京都で町家旅館はじめました

京都で町家旅館はじめました

#30

宿と京都の近況〈4〉 7~9月編 with Gotoな夏

文・山田静

「絶対行くから! 来年のオリンピックにあわせてね」

 7月下旬の予約をキャンセルしてきたイギリス人がそんなメッセージを送ってきたけど、そもそもオリンピックが開催できるのか。向こうもそう思ってるだろうけど、7月頭の時点で東京ではまた感染者が100人超えていた。

 どうにもならんねえ。

 旅に出たいねえ。

 ぽりぽりと頭をかきながら近所を散歩していると、倒産したはずのWBFホテルが営業を再開していた。いくつかの企業が支援検討中、と報道されていたので、どこかのお世話になったのだろう。毎日通りかかっては門の前にある紅葉と松が枯れやしないかと心配していたので、それもひと安心。

 この頃になると、営業再開する宿も増えてきたが、同時に見かけるようになったのが名前が変わってる宿。「居抜き」ってやつで、別資本に買われたのだろう。のんきに京都一周トレイルを歩いているうちに、世の中は激動なのだった。とはいえ、現場でできることは感染対策に取り組みながら、ぽつぽつと来てくださるゲストをいつもどおり(これが難しい)お迎えすること。慣れないことばかりで、感染対策はあーでもないこーでもないと試行錯誤が続いていた。

 

 毎日毎日、雨模様。庭にはキノコが生えてきた。

 7月8日には大雨が降り、叡山電車が鞍馬・貴船周辺で不通となった。川床がようやくスタートした貴船、踏んだり蹴ったりだ。

 

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連日の雨。庭の青紅葉が生き生きと美しかった

 

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久々の晴れ間が出た夕暮れどき、桂川に行くと壮大な夕焼け空が広がっていた

 

 7月9日、東京の感染者が220人を数えた。

 7月10日、8月中にはじめると予告されていた「GO TO トラベルキャンペーン」が連休前の7月22日スタートと前倒しになると国土交通省から発表があった。最大半額の補助金が出るキャンペーン、旅行代金または宿泊代金の35%が割引になるという。

 なんだとう。

 

Goto旋風、吹き荒れる

 

 世論は一気に紛糾してしまった。

「こんな時期になんで」

 ごもっとも。

「いま旅に出なくても」

 ごもっとも。

「どうせ利権がらみなんでしょ」

 そうかもねえ。

 私だってそう思うが、でも、「やらないと観光産業が死ぬ」というのも同感だ。長年旅をしてきて、観光調査などの仕事もしてきたので、「観光にまつわる産業」がどれだけ幅広いのかはよく知っている。たとえば「楽遊に来る」という行為だけでも、新幹線や飛行機、レストラン、土産物屋、観光名所、リネン屋、朝食の材料を買うスーパー、漬物店、パン屋、銭湯、コインランドリー、ウエルカムのお菓子を買うお店、花屋、ゴミ回収業者、そしてバイトや社員マネージャーなどに「仕事」を発生させている(みなさま、ありがとうございます!)。これが世界規模で急激に伸びているのが、現代の観光産業だ。国連世界観光機関(UNWTO)によれば、世界の10人にひとりは観光にまつわる仕事に就いているという。

 人が動けば動くほど、経済的、文化的なインパクトは大きい。もちろんプラスなことだけではなく、環境負荷、地域とのあつれき、文化の破壊など問題も起こる。そのバランスをとって、プラス面を伸ばしていきましょう、というのがここ最近の論調だったと思うが、コロナ禍が一気に吹っ飛ばしてしまった。

 疫病、すげえな。

 いや、感心している場合ではない。

  22日からの4連休、予約は増減を繰り返しつつ埋まってきている。発表から1週間たっても、宿屋には一言の説明も指示もなく、「登録方法などの説明会は21日からスタート」というお達しだけ来た。

 ……前日……。

 そもそも旅行会社を軸に考案されたキャンペーンなので、宿屋が参加登録するための条件もよく分からない。「直接登録は非常に困難かつ複雑なためクーポンポータルサイトからの登録を推奨する」と組合からは連絡が来たものの、ポータルサイトはいつできるのかも分からぬ。 

