旬の地魚を味わう全国漁港めぐり
#13
スケベニンゲン港で獲れるオランダ王室御用達ニシンとは!? 〈番外編〉
「本当に旨い魚を現地でいただく!」をテーマにお届けする「全国漁港めぐり」。
今回は番外編として「世界の漁港」から、オランダのスケベニンゲン港で獲れる、
激ウマの「とろニシン」についてレポートします。
オランダ王室御用達の「クラウンマッチェス」が日本に上陸したとの報を受け、
漁港めぐり編集部のスタッフが噂の「生ニシンの塩漬け」の試食取材を敢行してきました。
日本人にもお馴染みのソウルフィッシュ「ニシン」をお届けします。
【オランダ・スケべニンゲン Scheveningen】
ニシンの水揚げ港として知られるスケベニンゲン港。
ニシンの加工に関して、なんと600年以上の歴史があるといわれる。
日本人には親しみやすい!?
花火とニシンが有名なオランダの港町
スケべニンゲンという町をご存じの方はそう多くないと思う。オランダの南ホラント州にあるデン・ハーグ自治体に8つある地区のひとつで、北海に面した歴史ある港町、果てしなく続く長い砂浜と観光漁港があり、オランダはもとより、ヨーロッパでも有数のシーサイドリゾートでもある。アムステルダム中央駅からハーグ駅までは鉄道で約50分、スキポール空港からは約30分。ハーグからスケべニンゲンまでは路面電車で20~30分ほどだ。漁港近くのレストランでは、新鮮で様々な種類の魚料理が食べられる。これは余談だが、日本では「スケベニンゲン」と表記・発音されることが多く、「すけべ人間?」という変わった地名としてメディアに取り上げられることもあり、珍地名マニアの方には有名な町だったりもする(現地の発音に近いのは“スへフェニンへン”とのことだが……)。
ここでは毎年8月にスケベニンゲン国際花火大会(International Fireworks Festival Scheveningen)が開催され、様々な国が参加して美を競っている。オランダでは夏に花火を楽しむ習慣はあまり聞かないが、夏に花火と聞けば、日本人には親しみやすい場所と言えるだろう。じつはここ、ヨーロッパでその名を馳せるニシンの町でもある。ニシンといえば、日本でも古くから親しみ深い魚でソウルフィッシュと呼んでもよい存在なだけに、ますます親近感を覚える。日本では、「ヤーレン、ソーラン♪」の唄で知られるソーラン節、ニシン漁の労働歌が原型の北海道民謡が有名だ。「ニシン来たかとカモメにきけば~♪」というフレーズのように、ニシンの群来は漁民にとって待ち遠しいものだった。春告魚(はるつげうお)とも呼ばれ、文字通り春を告げる魚として親しまれているが、スケベニンゲンでは夏の名物。ここで水揚げされるニシンは肉厚で、北海の豊穣な漁場で獲れたニシン特有の、おいしさと滋養が凝縮されているのだ。「ハーリング」という塩漬けニシンは、オランダの初夏の代表的な風物詩であり、「毎年ニシンの水揚げの時期には盛大なお祭りも開催されている。
オランダのニシンは大西洋ニシン(Atlantic herring)という種類で、同じニシンでも日本で獲れる太平洋ニシン(Pacific herring)とは産卵環境や生態が異なることから区別されることもあるが、見た目はほとんど変わらない。ハーリングという、このニシンの調理法は中世のオランダで生み出された酢漬け魚料理の一種で、大西洋ニシン(アトランティックハーリング)の若魚を生の状態でマリネにした料理のこと。ニシン漁が解禁される5月末から6月始めにかけて、デンマークからノルウェー沖の北海で獲れたものが使われる。なぜなら、この頃の大西洋ニシンは魚卵や白子がまだ発達しておらず、脂が乗っているからだ。まず「ロイヤルマッチェスへリング」と呼ばれる最初のハーリングを王室に献上し、その後で一般に解禁となるのだという。それゆえオランダ各地では毎年6月に「ハーリング解禁日」が設定されており、この日に魚屋さんが一般客に向けて初物のハーリングを売り出す。
一方、日本のニシンの漁獲は産卵のために沿岸へやってきた時に行われるので、腹に卵や白子を持つものが多く、このニシンの卵巣がカズノコになる。カズノコや白子などは日本料理には欠かせない存在だ。そして、干物に加工した「身欠き鰊」は、保存に便利なタンパク源として日本各地に流通し、京都では身欠き鰊の煮物がおばんざいの定番となっているほか、日本各地で身欠き鰊の煮物や鰊漬けが伝統料理となっている。日本でも獲れたてで鮮度の良いものは刺身としても食されるが、オランダでは塩漬け、酢漬けで生のまま食べる。尻尾つまんで頭をのけぞらせ、一気にガブリといくのがオランダ流だ。同じニシンでも漁獲する時期が違い、食べ方も異なるのが面白い。
この時期、街の魚屋さんや野外マーケットを歩いていれば「Hollandse Nieuwe(ホーランツェ・ニューヴェ)」の看板を多く目にすることができるはずだ。新鮮なハーリングを買って、その場で食べるのが醍醐味でもある。
600年の伝統があるといわれる「マッチェへリング祭り」
北海夏ニシンの水揚げで有名なスケフェニンゲン市で毎年開催される。
オランダ王室御用達の老舗ニシン加工工場で作られる
「クラウンマッチェス」とは!?
