日常にある「非日常系」考古旅

日常にある「非日常系」考古旅

#20

  “穴”の違いを考察する~南アフリカ~

文と写真・丸山ゴンザレス

 

 

 “生きた穴”に入ったのは初めてのことだった。

 “穴”には二つの種類がある。生きた穴と死んだ穴。考古学で主に扱うのは後者のほうだ。

 これまで発掘で潜った遺跡の穴は主に横穴式の古墳、つまり機能としては死んだ穴だ。

 古墳は死者を葬るための場所であり、埋葬し封印がほどこされると同時にその役目を終えるものだと思っている。あとは、永遠の眠りを維持していくだけの施設だ。

 それに対して、何らかの活動が継続する場合は、その場所は生き続けていると思う。これは感傷的な意味合いではない。実際に生きた穴というのが存在しているからだ。

 死んだ穴ばかりを考古学で研究してきただけに、生きた穴にも触れてみたいと常々思ってきた。その穴の数々も、掘られた当時は生きていたものである。その穴がなぜ掘られたのか、また、どんな思いで掘られたのかということを、研究上の考察ではなく、現実の感覚として触れてみたいと思っていたのだ。

 実際には、ルーマニアの「マンホールタウン」や、マンハッタンの下水道で暮らす人々を取材したことなど、生きた穴を見てきたことはあるが、厳密に言えば、これらのものは“穴”とは言い難い。だが、2019年に私が出合った“穴”は、正真正銘の“生きた穴”だった。

 

 

突然開けた違法鉱山への道

 

 

 下水道、トンネル、貯蔵庫……など、穴にも様々あるが、私が注目していたのは、「鉱山」である。それも南アフリカ共和国の違法鉱山だ。

 南アフリカではアパルトヘイト(人種隔離政策)の影響で白人に富が集まった歴史的な経緯がある。そして、アパルトヘイト撤廃後、揺り戻し的に白人から財産を黒人に戻す動きが起きた。その一環で白人経営の鉱山が黒人経営に移行したあと、経営が立ち行かなくなり放棄されたる事態が生じたというのだ。そして、そんな鉱山を勝手に採掘している連中がいるのだという。

 鉱山採掘をするには高度な専門技術が必要である。不安定な坑道では、ちょっとしたことで事故が起きる。特に落盤は命に関わるのだから、ハイリスクな現場であることは誰の目にも明らかでありながら、そこを好き勝手に掘っている連中がいるとしたらどんな感じになるのだろうか。正直想像もできない。

 それがどんなものなのか見てみたい。『クレイジージャーニー』での南アフリカの格差社会を取り上げる企画で訪れたのだが、個人的にはこの違法鉱山に足を延ばしたいというのが、取材先として南アフリカを選んだ理由の一つでもあった。

 もはや違法鉱山の情報を耳にしたら興味しか湧かない。だが、はるかアフリカの先端に行くにはスケジュール的に厳しく、なかなか訪問することは叶わなかった。頭の片隅にずっとあったこのネタが動き出し、ようやく行くことができたのは2019年。通算で4回目の南アフリカ共和国・ヨハネスブルグである。

 すぐに鉱山に行きたいという逸る気持ちを抑え、『クレイジージャーニー』のカメラにギャングや麻薬の取材風景を収める。もちろん、都市の闇を追いかけるのに興味がないわけではないが、それ以上に鉱山に対する思いは強かった。

 しかし、そんな気持ちとは裏腹に、鉱山取材の許可がなかなか下りない。今回の一連の取材で仲介者となってくれていたニャイコという若者に「違法鉱山に行きたい」とリクエストしていたが、曖昧にはぐらかされるだけで回答は保留され続けていたのだ。「なんでだよ」という思いはあっても無理は言えない。あくまでニャイコというパイプだけが頼りの取材だったからだ。

 状況が動き出したのは、同行していた番組のディレクターが帰国した直後。彼が日本に戻るのを待っていたかのように、突然ニャイコから連絡が入った。

「リスクは高いが行くか?」

 詳しく状況を尋ねてみると、違法鉱山があるのは彼自身が直接の繋がりを持たないコミュニティで、テレビカメラを持ったディレクターがいるのは、相手を刺激するため連れていくことができなかったとのことだった。