 とりあえず情報をかき集めて現場用の案内マニュアルを作り、宿泊証明など渡すべきものを用意。

 あれやらなきゃ、これやらなきゃ。マネージャーには、バイトには、なんと言っておけばいいのかな。感染対策どこまでやればいいのかな。もしクラスター発生させたらどうしよう。

「今年は旅に行けないんでしょ?」

 ばったり床几のところで、ふいに声をかけられて我に返った。キャンペーン開始前にゆっくりしたい、と来てくれたリピーターさんだ。はい、と苦笑すると、

「仕方ないよね。でもさ、いつもと違うこと多いし、生活のリズムも違ってるじゃない。そういうときってさ、知らないうちにこたえてるから」

 ちゃんと寝なよね、と言い残して銭湯に出かけた。

 そうだ。

 私が焦ったり、疲れたりしちゃいけない。

 できないことはしない。できることは一生懸命やる。

 呪文のように心でつぶやいて、準備に戻った。

 ありがたきはゲストの皆さんである。いつも結局、こっちが助けていただいている(なんか変な「気」が出てたんだと思う、スイマセン……)。

 背後では埋まっていく予約表を見ながらスタッフが、

「ぎゃーこの日、夜勤がやばい。朝食死ぬ」

「あとひとり昼間入れないと。×さんに聞きます」

 やいのやいの言い合ってる。楽しそう、なんて言ったら怒られるけど、事務仕事してる百倍は楽しそうだ。

 やっぱり、本業で忙しくなってこそだ。

 

ついに始まったキャンペーン

 7月22日がやってきた。

「こちらの宿泊証明と領収書をお渡ししますので」

「……え? ……はあ」

 割引の方法が定まらないままスタートしたキャンペーンなので、宿泊客は当面、自分で割引申請をしないといけない。そのために必要なのが、宿泊証明と領収書だ。だが、どうやら当館を選ぶようなゲストはそのへんにはあまりこだわっていなかったらしく、事後申請書類を渡してもきょとんとしていたり、こんな感じだったり。

「自分で調べますから、大丈夫です。大変ですね」

 マスコミがキャンペーンの混乱ぶりを盛んに報じていたのに助けられた。まあ詳しく質問されても、こちらもよく分かっていないので命拾いした感じだ。

 連休中の高い稼働率を体験してよく分かったが、コロナ時代の宿仕事、とにかく時間と手間がかかる。

 まずチェックインでは検温と消毒、全員の宿泊カード記入、身分証確認、キャンペーンのルール説明。チェックインの後はボールペンや記入ボードなどを全部アルコールで消毒。掃除はリネンの扱いからはじまって、スイッチやリモコンの消毒まで手順通りにやらねばならず、掃除部分も多い。朝食は時間予約制でビュッフェではなく小皿に分けて並べておくスタイルにしたが、洗い物がハンパない。

 加えて、増築された別邸を本格的に運用するのもはじめてなので、掃除の手際もこなれていないし、新築の木造建築はあちこちに不具合も生じる。「ぎゃー庭の戸が開かない」「竹の飾りみたいなのが外れましたあ」などなど、日々想定外が起きるのだが、なんたってこちとら2度目のベテランである。すぐ写真を撮って、

「スイマセン助けてください……」

 工務店と設計士さんに光の早さでメールする。

 そんな中でも、この別邸の端正なたたずまいとしっかりした造りにはほれぼれすることが多かった。この建物のお話は稿を改めてゆっくりしたいと思う。

 

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例えばこんな不具合が出る。長雨が続くと木の歪みが大きくなり、木戸が傾いたり、竹の押さえが外れたり。これくらいはもう驚かない(えへん)

 

 

へこんだときは有酸素運動!

