風まかせのカヌー旅
#23
番外編★離島のシーフード
文と写真・林和代
Photo by Osamu Kousuge
「ちょっとエリー、あれ見て! 中、赤くない?」
「確かに赤いわ。それにあの大きさ」
「もしかして……」
私たちは大きく目を見開きつつ、期待に胸を膨らませた。
ラモトレックに到着した日の午後。
我らクルーを歓迎する宴が開かれ、一人にひとつずつ、それは配られた。
緑が鮮やかなヤシの葉を編みこんだカゴ。
その格子状の緑の隙間から、赤いものがチラチラとのぞいている。
やがて私たちの番が来た。
ずしりと重く、ほんのり温かいその包みを開けたとき、私とエリーは同時に叫んだ。
わーお!
見事なヤシガニだ。
しかも、一人に丸ごと1匹ずつとは!
これまでヤシガニといえば、必ずや7、8人で1匹を奪いあいながら貪り食うと相場が決まっていただけに、この贅沢さは衝撃的である。
ラモトレックの皆様が我々のためにたくさんのヤシガニを捕獲すべく茂みの中を格闘してくださったであろう姿を思い浮かべ、心の底から感謝しつつ、私はヤシガニの大きなハサミにしゃぶりついた。
このあたりの離島はみな、珊瑚礁でできた小さな島なので、土はほとんどなく、水も雨水に依存しているため、作れる農作物は非常に限られている。
しかし海は豊か。
日本人の私からみても「ごちそう」と呼べるものが満載だ。
と言うわけで今回は、私がこれまでに出会った離島のシーフードをご紹介しよう。
Photo by Osamu Kousuge
茹で上がって真っ赤になったヤシガニである。ヤドカリの仲間でハサミがゴツくて大きい。腹と尻尾は内側にくるっと丸まっている。肉は白く、プリッとして甘味が濃い。ヤシの実を食べるためヤシガニと呼ばれているが、実は雑食で、なんでも食べる。
腹の中はいわゆる「味噌」で、これが相当ウマイ。一般のカニミソよりはるかに甘く、とろーり濃厚。なので、思わずムキになって食べてしまうのだが、実はこの部分、かなり脂っぽくもあり、食べ過ぎるとお腹を下す。そうと分かっていても美味しくてやめられない、ある意味キケンなパーツでもある。
ちなみに、茹でる前の色はいくつか種類があるようで、濃い紫色や、水色のものも目撃したことがある。
一部地域には、その食べているものによって結果、人体に毒になる種類もあるようだが、このあたりの離島のものは安全だと聞いた。
パラオ、グアム、サイパンあたりにもまだいるが、数はかなり減っていて、そうした観光地のレストランでは、1、2万円はするのだとか。
イセエビの仲間やうちわエビの仲間も獲れる。これらは男性が海に素潜りしてスピアガンで捕獲する。甲殻類はみな、茹でて食べる習慣のようだが、私は内心、ロブスターのサシミも美味しいのよ、と教えてあげたい気持ちになる。
かつてサタワルに滞在していた夜、ビーチに出たらこのカニがのそのそ歩いていたので私が捕まえ、家人に見せたら、途端に家中がドタバタと盛り上がり、皆で一斉にカニ獲りに出かけたことがあった。
浜に近い林の木の根元の穴の中が棲み家のようで、産卵の時期、海へと移動する夜7時頃を狙って獲る。
甲羅の幅は10センチほど。さほど大きくはないので身も少ないが、このココナツミルク煮はとてもおいしい。細くとがった爪を使って、いつまでも黙々とほじり続けると言う、カニを食う醍醐味が存分に味わえる。
初めて出かけたサタワルで、半分に切ったペットボトルに、オレンジ色のウニの身がどっさり入っていたのを見かけたときの感激は今も忘れない。
ここのウニは、パイプウニと呼ばれるタイプのもので、でかい。30センチはあろうか。棘は尖っておらず、先端が丸まった細長い石のようになっている。
裏にある「口」をサンゴ石で叩いて割ると、とろーり美味しそうな身が出てくる。図体が大きいので、中身も食べでがある。
現地ではこれをさっと茹でて食べるのがもっぱらのようであるが、私はやはりナマである。醤油をかけていただくと……ウニ! もちろん日本でいう高級なウニに比べれば水っぽくパサつきもあるが、それでもこんな地の果てでウニが食えれば大満足。
私がウニが食べたいと騒ぐと、男性陣が夜、漁に出て、どっさり獲ってきてくれる。
すると女性陣は真っ暗な浜にしゃがみ込み、懐中電灯で手元を照らしながら、延々と中身を出す作業に没頭する。眠くても誰も途中で投げ出さない。すべてが終わるまで、何時まででもこなす。この時点でかなり眠くなる私は、ウニ食べたいと騒いだことを、ちょっぴり後悔するのである。
サタワルはタコの島として有名である。他の島々では最近になってようやくタコを食べ始めたらしいが、サタワルでは古くから食べられてきた。
ぶつ切りにして醤油味のピリ辛炒めにしたりするのがポピュラーだが、私のお気に入りは、柔らかくしたタコの炒め煮。歯が悪い老人でも食べられるようにと、叩いて叩いて柔らかくなったタコは、繊維が破壊されているせいか旨みもふわーっと広がってとてもおいしい。
ちなみにタコ獲りは、女性の仕事である。浅い海を歩き回り、サンゴの隙間にヤシの実の中の白い部分(胚乳)を削ってエサとしてまく。やがてそれを食べに出てきたタコをかぎ状の棒でえいやあっと捕まえる。
写真上/タコ漁の様子。写真下/タコ漁の獲物が入ったバスケットの中身。ついでに食べられる貝も獲ってくる。中央の白い丸いものが、タコの餌に使うココナツ。
魚の食べ方として、みんなが大好きなのがサシミ。日本統治時代の影響なのか以前からそうなのかは確認していないが、とにかくサシミは人気。
醤油とチューブのワサビ、もしくは醤油にレモンを絞ってマリネにすることも多い。ご飯のおかずとしてはもちろん、やし酒のつまみとしてもよく利用されている。
サシミについで人気があるのがディープフライ。ガーリックパウダーを振りかけてたっぷりの油でじっくり揚げると当然うまい。
とはいえ、一番手軽なバーベキューが一番ポピュラーだったりする。
そんな離島のシーフードの思い出を、ヤシガニの味噌をペロペロ舐めながらエリーに熱く語っていると、彼女がニコニコしながら言った。
「カッツ、いつもいろんなことすぐ忘れちゃうって言ってるけど、フードメモリーだけはバッチリね」
……確かに。
*本連載は月2回(第1&第3週火曜日)配信予定です。次回もお楽しみに!
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林和代(はやし かずよ) 1963年、東京生まれ。ライター。アジアと太平洋の南の島を主なテリトリーとして執筆。この10年は、ミクロネシアの伝統航海カヌーを追いかけている。著書に『1日1000円で遊べる南の島』(双葉社)。 |