 カメラそのものがリスクだというのは、危険地帯を取材する上で危うい状況を生み出すということ。そんなことは何度も経験していたので、今さらそこをゴネる気もしなかった。むしろ私を気遣って、テレビカメラなしでの取材交渉をしてくれたことに感謝したいくらいだった。

 「親切にありがとう」と伝えると、ニャイコも心なしか嬉しそうだった。アフリカ人に対する偏見があるわけではないが、こうした気遣いのできる現地人にあまり会ったことがない。

 

 

 

違法採掘グループのアジトへ

 

 

 ニャイコたちと現場へ一緒に向かう道中、タクシーでニャイコに「違法鉱山ってどこら辺なの?」と尋ねると「あの丘の麓に見える集落だ」との返事。指し示す先に丘などない。適当なアフリカンジョークかと思ったら、ニャイコの友達で同行者のシーズエという若者が「そうそう。ここからだと、あと1時間ぐらいかかるね」と同意する。

 内心、「嘘だろ!?」と思ったが、しばらく行くと彼らの話通りに丘が目の前に現れ、ちょうど1時間で到着した。どうやら本当に見えていたようだ。アフリカ人の視力のポテンシャルの高さを見せつけられた。これには参った。

 

 案内された集落はスラムと呼んでも差し支えないほどのバラック街だった。そこには違法採掘してきた金を精錬するための小屋があった。

 小屋に入る時に隠し撮りしていたカメラを止めた。下手にバレたらニャイコたちに迷惑をかけてしまう。彼らの苦労を無駄にするようなトラブルは避けたかった。

 そこで私はインタビューに専念しようと、リーダーっぽい男と話すことにした。

「先月、落盤で一人死んだよ」

 この仕事がどれほどヤバいのかを早速教えてくれた。それでも働くのは、鉱夫たちのほとんどが不法移民で、職業選択の余地がないからだそうだ。そんな危険な仕事にもかかわらず、稼ぎは月1000円程度。しかし彼らは、食料と水を持って穴に下りていく。

 広大な鉱山であるため頻繁に戻ってくることは非効率であり、最小限の出入りにとどめるため約2週間~1ヶ月は地上に戻ってこないのだという。過酷な労働であることは明らかだった。

 ひとしきり話を聞いたあと、リーダーたちに案内されてバラックの住宅地に隣接する荒れ地に向かう。

 「この先に鉱山が?」

 「あるよ」

 過酷な労働の情報を耳にしておきながら、この時点でワクワクが急上昇である。考古学だとか、ジャーナリストだとか、そんな肩書きは対外的なもので、原動力となっているのはただの好奇心。それが人一倍強いだけなのだ。ただ珍しいものを見たい。見たことを自慢したいだけなのかもしれない。

 荒れ地の真ん中辺りと言っていいのだろうか、ぽつんと木が生えていた。その横に土と瓦礫でできた小山のようなものがある。よく見ればその間にぽっかりと大きな口を開け、真下に延びる穴があった。

 

 

200メートルの垂直落下

 

 

 イメージしていた鉱山の採掘坑は山肌の中腹に開いた横穴だった。完全に水平な横穴でなくても、斜面に対して垂直、つまり斜めに下りていくような通路を予想していた。ところが目の前にあるのは真下に向かって掘られた縦の穴であった。しかも、お世辞にもきれいに掘られたとはいえない穴だ。よく見れば露出した木の根っこに結わえられた細いロープが垂れ下がっている。

 「ここ?」

 「そうだ」

 私と一緒に入ることになっていた鉱夫は当たり前だと言わんばかりに言い放つ。彼らはこれから一ヶ月ほど坑内で過ごすのだ。想像をはるかに超えた状況に少々怯んだが、ここを日常的な職場としている人たちを前にビビってなどいられない。自前のカメラをセットしてロープを伝って下りることにした。