 8月に入るとキャンペーン事業が固まりはじめ、各予約サイトの対応も決定、宿泊施設が直接予約を受けるときの窓口サイト「STAYNAVI」も完成した。

 事業が固まったはいいが、予約が止まった。連休中、あんなににぎわっていた京都から再び人が消えた。

 8月2日、楽遊 堀川五条はトリップアドバイザーの「トラベラーズ チョイスアワード 2020」の旅館・B&B・イン部門で全国2位を獲得した。純粋にクチコミ評価で選ばれる世界なので、本当にありがたいし、本当にめでたい。

 だが今年は、心からは喜べなかった。

 ニュースを見ると「温泉街がGOTOの影響で8割回復」と街のにぎわいが映し出され、「前年なみに回復している施設もあります」と星野リゾートの星野社長が豪華な自社施設の映像をバックに力強く語っている。

 だが自分のところはどうか。

 限りなくゼロに近い。

 理屈はつけられる。感染者数が増大しつつあるいま、人々が泊まるのは感染しにくそうで、かつ、お得が大きい宿。つまり「自然のなかにある宿」「有名・大型ホテル」「高い宿」そして日本人が愛する「温泉と豪華な食事がある宿」だ。

 楽遊は小さな町家建築で1部屋1万〜2万円がベース、本館はユニットバス、朝食は簡素。今まで売りにしてきた「街なかにある小さくてお手頃快適なぬくもりある宿」はいまの状況下では不利にしか働かない。同じような町家の宿が廃業を決めた、という報道を目にしたり、GOTOの恩恵を受けにくいゲストハウスが苦境に立たされている、という話も毎日のように聞いていた。

 トリップアドバイザーで何位になろうが、ほとんどの日本人旅行者には全然関係ない。手探りで磨いてきた宿のよさも、裏目に出てしまっている。しかもニュースでは、感染が広がったのはGOTOが悪い、と私が愛してやまない旅がワルモノ扱いされている。

 珍しくへこんだ。

 なんなんだ、まったく。

 へこんだときになにをするかというと、有酸素運動がいいと三島由紀夫が言っていたらしい。なので、時間があれば京都一周トレイルを歩いたり、街なかを歩き周ったり。庭の雑草とりもいい気分転換になった。苔に水をやりながらふと建物を見上げると、めっちゃかっこいい。こんんなかっこいい建物がガラガラなんてもったいない。

 できないことはしない。できることは一生懸命やる。

 頑張ろうな、楽遊。

 突然手にのってきたバッタにギャッ、となりながら、なんとなく元気を取り戻すのであった。

 

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へこんでいた8月上旬、香港のテレビ局の取材を受けた。「観光客がいない町(没有遊客的城市)」(viuTV)。コロナ禍で観光客が消えた街と、現場の声を紹介するという内容だ。楽遊を気に入ってくれて、放映では予定より長く時間を割いてくれた

 

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進行役のYan Poonさんとレインボーさんが香港人らしい大らかで明るい人柄で、面白い撮影だった。追って楽遊のFacebookで放映部分をちょっぴりだけ公開する予定

 

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京都一周トレイルも74キロあまりを無事完歩! 写真は保津川の眺め。山あり渓谷ありで楽しいトレイルだった。動きがとれなかった夏に何かを完遂できた、というのは心身ともに効いたと思う

 

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庭の木々がぐんぐんと成長して、毎日眺めるのが楽しみ

 

「じゃらん」文体を身につける

 さてさて、へこんでばっかりもいられない。

 売りにしてきたことが通用しないなら、マーケットにあわせて発想を変える必要がある。オーナーの発案で、食事付きプランを検討することにした。

 会席料理に加えて、お土産や特典もいっぱい付ける。お得が大きい宿が人気というなら、そっちに寄せればいい、という発想だ。「おトク」に敏感な名古屋人であるオーナーの意見が多いに役立った。会席料理は高いほうがいい。どこかの温泉宿でやっていた、飲み放題があるとうれしい。宿に来るまでの交通費もついてるといい。お土産は持ち帰りやすいものがいい……。

 なるほどなるほど。

 どうせ特典をつけるなら分かりやすく目立ったほうがいい、ということで、景気よく「7大特典」を用意した。

1.選べる京都の逸品土産 2.交通費負担 3.オリジナル絵はがきプレゼント 4.非接触ドアオープナープレゼント 5.ドリンク6種飲み放題 6.アーリーチェックイン・レイトチェックアウト 7.次回宿泊時に割引

