風まかせのカヌー旅
#22
優等生なヤシ酒の輪に驚く
パラオ→ングルー→ウォレアイ→イフルック→エラトー→ラモトレック→サタワル→サイパン→グアム
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文と写真・林和代
太陽が沈んでしばし。
あたりがほんのり青い光に包まれた。
緑濃いラモトレックの村も、海も、目の前に浮かぶマイスも、みんな薄い青のセロハンを通して見ているみたいにブルー。
東京でも離島でも、青いセロハンタイムは愉快な夜の前触れみたいで、なんだか楽しくなる。
離島の法則に則って男性クルー達と別れ、酋長の奥様に預けられた私とエリーは、促されるままお宅にお邪魔。ここにももう電気が通っているようで、奥様がスイッチを入れると、室内灯が普通に点灯。そこで子供達と遊んでいると、やがて外から音楽が聞こえて来た。
誰かがギターを弾いているのか? いや、これはラジカセかな?
そんな風にエリーと話していると外から酋長がやって来て、こういった。
「ドリンキングサークルに、ご一緒しませんか?」
はあ!?
私は大変驚いた。
私がよく知るサタワルのドリンキングサークルは、普通女性は近づかない。いや、決して近寄りたくないシロモノだ。ある意味キケンと言ってもいい。
しかし、誰あろう酋長がこうおっしゃるのだ。私とエリーは恐る恐る、外に出た。
そのサークルは、家から2、3分ほどの場所にあった。
完全に陽は落ちてあたりは真っ暗。細かい様子はわからぬが、総勢30人ほどが輪になって座っているようだ。その輪の中央に木の台があり、大きなラジカセが乗っている模様。そこからチューク島発のダンスミュージックがガンガン鳴り響いていた。
しかし、私たちが座に加わると音は一時停止。いたってシラフな酋長が、英語と現地語で軽くご挨拶をなさった。内容はまあ我々を歓迎するという主旨だが、人々は皆、穏やかにおとなしく話を聞いている。よく見ると、輪の中にうちのクルーの多くも混ざっているようだ。
やがてお話が終わって音楽が再開すると、男性二人が輪の中央に陽気に飛び出して、かっこいいダンスやら愉快系ダンスやら、いろんな踊りをひとしきり踊って、また輪に戻って座った。と、また別の男性が入れ替わりで中央で踊り出す。
もっともダンサブルなナンバーでは、大勢が天然のダンスフロアで愉快そうに踊る。
確かに皆、ヤシ酒は飲んでいる。私は下戸なのでパスしたが、エリーはヤシの実カップで1杯いただいた。しかし、7時開始でまだ8時。ひどい酔っ払いは皆無である。すこぶる健全だ。
やがて私とエリーも一緒に踊ろうと引っ張り出された。
私たちはイヤヨ、イヤヨと2、3度お断りしたのちに、1曲がっつり踊った。
踊りながら、なぜか笑いが止まらなくなった私は空を仰ぎ、天頂でひときわ輝くちょい欠け満月に向かって日本語で叫んだ。
「ありえなーい! 私、ドリンキングサークルで踊ってまーす!」
そうしてしばし。不意に音が止み、皆が拍手をすると、あっという間に輪は散会した。
きょとんとする私に酋長が言った。
「ラモトレックでは9時までと決まってるんです。それにヤシ酒のカットは一人3本まで」
なんと! そんな健全なドリンキングサークルがあったとは!?
写真上のように樹液を採取し、写真下のように樹液をビンに移し替えて発酵させる。茶色い丸い球状のものは、ヤシの実の外皮を剥いたら出てくる殻。中のジュースを飲んだ後の殻を利用する。
ヤシ酒は、基本毎日作るものだ。
ヤシの木の、これから先端に実がなるであろう細い枝を切り、樹液をヤシの実のカップで受けて採取、それをビンに入れて数時間自然発酵させる。
1本の木に1箇所。
カットする本数は、そのままできるヤシ酒の量を表す。
ラモトレックでは一人3本まで。しかし、我がクルーのアルビーノ曰く、サタワルでは一人40本はカットするらしい。10倍以上!
