越えて国境、迷ってアジア
#36
韓国・DMZツアー〈前編〉
文と写真・室橋裕和
北緯38度線。韓国と北朝鮮の境界をなすこのラインは、ツアーでならば訪れることができる。だが北朝鮮が核とミサイルとで世界を挑発し続けているいま、果たして訪問することはできるのか。北の大地はどうなっているのか。
幅2キロの非武装地帯=DMZ
そこは国境ではない。
あくまで一時的な軍事境界線であり、停戦ラインにすぎない。
1950年にはじまった朝鮮戦争では、前線は激しく揺れ動いた。3年間におよぶ戦争の果てに停戦となったが、そのときに両軍がにらみあっていた北緯38度線付近の前線が、そのまま南北の境界として固定され、いまに至っている。
もちろん越境はできない。イミグレーションも税関もない。境界線を境にして南北双方に幅2キロの非武装地帯(DMZ)が設定され、一般人の立ち入りは厳しく制限されている。ミョンドンでコスメをあさっている日本人女子は知らないかもしれないが、韓国はまだ、ガチで戦争をしている国なのである。地下鉄の駅はシェルター代わりで、防毒マスクがふつうに設置されているくらいシリアスなのだが、そこへきて将軍様は、ICBMに核実験と、国際社会を挑発しまくっているのである。
僕はアセッた。
国境ではないが、数々のドラマを生んだこの南北の境目は、恥ずかしながらまた未探訪なのである。
ソウルを代表する繁華街ミョンドンも、いまは中国語がよく聞こえてくる
ソウルの地下鉄駅はどこにでもコレが置いてある。日常に溶け込んでいるが日本人からすると異様だ
板門店ツアーが停止している?
立ち入り制限があるとはいえ、ツアーであればDMZに行くことはできる。しかし逆にいえば、ツアーでしか訪れることができない。いまだ「戦争は継続中で、停戦しているだけ」なのだから、当然といえば当然なのだが、事前に決められたツアー会社にパスポート情報を開示し予約を入れる必要があった。危険人物の潜入を防ぐための措置なのだろう。
それはわかるのだが、ツアーでしか行けない場所……そこに国境マニアとしての侮りがあったことは否めない。団体行動であれば、例えば国境のそばの村や市場を好き勝手に訪れたり、向こう側の住民にちょっかいをかけてみたりといった行為はできないだろう。ほかの参加者と同じ場所を、同じように見てまわるだけ。フン、それでなにを見聞できるというのか……。
しかし、そんなことを言っている場合ではなさそうだった。まさかの事態となれば、停戦ラインはそのまま最前線となる。とても観光どころではない。
このときは核実験前の7月だったが、それでも将軍様はミサイルをポンポン飛ばし、トランプ米大統領は空母機動艦隊を出張らせ、一触即発とも囁かれていた。
これは急がねばならない。
しかし、催行するソウルの旅行会社のホームページを見てみれば、大目標であった板門店ツアーは3週間ほど先までブラックアウト、催行予定が記されていないのである。映画『JSA』でも知られた、両国の共同警備区域・板門店がツアーのキモであるのだが、国際情勢の緊迫を受けてか先行きがわからなくなっていた。DMZツアーを扱っている会社はいくつかあるが、どれも同様に予約が入らない。
ちなみにこれらの会社は、ツアーの内容や値段までまるきり一緒なので、元請けから一括で委託されているのだろう。けっこうな利権なのかもしれない。
あわててお問い合わせフォームから質問してみれば(日本語でOKなのだ)、V社からは返答がなく、C社からは「申し訳ないが7月は未定、しかしこちらなら……」と推薦されたのが、「第3トンネルツアー」だった。
DMZツアーは、板門店のほかにも目的地があるのだ。とりわけ北朝鮮が「南侵」のために掘削した地下トンネルの一部が、その発見後に一般公開されているのだとか。このうち3番目のトンネルを訪ねるツアーでは、ご丁寧なことに「DMZに最も近い駅」「北朝鮮のケソン工業団地を望む展望台」なども巡ってくれるのだという。しかも日本語ガイドつきで6000円ポッキリだ。やや変化球的なチョイスの目的地も、いくぶんマニア心を満足させてくれそうだ。僕は迷うことなくポチッた。
韓国はメシがうまい。このカムジャタン、ひとりで完食しました