 京都のお土産は、お世話になっている「亀屋良長」「川勝総本家」など近隣の名店に相談。会席料理は、歩いて行ける名店がよいということで、堀川五条は「京料理 八清」、仏光寺東町は「加茂川」に相談し、快諾いただいた……というか、どのお店も喜んでくれて、こちらが恐縮である。

 

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「京料理 八清」の会席コース。8500円のコース料理が宿泊代金とあわせて35%オフになるのはかなりお得だ。「八清」さんは器や盛り付けの美しさも評判〈写真提供:京料理 八清〉

 

 次は告知活動だ。この手のプランはブッキングドットコムのような宿泊予約のみのサイトには掲載できないので、自社サイトか「じゃらん」など日系のサイトでの告知となる。撮影やコピー書きは編集ライターでもある私の仕事になるので、ほったらかしだった「じゃらん」のページも改造することにした。人気の宿のページを見て、コピーの書き方や内容、写真の配置などを研究する。

「♪」「★」「おトク」が多用されるタイトルや文章、料理写真を全面に押し出したビジュアル。わかりやすく親しみやすい感じでいながら、知りたい情報が細かく書かれた文章……なるほどなるほど。

「新しいプランが登場しました♪」

「お値段ぐっとリーズナブル☆」

 やってるうちに、息をするようにこんな文が書けるようになってきた。部屋ごとの違いが分かるように、写真も大量にアップロードする。旅行会社のパンフレットや記事広告を作ってきた経験がここで役に立った。

 人生、いつ何が役に立つか分からぬのう。

 

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まだ迷いが多かった8月16日、清水寺に出かけてみると、千日詣り(一日の参詣で千日ぶんの功徳にあたる日)の最終日。五山送り火も中止となり、寂しかった京都の夏も終わりに近づいている

 

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岩手の工芸品・南部鉄器の風鈴が境内に飾られ、涼やかな音色を響かせていた

 

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本来なら参詣の人々でいっぱいの清水寺参道。静かな空気に満ちていた

 

 9月11日に満を持して(?)プランを発表。SNSでも広告を打ってもらった。

 思った以上の反応があった。1名での会席プラン申込も意外とあったので、格安の「おひとり様応援プラン」も設定し、こちらもまずまずの反応を得た。

 9月の連休は快調に埋まっていき、平日もちょっとずつだが動きはじめた。去年の稼働率からしたらゼロも同然だが、ここでの1室、1室の予約は重みが違う。今まではほっといても集客していたのが、この予約は、自分たちから取りに行った予約だからだ。

「7大特典プランの案内、どんな感じにしますか」

「交通費はどうやって案内しますか。ルールをもうちょっと細かく決めないと」

 チェックインの案内がより複雑になるので、スタッフの顔も引き締まってきた。いいぞいいぞ。

 マニュアル作りや特典の在庫管理など、やることはいっぱいあるが、こうでなきゃ。

 10月1日から地域共通クーポンの配布がはじまることになっており、またイヤな予感しかないが、今のところは前に一歩進めた気がしている。

 頑張ろうな、楽遊。

 誰もいないロビーの真ん中で吹き抜け天井をあおぎながら、またつぶやいてみた。

 

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気が付けばもう秋。鴨川には秋風が吹いていた

 

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暑さも和らいで、サイクリングにぴったりの季節

 

 さて次回は怒濤の10月~11月編! どうするどうなる地域クーポン!? そしてGOTO停止だと!?

 刮目して待て! 

 

 

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*町家旅館「京町家 楽遊 堀川五条」ホームページ→http://luckyou-kyoto.com/

*宿の最新情報はこちら→https://www.facebook.com/luck.you.kyoto/

 

 

*本連載は不定期配信です。次回もお楽しみに!

 

 

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山田 静(やまだ しずか)

女子旅を元気にしたいと1999年に結成した「ひとり旅活性化委員会」主宰。旅の編集・ライターとして、『決定版女ひとり旅読本』『女子バンコク』『旅の賢人たちがつくった 女子ひとり海外旅行最強ナビ』など企画・編著書多数。京都の町家旅館『京町家 楽遊 堀川五条』および『京町家 楽遊 仏光寺東町』の運営を担当しつつ、半年に一度1ヵ月の休暇をとって世界じゅうを旅している。

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