 正直、ここを下りるなんて正気じゃない。だが、先が見えない穴の先に何があるのかを考えると、好奇心どころかアドレナリンがバンバンに出ているのを感じる。

 「やばい!」

 どんな絶叫マシーンでも味わえない未知のものへの挑戦。そう思うと興奮がマックスになっているのがわかるが、その反面で冷静になっている自分もいる。果たして自分の身体能力で再び地上に戻ることができるだろうか。この細いロープに身を委ねて大丈夫なものだろうか。光の差し込まない穴を一気に下りながら、そんなことを考えた。

 「足が届かない?」

 足をつける場所がないことに気づいた。だが下を見ても何も見えない。先に下りていった鉱夫がいるはずだが、彼の姿は見えない。もしかして、このまま一気に落ちてしまうのかと、軽く空中で足をばたつかせると、ようやく足場らしきところにつま先が触れた。

 ものすごい安堵感。ここで先行する鉱夫に「この先はどのくらいある?」と聞くと「200メートル」との返事がきた。

 (嘘だろ!?)

 一瞬躊躇する私の存在など気にもとめずに、鉱夫はさらに深くへ下りていく。

 

 

IMG_3787 IMG_3772
IMG_3766南アフリカの違法鉱山

 

 

 

ここはピラミッドの盗掘坑?

 

 

 「ちょ、ちょっと待って!」

 あわててカメラを取り出して内部を撮影する。カメラを通すことで冷静になった。

 光の入り込まない暗闇の中で、光量の足りないライトをあててよく見れば、ここが自然に開いた穴ではなく、人の手によって掘られたものであることがわかる。工具痕があるのだ。日本の横穴墓研究では、工人(専門職)が掘削すると、工具の痕跡が統一されており、粗っぽく削られた痕跡は散見される程度である。その辺の違いは、求める用途が違うからだろう。墓は工人の制作物であるが、ここは本坑道へと繋がる通路。ただ通ることさえできればいいのだ。そこを馬鹿丁寧に掘る必要もないということなのだろう。

 地上でリーダーに教えてもらったのだが、穴は本来の鉱山の坑道まで続いており、その坑道は数キロにわたって地中に張り巡らされた構造になっているのだという。もともとヨハネスブルグは金の採掘で発展した街で、現役の鉱山以外にも閉鎖された鉱山はいくつもある。リーダーたちが狙っているのはそんな閉鎖された鉱山で、このような穴は彼らによって開けられた穴なのだそうだ。つまり、非正規の入り口を造るために別角度から穴を開けて侵入しているということになる。

 (まるでピラミッドの盗掘跡だな)

  クフ王のピラミッドに開けられた9世紀の太守アル=マアムーンの盗掘坑。現在も観光客の出入り口として使われているトンネルだ。ピラミッド内部に入ることを目的として掘られた非正規の入り口であり、本来であれば普通の人が通ることはない。

 ピラミッド以外の大半の遺跡では盗掘目的の通路を通ることはできない。そのため、遺跡に開けられた盗掘用の穴をくぐるような気分にさせてくれるこの違法鉱山への道が、貴重な場所のように思えた。

 視界の利かない穴の中で目的の場所を探すために五感を研ぎ澄ます。わずかな失敗が命取りになるかもしれない。本来の構造ではないところを破壊しているのだから、今崩れてこないとも限らない。妙なプレッシャーで胃袋が押し上げられる。きっと盗掘者はこんな感じなのだろう。粗っぽく掘られた天井や壁を見ながら、そんなことを考えていた。

 「もう少し深く潜りたい」

 湧き上がってくる衝動に従ってさらに下りようとしたその時、グシャッという感触とともに足場が崩れた。そしてぼんやりとした視界には、これまでよりもさらに急な角度の傾斜が見えた。

 「無理!」

 おとなしく引き返さざるを得なかった。そこに思考の働く余地などなかった。見るからに無理だったのだ。仕方がない。

 こんな傾斜で足元の土の締まりも相当緩い。ここを当たり前に出入りする人たちの身体能力の高さを思い知らされた感があった。ニャイコとシーズエの視力の時もビビったが、とにかく桁外れなのは間違いない。覚悟の差などでは埋まらないものが確かにあった。

