アジアは今日も薄曇り
#14
沖縄の離島、路線バスの旅〈4〉宮古島(2)
文と写真・下川裕治
路線バスの盲腸路線
宮古島の路線バスの全路線を走破する。一見、簡単に映ったのだが、そこには盲点が潜んでいた。バス停で一区間の距離が盲腸線ならぬ、盲腸路線が次々に見つかってしまったのだ。そこを走る便は限られていた。
多くが朝便だった。理由は高校生だった。通学する高校生のために、幹線から集落のバス停まで入ってくれるのだ。これは宮古島のバス会社の優しいサービスだったが、全路線を乗りつぶそうとする身には、面倒なことこの上なかった。
「高校生なんだから、バス停で一区間分ぐらい歩け」
と毒づきたくもなるのだが、ここは沖縄だった。歩くことを極端に嫌う人たちである。それはエネルギーが溢れる高校生でも同じなのだ。
新里吉野線の野原公民館前、池間一周線の成川、伊良部島の高校前の3区間だった。
池間一周線の成川は、バスに乗ろうとバス停で待っているときに気づいた。そこには時刻表が掲げられていて、朝6時半発の始発バスのところだけ成川というバス停が表示されていたのだ。
「この成川ってなんですか」
時刻表を見ていた中田浩資カメラマンが首を傾げた。調べると盲腸区間だった。急遽、予定を変更した。乗ろうとしていたのは午後の便だった。これに乗っても成川には停まらない。翌朝、もう1回乗らなくてはならない。
野原公民館前は悩んだ。すでに新里宮国線には乗ってしまっていた。もう一度乗らなくてはならないのか。
地図を眺めた。翌日に乗るみやこ下地島空港から戻るバスの終点がブリーズベイオーシャンというバス停である。地図で測ると、野原公民館前のバス停のひとつ手前の東ツンマーまでそう遠くない。
「ここをタクシーでつないでしまうのはどうだろう。ブリーズベイオーシャンはリゾートホテルだから、タクシーを呼んでくれると思うんだ」
野原公民館前に停まる便の時刻を調べた。なんとかうまくいきそうだった。
タクシー代は1310円だった。バスが到着する前に、東ツンマーのバス停に着くことができた。やっと、新里宮国線を乗りつぶすことができた。
問題は伊良部島の佐和田車庫に向かう便の高校前に寄る盲腸区間だった。高校前というのは、伊良部高校である。このバス停に停まるのは、朝8時に平良港結節地点を発車する便だけだった。それも平日のみ。最終日は土曜日だった。この便に乗ることができないのだ。
「この盲腸区間に乗るためだけに、宮古島にまた来ないといけない……」
時刻表を眺めながら呟いてしまった。
この佐和田車庫行きは面倒な路線だっだ。途中の佐良浜に2路線があり、便によって通るルートが違った。それを乗りつぶすために、高校前に寄らない便にも乗らなくてはならなかった。
平良港。この脇に平良港結節地点のバス停。バスを待ちながら、この風景をずっと見てました
平良港結節地点を発車したバスは、平良市内を走り、伊良部大橋を渡る。2015年に開通したこの橋は、観光客に人気の橋だった。全長3540メートル。通行料をとらない橋としては日本でいちばん長い。途中から海を眺めるとサンゴ礁もくっきりと見える。
みやこ下地島空港から乗ったバスのなかでは歓声が響くほどだった。しかし僕が乗ったのは、伊良部島の人たちが日々乗る路線バス。淡々と橋を渡った。
伊良部大橋からはサンゴ礁が見える。白い部分がサンゴ礁だ
終点の佐和田車庫に着き、運転手のおじさんに、高校前のバス停に寄る便の話をした。
「そうだね、8時のバスだけ。でも車内を見て、高校生がいなかったら、高校前には寄らないよー。寄っても無駄だからね」
「ということは、8時のバスに乗ってみないと、停まるかどうかわからない?」
「そうだねー」
「……」
天を仰いだ。わざわざこの盲腸区間を乗りつぶすために宮古島にやってきても、高校前のバス停に寄るかどうかがわからないのだ。高校生が乗ってくれることを願って、毎朝、バスに乗るしかない。
伊良部高校にも訊いてみた。
「いま全校生徒は20人です。3年生が15人、2年生が5人。廃校になることが決まったので、2019年から生徒の募集をしていないので1年生はいません。2年生は全員、伊良部の集落ですから歩いて通学できます。3年生のなかにバスを使う生徒がいるか、どうか……」
望みは薄そうだった。
廃校になった原因は伊良部大橋だった。宮古島に簡単に行くことができるようになった。宮古島には高校も多い。街にはマクドナルドやドン・キホーテもある。子供たちは宮古島の高校に進学してしまうのだ。離島に架かる橋は、宮古島の路線バス制覇を難しくしていた。
佐和田車庫。バスのサイズはばらばら。佐和田の浜が近い
※地図はクリックすると別ウインドウで開きます
(次回に続きます)
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著者:下川裕治(しもかわ ゆうじ) 1954年、長野県松本市生まれ。ノンフィクション、旅行作家。慶応大学卒業後、新聞社勤務を経て『12万円で世界を歩く』でデビュー。著書に『鈍行列車のアジア旅』『不思議列車がアジアを走る』『一両列車のゆるり旅』『東南アジア全鉄道制覇の旅 タイ・ミャンマー迷走編』『東南アジア全鉄道制覇の旅 インドネシア・マレーシア・ベトナム・カンボジア編』『週末ちょっとディープなタイ旅』『週末ちょっとディープなベトナム旅』『鉄路2万7千キロ 世界の「超」長距離列車を乗りつぶす』など、アジアと旅に関する紀行ノンフィクション多数。『南の島の甲子園 八重山商工の夏』で2006年度ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。WEB連載は、「たそがれ色のオデッセイ」(毎週日曜日に書いてるブログ)、「クリックディープ旅」、「どこへと訊かれて」(人々が通りすぎる世界の空港や駅物)「タビノート」(LCCを軸にした世界の飛行機搭乗記)。 |