風まかせのカヌー旅
#19
スパムの意味は……
パラオ→ングルー→ウォレアイ→イフルック→エラトー→ラモトレック→サタワル→サイパン→グアム
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文と写真・林和代
「カッツ! スパム焼いて!!」
朝6時、エリーに起こされ寝床から這い出た私に、ディランが飛びついてきてそう叫んだ。
嵐はすっかり止んでいた。日差しも出てきた。そして今度は、風がぴったりなくなっていた。
嵐のち無風。どちらにしても進めない。
左手を見ると……まだそこにエラトーがいた。
とりあえず、ディランのご要望にお応えしよう。
鍋には、前のシフトが炊いてくれたご飯がまだたっぷり残っていた。
まさに冷や飯だが、誰も気にしないのでOK。
しかし、当面使う缶詰が入れてある箱をのぞくと、スパムが見当たらない。
残りの在庫がどのハッチにあるか、リストを確認した私は慌てて叫んだ。
「アルビーノ! 寝る前に、あなたのとこのハッチから、スパムをいくつか取って!」
今まさに寝床に入ろうとしていたアルビーノは、いかにもめんどうくさそうに自分のハンモックをほどき、ハッチの中に潜り込んだ。
彼のバンク脇で待機していた私とディランが、ハッチから出てきた5つのスパムと、3つのパイナップル缶、2つのピーチ缶を受け取り、抱きかかえながらギャリーボックスに戻ると、背後から
「カッツ〜! マイラップ!」
「マイラップ」はスターコンパス上の星、アルタイルのことだが、これはアルビーノが創作した隠語(?)で、タバコを要求しているのだ。なぜマイラップなのか? そこに意味はないので尋ねてはいけない。
とにかく、労働してくれたので、快く1本進呈する。
私がスパムを1センチ幅にスライスして、フライパンでじっくり焼いていると、ミヤーノが寄ってきて不意にこう言った。
「カッツ、スパムの意味を知ってるか?」
「ん?」
「S、P、A、M。サタワル ピープル オルウェイズ ムシムス」
ムシムスはサタワル語で「嘘つき」のこと。
つまり、「サタワル人は、いつも嘘つき」という意味だ。
「おー! まさに真実!」
実際、サタワル人は嘘つきで、私のような初心者でも覚えてしまうほど、この単語は頻出する。それに、嘘が上手でオモシロイほどエライ、と思われているフシさえある。
ミヤーノは、ちょっと上手いこと言ったな、ってな顔でスパムを頬張るディランを見つめると、さらにこう言った。
「スパムがスパムを食っている」
こんなアホなひと時が、ちっとも進まないという苦しい空気を和ませてくれたりするのである。
無風で暑く、完全停止してるので、スイミングを楽しむエリー、ディラン、ノーマン。私もちょと入りたかったが、カヌーに登ってくるのがとても大変なことを経験的に知っていたので、断念。
昨夜、ほとんど寝ずにいたセサリオがうたた寝から目を覚ましたので、コーヒーを入れて差し上げた。タバコを一服しながらゆっくり飲んだキャプテンは、すぐ隣で朝日に輝くエラトーをじーっと見やると、やがてこう言った。
「上陸!」
こうして我々は、ラモトレック行きを一時中断。
3日間見つめ続けたエラトーのラグーンにそっと分け入ったのであった。
[PHOTO by Osamu Kousuge]これぐらい近くにエラトーが見えていた。
エラトーは、小さくてとても美しい島だ。
人口は100人に満たない。
村の雰囲気もひっそりと落ち着いている。
ここと比べれば、ウォレアイやイフルックは大都会だ。
私たちが沖合にいることは島の人々は知っていたが、上陸することは直前に無線で知らされたので、何の準備もされていない。
島の女性たちは、早速花を集めて歓迎のマラマル(花かんむり)を作り始めていた。
セサリオの親戚女性に託された私とエリーは、野外の共同かまどに案内され、ココナツを頂きながら一休み。乾燥したココナツの殻で起した火から、炭のいいにおいが漂ってくる。
一方男たちは、浜辺で焚かれた火に群がっていた。そこでは島のご馳走、ウミガメが焼かれていたのであった。
[PHOTO by Osamu Kousuge] 浜辺で火を起こし、ウミガメを調理中。よーく見ると、ウミガメがひっくり返って焼かれているのが見える。
先史時代:紀元前4000年頃に、東南アジアからの移住が始まったとされている。
1525年 ポルトガルがヤップとユリシーを「発見」
1529年 スペインがカロリン諸島を「発見」
1595年 スペインが領有宣言
1869年 スペインがドイツに売却
1914年 第一次世界大戦
1920年 国際連盟委任され、日本が統治 パラオに南洋庁を設置
1941年 第二次世界大戦に日本参戦 日本軍の拠点となる
1945年 終戦とともに日本統治終了アメリカの信託統治領へ
1986年 ミクロネシア連邦、マーシャル諸島共和国、独立
1994年 パラオ独立
大雑把だが、ミクロネシア地域の歴史は以上の通り。
スペイン、ドイツ、日本、アメリカの順に宗主国が変わってきており、それぞれの言葉が今もかなり多く残っている。
私はスペイン語を解さぬため、アディオス(さよなら)が、ミクロネシアでもとてもポピュラーなことしかわからない。
でも、日本語はたくさん知っている。
乳バンド(ブラ)、バゲヤロー! センセイ(先生)、ウンドウカイ(運動会)、ゾウリ、タビ(足袋)、ジドウシャ(自動車)、シコウキ(飛行機)、カッソーロ(滑走路)、電気(照明、
懐中電灯)、ショウユ、ワサビ、サシミ、ラーメンetc.
パラオでは、ダイジョウブもそのままの意味で普通に使われている。
日本統治時代、現地の人々4万人に対し、8万人以上の日本人がミクロネシアに渡り、サトウキビから砂糖を作ったり、リン鉱石を掘ったり、魚やコプラ(ココナツ内の白い部分、油の原料)
を仕入れたり、大々的に現地で産業を越した。コウガッコウ(公学校)には現地の子供たちも通わされたため、今の老人の中には日本語が流暢な人も多く、カタカナは読み書きできる人も多
い。また、モリさん、ナカヤマさん、タロウさん、キミエさんなど日本の苗字や名前も多く残っている。
参考:ミクロネシア連邦政府観光局
http://www.visit-micronesia.fm/jp/index.html
*本連載は月2回(第1&第3週火曜日)配信予定です。次回もお楽しみに!
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林和代(はやし かずよ) 1963年、東京生まれ。ライター。アジアと太平洋の南の島を主なテリトリーとして執筆。この10年は、ミクロネシアの伝統航海カヌーを追いかけている。著書に『1日1000円で遊べる南の島』(双葉社)。 |