アジアは今日も薄曇り
#30
沖縄の離島、路線バスの旅〈19〉座間味島(2)伊江島(1)
文と写真・下川裕治
座間味島のバスに全部乗るには……
座間味島。コロナ禍のなか、ようやく渡ることができるようになった島だった。しかし船会社のスタッフが感染し、濃厚接触者が働くことができなくなってしまった。減便を余儀なくされ、その日はフェリーが1日1往復のスケジュールだった。
島の人々を考え、できるだけ島にいる時間を短くしようと思っていた。座間味島の滞在時間は2時間。フェリーが港に停泊している間に乗り切ろうと思った。
ところが……。
座間味島港のターミナル裏にあるバス停で目にした時刻表は、事前に調べたものと違っていた。はたして2時間で乗り切ることができるのか。急いで乗り継ぎ方法を考えていると、バスがやってきてしまった。訊いたほうが早そうだった。
「座間味島のバスに全部、乗りたいんですが」
息せき切って運転手さんに訊いた。
「座間味島にはこのバス1台しかないよー」
とんちんかんな言葉が返ってくる。無理もない。座間味島のバスを制覇したいなどという観光客はまずいない。しかし小さな島に何台ものバスがあるとも思っていない。
「30分発の古座間味ビーチ行きのバスに乗ると、そうやって阿佐の集落までいくんでしょうか。2時間で全部の路線に乗って、フェリーで那覇に戻らないといけないんです」
一瞬の沈黙があった。運転手さんは畳かけるような唐突な質問を頭のなかで整理しているようだった。
「このバスにずっと乗っていればいいさ。全部まわるから」
「全部?」
「古座間味ビーチから港に戻って阿真キャンプ場に向かいます。それからまた港に戻って阿佐に行って、また港に戻ってくる。それで全部乗れます。2時のフェリーにも間に合いますよ」
僕は事前に見ていた時刻表を脳裏に描いた。それは港を中心に目的地までの時刻が記されていた。僕はすっかり、それぞれが別路線だとばっかり思っていた。そうではなかったのだ。同じバスがぐるぐるまわっているだけだったのだ。いろいろ気をもむこともなかった。座間味島のバスの運行は、気が抜けてしまうほど単純だった。
バスは発車した。2分ほど走ると、古座間味ビーチに着いてしまった。近すぎる。そこでしばらく停車する。走っている時間より、バス停で停車している時間のほうが長く思えてくる。
「で、お客さん、バスに乗るだけで、どこも見ないのー?」
「まあ、それが今回の旅なんで」
運転手さんはまた黙ってしまった。なにかを考えているようだった。
バスは港に戻り、阿真キャンプ場に向かう。心なしかスピードが速い。キャンプ場に着くと運転手さんはこういった。
「少し長めに停車するから、その間にビーチを見てきなさい。今日は天気がいいから」
急いでビーチに走った。そこは気が遠くなりそうな世界だった。沖縄のビーチは何回も見ているが、これほどの好条件が重なった翡翠色の海と白い砂浜を見たのは数えるほどしかない。ビーチを眺める時間は1分もなかったが。
そこから港に戻り、阿佐の集落に向かう。到着する手前から、運転手さんは阿佐の集落の歴史を話しはじめた。この港は、琉球王朝が貢物を中国に贈るための船の避難港だったという。嵐がくると、この港に入った。
「船長は座間味の人が多かったのは、そういう理由があったんです。いまでも集落には船頭殿(せんどうろん)っていう苗字がある。その名残ですよ」
運転手さんは短い時間のなかで、島を案内してくれた。乗客がほとんどいないからこんなこともできたのかもしれないが。
バスは港に戻った。なんとか夕方には那覇の泊港に戻ることができた。
座間味島から那覇に戻るフェリーが出航。この色の海を進む。沖縄の船旅を思い出してください
座間味島を結ぶフェリーは1日往復。日帰り可能な高速船もいいが、沖縄の海を味わうならやはりフェリー
翌日は伊江島に向かった。伊江島へのフェリーも台風で欠航が続いていた。船会社に問い合わせると、ようやく運航がはじまったと伝えてくれた。
伊江島へのフェリーは本部港から出航する。那覇からはかなりの距離がある。バスは片道ひとり1800円もする。ネットで検索すると、レンタカーが1日2000円。ガソリン代などを加えても5000円ほどですむ。
「でも、安すぎない?」
借りた車はダントツに古かった。僕は運転免許がないのでよくわからないが、運転した中田浩資カメラマンによると、かなり緊張する古さだったという。
検温やアルコール消毒を何回か繰り返し、乗船。出航してしばらくすると、島のシンボルでもある伊江島タッチューが見えてきた。正式には城山という岩山である。
伊江島のバス旅は次回に。
伊江島は沖縄の離島のなかでも珍しい地形。中央にある岩山が象徴だ
(次回に続く)
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著者:下川裕治(しもかわ ゆうじ) 1954年、長野県松本市生まれ。ノンフィクション、旅行作家。慶応大学卒業後、新聞社勤務を経て『12万円で世界を歩く』でデビュー。著書に『鈍行列車のアジア旅』『不思議列車がアジアを走る』『一両列車のゆるり旅』『東南アジア全鉄道制覇の旅 タイ・ミャンマー迷走編』『東南アジア全鉄道制覇の旅 インドネシア・マレーシア・ベトナム・カンボジア編』『週末ちょっとディープなタイ旅』『週末ちょっとディープなベトナム旅』『鉄路2万7千キロ 世界の「超」長距離列車を乗りつぶす』など、アジアと旅に関する紀行ノンフィクション多数。『南の島の甲子園 八重山商工の夏』で2006年度ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。WEB連載は、「たそがれ色のオデッセイ」(毎週日曜日に書いてるブログ)、「クリックディープ旅」、「どこへと訊かれて」(人々が通りすぎる世界の空港や駅物)「タビノート」(LCCを軸にした世界の飛行機搭乗記)。 |