航海のことをどこかで記事にするのかな。
君のとこのナビゲーター、セサリオは、もちろんとても素晴らしいと思うよ。でもね、まだポーじゃない。でも、うちのナビゲーターはもうポーなんだ。記事を書くなら、そこんとこ、忘れないでね」
また、とあるグアムチームの青年は、私にこう言った。
「マニは酒も飲まないしとても静かだけど、なんでだと思う? それはね、彼がポーだから。つまりこの小屋の中で、一番身分が高いからなんだ。偉い人が自由に振る舞うとみんなに気を使わせてしまうだろ? だから、なるべく目立たないように、遠慮してるんだよ」
実は魔法が使えるけれど、慎しみ深い、エライ人。
最初に私にインプットされた「ポー」は、こんな具合であった。
それから3年後。私はそのポーが誕生する儀式、ポーセレモニーに遭遇することになるのだが、
そのお話はまた次回。
到着翌日、フェストパックのセレモニーのため、ヤシの葉で作った飾りをつけてカヌーに乗りこみ、再び入場。このとき、サタワル人達が突然、大声でチャントを叫びながら踊り始めた。
そのチャントや踊りも、魔法に関係しているらしい。。。。
*本連載は月2回(第1&第3週火曜日)配信予定です。次回もお楽しみに!
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林和代(はやし かずよ) 1963年、東京生まれ。ライター。アジアと太平洋の南の島を主なテリトリーとして執筆。この10年は、ミクロネシアの伝統航海カヌーを追いかけている。著書に『1日1000円で遊べる南の島』(双葉社)。 |