韓国の旅と酒場とグルメ横丁
#122
冬来たりなば、春遠からじ
ユッケジャンをすすって春を待つ
スープが真っ赤で見るからに辛いユッケジャン。私が聞いた限りでは日本でも80年代頃から焼肉屋さんのメニューにあったそうなので、よく知られている韓国料理だろう。
江原道の道渓で食べたユッケジャン。牛スネ肉とずいきがたっぷり入っていた
かつて朝鮮半島では、夏の暑い日に犬肉を使ったスープ「ケジャン」を食べる風習があった。そのとき、犬肉が食べられない人のために代わりに牛肉を入れたものがユッケジャンのルーツと言われている。ケジャンと区別するために牛肉を意味するユッ(肉)を頭に付けたのだ。
ユッケジャンは暑い夏、あるいは今のように冷たい風が吹く冬、母が家で作ってくれた。母のユッケジャンには、家族みんなに「元気を出して!」という愛情が込められていた。
ユッケジャンに使う牛肉は手で裂いたものがスープになじんで食べやすい。私の母は煮込んだ牛ブロックをいちいち手で裂いて入れてくれた。幼いころ、台所に立つ母の横で食べたそうな顏をして待っていた私の口に、母は肉片を少しずつ入れてくれた。味付けをしていない肉なのだが、噛めばかむほど旨味が感じられ、幸せなひとときだった。
牛肉でダシをとったスープが湯気を立て始めたら、裂いた牛肉、刻んだ長ネギやワラビ、それに干したサトイモの茎などを入れ、唐辛子粉と唐辛子油、ニンニクなどを加えてさらに煮込む。
「オンマ デパ マニ ノォ!(お母さん、長ネギいっぱい入れて!)」
辛いスープに溶けたネギの甘さが大好きだったのだ。
スプーンでひと口すくって味わってから、少し固めに炊いたごはんを、真っ赤なスープに入れていただく。
「メプタ~!(辛~!)」
「マシッタ~!(美味しい~!)」
ふたつの歓声を繰り返しながら、汗をかきながらスプーンを口に運ぶ。
ユッケジャンはカレーと同じで、煮込めば煮込むほど深い味が出るので、次の日もおいしく食べられる。
大邱で食べたユッケジャン。赤いスープは緑色のおかずが添えられるといっそう映える
今は亡き母の思い出と重なるユッケジャンだが、最近はお葬式でも活躍している。お葬式に行くと、たいていユッケジャンとごはん、お酒がふるまわれる。
韓国映画『慶州(キョンジュ)ヒョンとユニ』では冒頭、葬儀のシーンがあったが、弔問のあと、主人公ヒョンの先輩がスプーンで口に運んでいたのは、おそらくユッケジャンだろう。
なぜ、お葬式でユッケジャンが定番になったのか?
これにはユッケジャンの鮮紅色が関係ある。赤には厄除けの意味があるので、葬儀のときの料理として定着したというのが有力だ。また、作り置きができ、何度も煮返せるので腐敗の心配がないから、という説もある。
2020年はじゅうぶん力を発揮できなかった。そう感じている人が少なくないかもしれない。今は単に季節としての冬が巡ってきたというより、地球全体が冬の時代を迎えたような気がする。来年は本当の意味で春を迎えられるよう、美味しいものを食べて気力体力を養っておきたいものだ。
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紀行作家。1967年、韓国江原道の山奥生まれ、ソウル育ち。世宗大学院・観光経営学修士課程修了後、日本に留学。現在はソウルの下町在住。韓国テウォン大学・講師。著書に『うまい、安い、あったかい 韓国の人情食堂』『港町、ほろ酔い散歩 釜山の人情食堂』『馬を食べる日本人 犬を食べる韓国人』『韓国酒場紀行』『マッコルリの旅』『韓国の美味しい町』『韓国の「昭和」を歩く』『韓国・下町人情紀行』『本当はどうなの? 今の韓国』、編著に『北朝鮮の楽しい歩き方』など。NHKBSプレミアム『世界入りにくい居酒屋』釜山編コーディネート担当。株式会社キーワード所属www.k-word.co.jp/ 著者の近況はこちら→https://twitter.com/Manchuria7 |
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