美熟女ガイドとDMZを目指す
当日。僕はこの『TABILISTA』でも連載している下川裕治さんから教えてもらったソウル駅前のおんぼろ宿(4000円)を出ると、地下鉄で市庁駅に行き、ツアー集合場所であるプレジデントホテルに向かった。
メールで指定された7階に上ってみれば、ごくふつうのオフィスビルで、DMZツアー催行会社と思われる旅行会社がいくつか並んでいる。おそるおそる顔を出してみると、
「おはようございまーす! 室橋さんですね?」
と僕より流暢な日本語を操るおばちゃんが、いきなりマグカップをドン! と置いて笑顔。「プレゼントです」。見れば「DMZ訪問記念」と書いてあるではないか。なかなかのレアものかもしれないが、小さなバッグひとつでやってきたのでけっこうかさばるのである。
登録が終わると、ホテルの玄関口に停まっているバスまで案内される。参加者は20人ほどだろうか。ほとんどが白人だ。
日本人は僕を含めて3人。僕以外の2人は明らかな北朝鮮マニアで、すでに板門店は制圧済みのようであった。中国にある北朝鮮国営レストランに行ったことなどを聞こえよがしに話し、自らの優位性をアピールする。キミたち、僕だってなあ「北レス」ならインドシナ半島の国すべてで行ってんだぞ……と言いそうになるが、そこに割り込んできたのは本日のガイド、チャンさんであった。やはり日本語は堪能だが、それよりもスナックのママ然とした薄幸な感じに僕はときめいた。美熟女なのである。ほかにもうひとり、英語担当のガイド、運転手とともにDMZツアーははじまった。
下川さんに教えてもらった宿は実にあやしかったが、ただの木賃宿
マニアの本領を発揮!
チャンさんは僕たち3人につきっきりである。楽しく1日を過ごすにあたり、お互い自己紹介をしつつ、ソウルの市街地を走っていくが、それも30分ほどのこと。ツアーはいきなり佳境を迎えるのだった。
北へ走っていたバスは東に折れ、交通量が減ったな、と思うと、
「皆さん、イムジン河です。この河の向こうに見えるのが、北朝鮮の大地です」
チャンさんの言葉に左手の車窓を見やれば、霧雨にかすむイムジン河のはるか彼方に、うっすらと向こう岸が見える。
「河の手前には鉄条網や監視所があり、北朝鮮の兵士の侵入を警戒して……」
解説をほとんど無視して僕は愛用の一眼レフを取り出し、ゴルゴさながらに連射した。
「こ、この場所から西は、イムジン河が境界線となっていて……あの」
かなり密な間隔で建っているトーチカが邪魔だ。それに天気が悪く、北の大地はおぼろげにしか見えない。僕は舌打ちをしてシャッタースピードを上げた。しかし対岸が見えていたのはわずか5分、距離にして2、3キロだったのではないだろうか。
それでも、いま注視されている両国をわかつ河を、この目で見た……僕はひと勝負終えた満足感に浸り、ツアーの成功を確信したが、チャンさんからは明らかな危険人物として警戒されだすのである。
イムジン河のはるか彼方に見える山々が北朝鮮のもの。首都を出て1時間足らずで境界線に来てしまうのだ
※ちなみに核実験直後の9月上旬現在、板門店はじめDMZツアーは通常運転。どういう基準で催行したりされなかったりするのかは不明だが、もしかしたら「危機」のバロメーターになるかもしれない。
(DMZツアー、次回後編に続く!)
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*国境の場所は、こちらの地図をご参照ください。→「越えて国境、迷ってアジア」
*本連載は月2回(第2週&第4週水曜日)配信予定です。次回もお楽しみに!
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室橋裕和(むろはし ひろかず) 週刊誌記者を経てタイ・バンコクに10年在住。現地発の日本語雑誌『Gダイアリー』『アジアの雑誌』デスクを担当、アジア諸国を取材する日々を過ごす。現在は拠点を東京に戻し、アジア専門のライター・編集者として活動中。改訂を重ねて刊行を続けている究極の個人旅行ガイド『バックパッカーズ読本』にはシリーズ第一弾から参加。 |