台湾の人情食堂
#29
台南の次は、食と人情の街・嘉義
文・光瀬憲子
台湾の本当の魅力は地方都市にある。だから、台北を一度か二度訪れたあとは、ぜひ地方に足を運んでみてほしい。なかでも初心者にやさしいのが、台湾中部の食と人情の街、嘉義(ジャーイー)である。
嘉義のおとなり、台南は食都として有名で、台湾リピーターの日本人もよく訪れている。だが、実は嘉義は台南に負けないくらい美味しいものが詰まった、そして人情あふれる街だ。今回は5つの店を通して、もうひとつの食都・嘉義の魅力をお伝えしたい。
台北や高雄では「黒白切」、嘉義では「魯熟肉」
嘉義の魅力その1。
嘉義人には食に対して強いこだわりがあり、嘉義独特の料理名や製法もある。たとえば台北や高雄などでは黒白切と呼ばれている豚モツのスライスは、嘉義では魯熟肉と呼ばれる。そして、豚モツだけでなく、豚の血、もち米、芋を固めた練り物や、嘉義独得の蟳粿(ギムゴエ)というタマゴと小麦粉をベースにしたお菓子のような練り物などが加わり、見た目も特徴的だ。
古い看板が目印の「羅古早味魯熟肉」。この看板と店構えはずっと変わってほしくない
「羅古早味魯熟肉」という店はそんな魯熟肉の人気店。店頭に並べられた魯熟肉を指差せば、カットして皿に盛ってくれる。
だが、この店には必ず食べてほしい品がもうひとつある。切子麺だ。小さめのお椀に黄金色のスープと細めの油麺、そしてそぼろ肉のトッピングというシンプルな麺なのだが、このスープがすごい。ほどよく脂ののった、深みのある味わい。日本のラーメンほどしつこくなく、絶妙なコクとあっさりとした風味がある。店主によると、20種類以上の材料を長時間煮込んだ自慢の黄金スープなのだとか。台湾でさまざまな麺を食べたが、この店の麵は一番のお気に入りだ。
「羅古早味魯熟肉」の魯熟肉。黄色いのは嘉義特有の蟳粿(タマゴと小麦粉の練り物)
「羅古早味魯熟肉」の店長自慢の黄金スープの麺。絶妙なコクと旨味
店の人たちはみな親切。言葉が通じなくても心配無用
嘉義に鶏肉メシあり
嘉義の魅力その2。
嘉義といえば雞肉飯(鶏肉飯)を連想する方もいるかもしれない。いわば魯肉飯の鶏肉バージョンで、小さなお茶碗に盛られた白米の上に七面鳥(または鶏肉)のモモ肉が乗った一品。嘉義の人々はこれを朝から食べる。台南人に行きつけのサバヒー粥の店があるように、嘉義人にはお気に入りの雞肉飯店がある。
私のイチ押しは「劉里長雞肉飯」。この店の鶏肉はしっとりとして柔らかく、しかも白米の底のほうまで肉汁が染みていて実に味わい深い。さっぱりとした味なので、朝ごはんにも適している。
また、雞肉飯と一緒に鶏モツスープにもチャレンジしてみてほしい。こちらもあっさりとした塩味で、歯ごたえのある鶏モツが味わえる。
「劉里長雞肉飯」の鶏肉メシと鶏モツスープ
「劉里長雞肉飯」の雞肉飯は、日本でも公開された映画『KANO 1931海の向こうの甲子園』のロケ弁にもなった
豚モツの多彩な味と食感
嘉義の魅力その3。
台湾の飲食店はずいぶんサービス品質が向上したが、それでも日本の飲食店のような至れり尽くせりのサービスはまだまだ望めない。
だが、嘉義の飲食店は総じて外国人旅行者にやさしい。台北や高雄、台南などと比べると、嘉義は観光地としてまだそれほど発展しておらず、映画『KANO 1931海の向こうの甲子園』の大ヒットで注目され、ようやく旅行者が増え始めたところ。そんな嘉義で地元の人達が旅行者にやさしいのは、嘉義人特有の人柄に理由がある。
嘉義は阿里山を含む高山地帯を抱える県で、山中には台湾先住民が多く住んでいる。このため、平地に住む台湾人と山に住む先住民の交流が盛んだ。嘉義の人に多民族への自然な適応力が備わっているのもこのためである。また、日本時代には多くの日本人が暮らし、灌漑を敷いて嘉義を豊かな農業地帯にしたという経緯があるため、特に日本人には親しみをもつ人が多い。
嘉義で一番人気の「黒人魯熟肉」も、そんな嘉義らしさあふれる店だ。嘉義の民族路と光華路が交わるロータリーにあり、常に人だかりができている。この店は嘉義一番の人気店だけあって多忙を極めているものの、店員がとても気さくだ。私が日本人であることがわかると、「日本のどこから来たの?」「嘉義では他に何を食べた?」「嘉義の食べ物は口に合う?」と、あれこれ世話を焼いてくれる。テイクアウト専門店なのだが、すぐ脇に小さなテーブルと椅子があるので、ちょこっと座って食べていくこともできる。
