料理評論家・山本益博&美穂子「夫婦で行く1泊2食の旅」
#35
上海
文と写真・山本益博
上海で話題の不思議なレストラン「ウルトラバイオレット」
上海に不思議なレストランがある、と聞いたのは3年ほど前、あるレストランに集合して、そこから行き先を知らされずに車に乗せられ、隠れ家のような場所で食事するというものでした。
初めはあまりに突飛な話に聞き流していたのですが、1年もするうちに話題になってきました。その話題とは、「プロジェクション・マッピング」を使ってコース料理をいただくというもの。そこで、ついに重い腰を上げたのでした。
集合は、午後6時30分に、上海一の名所Bundにあるレストラン「Mr&Mrs」。集まったお客10名が、ここで、アペリティフをいただき、7時に行き先がわからぬまま車に乗せられ、秘密のレストランへ向かいます。
30分ほど市内を走り、到着した場所は倉庫で、まるで映画に出てくるようなシチュエーションです。倉庫の扉が開き、エレベーターに乗り(これが疑似)、改めて違う面の扉が開くと、10名分の席が用意された部屋に案内されました。
そして、ここから「儀式」のような食事の始まりです。壁に投影されたメニューを見ると、コース料理は4幕に分かれ、ACT1は「THE SEA」ACT2は「THE LAND」ACT3は「ASIA」ACT4は「DESSERT」となっています。
まず、壁に海辺に打ち寄せる波が投影され、波の音が部屋に響き渡る中で、あわび、海老、ホタテ貝、うになどの料理が次々にサービスされました。海老とうには信じられないほどの質の高さです。
ACT1「THE SEA」
第2幕になると、一転して、青空のもとの野原へとかわり、真っ白い雲がゆっくりと流れてゆきます。樹々が風でそよぎ、室内に清涼感が漂う。出てくる素材は、子羊に茸などなど。
ACT2「THE LAND」
第2幕の一皿
第2幕が終わると、部屋を変えて、INTERMISSION(休憩)に入り、ここでエスプレッソとシガーのFakeを楽しみ、再び、食卓に戻って、第3幕へ。
壁面はシンガポールのベイサンズが映し出されました。ここでは、鱈、牛肉、茶、北京ダックが登場し、さらに仕掛けが巧妙になってゆきます。料理をサービスする面々もだんだんエンターテイナーになっていきました。
ACT3「ASIA」
そうして、第4幕のデザート。びっくりしたのは、10名のゲストにデザートを作らせる一皿。その仕上げた皿を持って、調理場に出向いてゆきます。
そこで待ち構えているのがシェフで、彼がデザートの品評をして、グランプリを決め、そのゲストにキャップを贈って、3時間にわたるディナーが終了しました。
今まで体験したしたことのない食事で、「経験、感覚、そしてちょっぴり教養」を総動員して楽しむ劇場型レストランです。ちなみに、「URTRA VIOLET」とは「紫外線」のことでした。
ACT4「DESSERT」
「ウルトラバイオレット」のポール・ペレシェフと一緒に
あとの上海はおまけのようなもの。名物の「小籠包」を毎日店を変えては、昼にいただきました。行列に30分ほど並びましたが「佳家湯包」が家族経営らしい誠実な小籠包を食べさせてくれました。
店内で一つ一つ手作りされている
行列に並んでも食べたい「佳家湯包」の見事な蟹粉鮮肉小籠包
12月にすぐさま再訪の予定です。ホテルは3年前に泊まったことのある「ANDAS」を予約しました。
次回は箱根です。
*この連載は毎月25日に更新です。
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山本益博(やまもと ますひろ) 1948年、東京・浅草生まれ。早稲田大学第ニ文学部卒業。卒論が『さよなら名人藝―桂文楽の世界』として出版され、評論家としてスタート。幾度も渡仏し三つ星レストランを食べ歩き、「おいしい物を食べるより、物をおいしく食べる」をモットーに、料理中心の評論活動に入る。82年、東京の飲食店格付けガイド(『東京味のグランプリ』『グルマン』)を上梓し、料理界に大きな影響を与えた。長年にわたる功績が認められ、2001年、フランス政府より農事功労勲章シュヴァリエを受勲。2014年には農事功労章オフィシエを受勲。「至福のすし『すきやばし次郎の職人芸術』」「イチロー勝利への10ヶ条」「立川談志を聴け」など著作多数。 最新刊は「東京とんかつ会議」(ぴあ刊)。
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