 

 

濃く深い冒険の終わり

 

 

 汗だくになりながら細いロープを伝ってどうにか穴から這い出てみれば、時間にしてわずか10分ほどしか鉱山の中にはいなかったことになる。それでも、あらためて伝わってくる絶望的な圧迫感。入り込んだ穴で体験した感覚は、生きた穴に入り込んだ古代の工人たちの感じたものと似ているのかもしれないと思った。同時に、違法鉱山の鉱夫らの切り開いた穴は、盗掘者の気分を体験できるものだった。

 非正規の穴というのは、人の手によって掘られたということ以外は造墓とは意味がまったく異なる。美しく見せるための余計な工夫は必要ないからだ。最短距離を目的のポイントまで掘り進み崩れずに出入りできる機能さえあればいい。理屈ではわかるが、理解には苦しむ。職人でもない人間がこれを掘るのは相当な労力の要る作業だ。しかもかなりの危険を伴う。なぜそこまでするのだろう。

 しかし、それが具現化された場所を見て、その理由が少しわかってきた。彼らがそこまでする理由。それは、その先にあるものへの好奇心、そして欲望。

 私が実際にその穴を下りてみて感じたのは前者だったが、それだけでは足りない。だから私は途中で引き返した。だが、ここにいる彼らは違う。後者、つまり欲望があるからその先へ進む。結論として思ったのは、お金を稼ぐためなら、人はどこまでも貪欲になれるということだ。

 もしかしたら、ピラミッドの盗掘者たちもそうだったのかもしれない。そんな盗掘者の労力やリスクを体感できたことは、私にとって貴重な体験だった。こうした体験の積み重ねの果てに、自分の思い描く考古学とジャーナリズムの形が見えてくるのではないかと信じている。

 

―――――

 ここまで4回にわたってお送りしてきた海外編、いかがだったろうか。これが私の辿り着いた「ハイブリッド考古学」への道のりである。このハイブリッド考古学は、裏社会取材を重ねてきた私だけの考古学。だが、こんな見方、考え方もあるということに対して、「へえ~、なるほど」ぐらいにでも捉えていただき、考古学への興味や関心を抱いていただけたら幸いである。

 以上をもって約2年にわたった当コラムは最終回になるが、これらをまとめて再編集した『MASTERゴンザレスのクレイジー考古学』が12月18日に発売される。少しでも気になった読者の方は、ぜひ手に取っていただけたら、これ幸いである。

 

 次回は特別編として、単行本の発売を記念しスペシャルゲストを迎えて敢行したロケの顛末をお届けします。

 

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丸山ゴンザレス(丸山祐介)

1977年生まれ、宮城県出身。ジャーナリスト・編集者。國學院大學学術資料センター共同研究員。國學院大學大学院修了後、出版社勤務を経て独立。2005年『アジア『罰当たり』旅行』(彩図社)で作家デビュー。テレビ番組「クレイジージャーニー」(TBS系列)では、世界中のスラム街や犯罪多発地帯を渡り歩く“危険地帯ジャーナリスト”として人気を博す。旅行情報などを配信するネットラジオ「海外ブラックロードpodcast」や、YouTubeチャンネル「丸山ゴンザレスの裏社会ジャーニー」などに出演中。近著に『世界の混沌を歩く ダークツーリスト』(講談社)、『世界の危険思想~悪いやつらの頭の中~』(光文社)、『世界ヤバすぎ! 危険地帯の歩き方』(産業編集センター)など。

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TBS系列の旅番組『クレイジージャーニー』で人気を博し、今ではユーチューバーとしても活躍する危険地帯ジャーナリスト・丸山ゴンザレスが、これまでの取材を通じて見てきた「裏社会」と、学生時代に修士号を取得した「考古学」を融合させた「ハイブリッド考古学」の実証に挑む。本連載に大幅に加筆修正を加えて単行本化。自身の半生を振り返りながら持論を展開する渾身の紀行エッセイ。

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