創業140年以上というオランダ王室御用達のニシンの加工工場が、このスケベニンゲンにある。王室御用達の加工会社はオランダ国内でもここだけだ。厳選された北海夏ニシンのエラをとり、軽い塩水の入った樽に2日~3日ほど漬け、機械を使わず、職人の技と勘で塩加減と漬け時間を調整しているという。年間100万トンといわれる漁獲の中からわずか0.1%=1000トンのみが厳選され、「クラウンマッチェス」の名を冠してオランダ王室へ献上されている。「クラウンマッチェス」とは、見た目、味、食感すべてにこだわった「とろニシンの塩漬け」の最高級品のことで、産卵前のもっとも旨みが高く、脂がのった夏の3週間しか獲ることができない貴重な魚だけが使用される。岩塩だけを使用し、化学調味料や保存料、着色料などは一切使われていないというから、そのこだわりには敬服せざる負えない。
そんななか、このオランダ産とろニシン「クラウンマッチェス」の試食ができるという話が舞い込んできた。身欠き鰊をはじめ、多くのニシン料理に親しんできた日本人に塩漬けニシン「クラウンマッチェスへリング」を広めようとPRしているのだ。それならば、日本人たるもの食べないわけにはいかない。取材班はさっそく、都内某所で試食することになった。
最高に脂が乗った夏の若魚は別格!
1年でも3週間しか獲れない希少なニシン
北海夏ニシンを使用したオランダの代表的なアペタイザー、クラウンマッチェスへリング。
外食で最も人気な食べ方はカルパッチョのような、マリネやソース和え。
まずそのまま食べてみた。これは…、お酒を欲する食べ物である。程よい塩味が効いており、生臭さはなく、生魚を食べ馴れた日本人にとって抵抗感はゼロ。ワイン、日本酒、焼酎…、どの酒とも相性は良さそうだが、ビールとの相性がすこぶる良いということが判明した。日本とオランダの関係を遡れば、江戸時代徳川幕府の鎖国政策の中、西洋国で唯一貿易を許された国であることは歴史の授業で習ったはず。この鎖国時代に多くのオランダ語が日本語に借用されるようにもなり、ガラスとかピストル、オルゴールなどはオランダ語が語源である。そのなかでも最も日本人の生活に溶け込んだオランダ語は、“ビール”だ。つまりビールをこよなく愛する日本人にとって、オランダ産の塩漬けニシンが口に合わないはずがないとも言える。「クラウンマッチェス」のちょうどよい塩分が、このうえなくビールに合うのである。
もちろん日本でもニシンを食べたことがあるが、このトロっとした食感と独特な味わいはあまり経験がない。太平洋ニシンと大西洋ニシンで分類が異なるからなのかもしれないし、こだわりの素材と製造法で作られたハーリングだからなのかもしれない。とにかく、これまで食べてきたニシンの印象をガラリと変えてくれた。
昨年、オランダ大使館で行われたイベントでも「クラウンマッチェス」を使ったさまざまな料理が供されたのだが、ここでそのいくつかをご紹介しよう。
【クリームチーズのバケットサンド】ハーリングをパンに挟んでサンドウィッチは、オランダでは一般的な食べ方。現地では「ブローチェ・ハーリング(Brootje Haring)」と呼ばれるオランダ独特のコッペパンを使ったものが有名。
【燻製とろニシンと男爵芋の香草コンフィ】ジャガイモとスモークニシンが意外なほどマッチ。ローズマリーの風味も効いてGOOD!