それにサタワルでは、午後3時頃始まり、終了は夜中の2時3時。ほぼ12時間体制だ。
だから、終わる頃には村中酔っ払いだらけになって、あちこちでひっくり返ってたり、喧嘩してたり歌ってたり、そこら中スットコドッコイな状況になるのが常である。
ある時、ご陽気に踊り続けてたナビゲーターのおじさんが、よろけて転んだ拍子に魚用のプラスチックのカゴにお尻がすっぽりはまって抜けなくなって、漫画みたいに足をバタバタさせていたので、私と別の女性で30分かけて救出したこともあった。
そんなドリンキングサークルしか知らぬ私にとって、ラモトレックの優等生ぶりには驚くばかりである。
一般にドリンキングサークルは、カヌー小屋ごとに開かれることが多い。輪の中心には、大きなアイスボックスが置かれ、中堅どころの兄さんが、みんなにヤシ酒を注ぐ係として座っている。ちなみに写真は、かつてサタワルで飲み始めたばかりの時間帯に撮影したもの。
優等生といえば、こんな話もあった。
私が初めてサタワルに行った時、荷ほどきをする私に、ステイ先のママが言った。
あら、あなた、鍵を持ってこなかったの??
サタワルではどの家でも大きなプラスチックケースやスーツケースに私物をしまい、必ず鍵をつける。そしてその鍵は、肌身離さず持ち歩く。これがサタワルの原則である。
鍵を持たなかった私は、その辺の若造たちに小銭やらタバコやら色々取られたし、病気で伏している老人が枕の下に隠し持っているタバコも、その孫らによってガンガン盗まれていた。
その旅の帰り道、船がラモトレックに立ち寄った時、ここで半年暮らした西洋人の研究者夫婦に遭遇したので尋ねてみると、鍵などかけたことないし、盗まれたことも1度もないとのこと。
サタワルしか知らぬ私にとってラモトレックは、恐れ入るほど品行方正な島なのであった。
ヤシ酒。現地の言葉でファルーバという。
ヤシの樹液を発酵させた白濁したこの酒は、離島の日常酒である。
特に、カヌーでやってきたクルーを歓迎するには不可欠なものとされているし、航海に出るときも、ヤシ酒を相当飲んだ上で、さらにヤシ酒を積んで出かけることも多いらしい。
もちろん酒なので、トラブルの原因にもなる。
トラブルが多発すれば、酋長が一定期間、作ることを禁じることもよくあり、その場合、不思議なほど人々はしっかり禁を守る。
発酵前のとれたては、エリーマムと呼ばれるノンアルコール飲料で、カルピスに似た味がする。これは普通、おんな子供に提供されるもので、私の好物でもある。
飲み残して過発酵になった酒は、酢として利用される。
しかし、この酒が果たすもっとも重要な役割は「伝統知識の授受」にある。
航海術をはじめとする島の伝統的な知識には、
初歩的なもの=誰でも知ってるものと、
特定のクラン(氏族)だけが知っているシークレットなもの、
さらには特定クランの中の特定の人だけが知っているスペシャルシークレットものに大別される。
スペシャルシークレットは、それを知る人物が、自分と同じクランの中の、一番優秀と思われる人物にだけそっと教えると言われている。
とはいえ、小さな島のこと。おおよそ誰がどんな知識を持っているかは知れ渡っている。
そこで、どうしてもスペシャルシークレットを学びたい、と思った別のクランの人は、教えてもらいたい相手にヤシ酒を持って、教えてくださいとお願いしに行く。
相手がそれを受け取って飲めば、教えてもらえる。受け取ってもらえなければ教えてもらえない。
そういう意味で、ヤシ酒は伝統的な知識の伝授に大きく関わっている。
ヤシ酒を飲む器は、伝統的にはヤシの実の外皮を向くと出てくるまん丸で硬い実の殻を半分に割ったものが使われてきた。が、今ではプラスチックのマグカップなども普通に利用される。ただ、手仕事好きな酒飲みたちは、こうして殻に色々模様を彫り込んで遊んだりする。ちなみにこの殻は、ヤシの樹液を受けたり飲んだりするだけでなく、おわん、調理用ボール、薬草を煎じるときなど、あらゆる場面で利用される。
*本連載は月2回(第1&第3週火曜日)配信予定です。次回もお楽しみに!
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林和代(はやし かずよ) 1963年、東京生まれ。ライター。アジアと太平洋の南の島を主なテリトリーとして執筆。この10年は、ミクロネシアの伝統航海カヌーを追いかけている。著書に『1日1000円で遊べる南の島』(双葉社)。 |