「黒人魯熟肉」魯熟肉。指差すだけでスライスしてくれる
魯熟肉の人気店「黒人魯熟肉」で許可してもらった持ち込みビールと
民族路と光華路が交わるロータリーにある「黒人魯熟肉」(右端)。“ロータリーに旨いものあり”を体現する店
私の牛肉麵歴のなかでもナンバーワン
嘉義の魅力その4。
嘉義は農業地帯であり、牛肉やラム肉などの産地も近いため、台北や高雄に比べると新鮮な食材が手に入りやすい。そんな強みを活かしたのが「葉記牛肉麺」。牛肉麺は各地で食べ歩いたが、今のところこの店が私のナンバーワンだ。
クセのない漢方風味の味わい深いスープや麺のコシなど、すべてが私好みなのだが、何といっても圧倒的な魅力は肉。素材の旨味がたっぷりと味わえる、他店では出合ったことのない柔らかい牛肉なのだ。もちろん、嘉義の人々の間でも絶大な人気を誇っている。
地元産の新鮮な牛肉を使った「葉記牛肉麺」。肉が驚くほどやわらかい
店舗はこちらだが、夜中は文化路と中山路のロータリーに屋台が出る
地べたで商う杏仁茶と揚げパン
嘉義の魅力その5。
嘉義には代々、または長年にわたり伝統の味を守り続ける店が少なくない。例えば「黒人魯熟肉」と同じロータリーの斜向いに毎朝陣取る杏仁茶の女将さん。ここは屋台とさえいえないような、杏仁茶の女将さんの「陣地」だ。道具を並べればそこが店になる。小さな椅子にしゃがみ込み、アツアツの杏仁茶(杏仁豆腐味の甘いスープ)に生卵を溶いて客に一杯ずつ手渡す。アルミのコップを受け取り、これに長細い油條(台湾式揚げパン)を浸しながら食べる。
今の女将は2代目で、先代からもう80年以上、同じ場所で、同じスタイルで杏仁茶を売り続けている。ロータリーの女将さんの周りには常連客がしゃがみ込み、嘉義の朝ののどかな時間が流れていく。
民族路と光華路で味わえる杏仁茶と油條の朝ごはん
二代目女将は気さくでみんなの人気者
日帰りも可能! 嘉義へのアクセス
台北駅から嘉義までは在来線(台鐵)の自強号で3時間半。およそ600元だ。台北駅で台鐵弁当を買って乗り込めば心地よい車窓の旅が待っている。新幹線ならおよそ1時間半なので日帰りも余裕。
新幹線の駅から在来線の駅まではタクシーで30分、無料のシャトルバスも出ている。だが、前回取り上げた朝市や夜市も魅力的なので、一泊することをおすすめしたい。
*5月20日、6月17日、7月15日、8月19日の計4回(いずれも土曜午後)、名古屋の栄中日文化センターで筆者が台湾旅行講座を行います。詳細は後日あらためてお知らせいたします。
http://www.chunichi-culture.com/center/sakae/index.html
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定価:本体1200円+税
*本連載は月2回(第1週&第3週金曜日)配信予定です。次回もお楽しみに!
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著者:光瀬憲子 1972年、神奈川県横浜市生まれ。英中日翻訳家、通訳者、台湾取材コーディネーター。米国ウェスタン・ワシントン大学卒業後、台北の英字新聞社チャイナニュース勤務。台湾人と結婚し、台北で7年、上海で2年暮らす。2004年に離婚、帰国。2007年に台湾を再訪し、以後、通訳や取材コーディネートの仕事で、台湾と日本を往復している。著書に『台湾一周 ! 安旨食堂の旅』『台湾縦断!人情食堂と美景の旅』『美味しい台湾 食べ歩きの達人』『台湾で暮らしてわかった律儀で勤勉な「本当の日本」』『スピリチュアル紀行 台湾』他。朝日新聞社のwebサイト「日本購物攻略」で訪日台湾人向けのコラム「日本酱玩」連載中。株式会社キーワード所属 www.k-word.co.jp/ 近況は→https://twitter.com/keyword101 |