【ニシンのカナッペ盛り合わせ】パクパクいけちゃうカナッペはワインのお供に最適。トマトとニシンの相性も抜群。
【ニシンとトマトの香草パスタ和え】ニシンの塩味がパスタと絶妙に絡み、トマトの酸味も加わって食が進む。
【手まり寿司】見た目も可愛く、食べやすいサイズ感。やっぱり日本人にはお寿司がしっくりくる!
「味に厳しい日本の皆様に、オランダの本場の味を発見していただくことを願っております」
とは、駐日オランダ王国大使館のラーディンク・ファン・フォレンホーヴェン氏のお言葉。この日のメニューは大使館ということもあり、さすがにお上品なものがほとんどだったが、ヨーロッパ流の味わいを堪能することができた。
ハーリングはワインとのマッチングももちろん良いが、日本酒もイケる。きっと鎖国時代の在日オランダ人も長崎の出島で日本酒をお供にこっそり食べていたに違いない。保存の技術が今ほど発達していなかった江戸時代にハーリングを日本に持ち込むことは出来なかっただろうが、当時の日本はニシン漁で各地の漁村が栄えており、後にニシンで財をなした各地の網本の「鰊御殿」と呼ばれる豪邸がいくつも建ったほど。ニシンが大好きなオランダ人が、日本の鰊を塩漬けにして日本酒をひっかけていたとしても不思議ではない。そんな歴史ロマンに想像を膨らませながら、食べ進むうちに様々な調理法が頭に浮かんでくる。お寿司のネタ、酒のつまみに刺身として、そのまま食べても十分に美味しいのだが、お寿司にしても旨そうだし、炙って食べても美味しそう。とにかく酒の肴として完璧なことは間違いない。
王室御用達の「クラウンマッチェス」は
日本でも手軽に購入できる!?
オランダまで行かずとも、これを日本で食べられるとは、嬉しい時代になったものだ。最近ではTVや新聞など多くのメディアで取り上げられ、「クラウンマッチェス」を使ったレシピがSNSなどでアップされてもいる。王室御用達の高級ブランドでありながら、手頃な価格で手に入れることができるのも魅力のひとつ。ただ、日本に上陸したとはいえ、取扱いのあるお店はまだまだ限られているので、本格的に全国に広まるのはこれからかもしれないが、通信販売で買えるサイトもできたとのこと。試してみてはいかが?→http://taishu-celeb.com/cm-
【ニシンスモークの押し寿司】こちらのお寿司もしっくりくる!
オランダ新国王にクラウンマッチェスを献上(2013年)
鰊(ニシン)【学名:Clupea pallasii Valenciennes】
冷たい海域に棲むニシン科の回遊魚。大西洋ニシン(Atlantic herring)と太平洋ニシン(Pacific herring)に分類されることが多い。外見はほとんど同じだが、産卵環境や生態が異なることから区別されていて、別種だとする研究者もいる。オランダのニシンは前者で外洋水に近い比較的塩分濃度が高く水温の高い水深10〜200mの砂地、石、岩に産卵する。
一方、日本で獲れるのは後者で北太平洋に産し、北部太平洋をまたいでアラスカからカナダ、カリフォルニア北部辺りまで広い海域に生息。オホーツク海、日本の北海道沿岸などに広く分布する。産卵期は1月から6月頃で、5m未満の海藻などに産み付けられる。漁場は水深3~15mの岩礁地帯とその周辺で主に刺し網漁で獲る。同じ科のマイワシに似ているが成魚は30cmを越える。「ニシン」の名前の由来には諸説あり、身欠き鰊を作る際に身をふたつに割ることから、身が二つという意味で「二身(にしん)」となった説、アイヌの言葉で「漁獲が多い」「魚が群雄する」という意味の「ヌーシ」「ヌーシイ」が転化したという説もある。ちなみに「ニシンの子」なのになぜ「カズの子」なのか? アイヌの名称ではニシンのことを「カド」と呼び、「カドの子」が訛ってカズノコとなったと言われている。
【2017年クラウンマッチェスイベント・リポート】
@オランダ大使館出島ラウンジ